2007年09月01日

誰がベートーヴェンを殺したのか?


 Science NOW より。

■ ベートーヴェンは鉛で死んだのか
 Beethoven Dead From Lead?

 ベートーヴェンといえば、今さら説明する必要のない偉大な作曲家の一人です。彼は1770年にドイツのボンで生まれ、1827年にオーストリアのウィーンで亡くなるまでに、多くの作品を残しました。中でも「交響曲第9番」は、彼が死の前に残したもっとも有名な曲です。

 さて、彼の死因についてはこれまで様々な説がありました。彼は晩年に肝硬変を患っていたため、これが死因として最も有力だろうと考えられていたのですが、近年の研究によって、どうも違うらしいことが明らかになりました。2005年に発表されたその研究によると、彼の頭蓋骨で高濃度の鉛が検出されたとのこと。記録に残された彼の症状から見て、鉛中毒が原因であるのはまず間違いないとされています。

 では、なぜベートーヴェンは鉛中毒になったのでしょうか? ドナウ川の汚染された魚のためという説、食器や楽器に含まれていた鉛のためという説など、たくさんの説がありました。ですが、これだという決定的な説明はありませんでした。

 さて、ここまでが前置き。

 今回のあらたな研究によると、鉛中毒の原因は肝硬変の治療にあったことが明らかになりました。オーストリアのウィーン医科大学の法医学者 Christian Reiter は、この研究で、ベートーヴェンの2本の毛髪をスペクトルグラフで分析しました。知られているように、毛髪は成長するにつれて、頭皮の血流中の物質をとりこみます。ここから、彼の逝去前の4ヶ月間の日ごとの記録を再現しました。

 結果はおもしろいものでした。彼はこの期間、腹部にたまった水を針で刺して抜くという治療を4回受けていました。毛髪に含まれる鉛の量を調べたところ、ちょうど治療の後のタイミングで、鉛の量が急激に増えていることが分かりました。Reiter は、針の鉛がベートーヴェンに中毒をもたらし、肝硬変を悪化させ、死を早めたのだろうと述べています。

 Reiter は他の研究者らとともに、将来的には、鉛が具体的にどのぐらいのレベルだったのかを調べようとしています。しかし毛髪による分析には信頼性の上で限界もあり、完全な把握というのは難しいようです。

 たった2本の毛髪から、死の前の生活状態まで調べ上げることができるというのは驚きですね。

【参考リンク】
・(元論文)The Beethoven Journal 誌(あるんだそんな雑誌!)の "The Causes of Beethoven's Death and His Locks of Hair: A Forensic-Toxicological Investigation." という記事で紹介されるそうです。

2007年08月17日

共感であくびがうつる


 ABC News in Science より。

■ 共感であくびがうつる
 Empathy makes you 'catch' a yawn

 あくびはなぜうつるのでしょうか? 世間的には、酸素濃度の低いせまい部屋にいるからうつったように見えるだけ、とする説が信じられていますが、これで全てが説明できるわけではありません。映像を見てもうつることが知られており、これを反射の影響とする説や、相手への感情移入がもたらすとする説などがあります。

 今回の研究は、感情移入(共感)による説を支持するものです。

 ロンドン大学バークベックカレッジの千住淳博士らによるこの実験では、自閉症スペクトラム障害をもつ子供24名と、そうでない子供25名のそれぞれに、あくびをする人の映像と、単に口を動かしている人の映像を見せました。そしてこの状態で、子供たちがどの程度あくびをするかを観察しました。

 結果はどうだったか。口を動かす映像を見せた場合は、両方のグループの子供たちの間で、あくびの頻度に違いは見られませんでした。しかし一方、あくびをする映像を見せた場合、自閉症の子供には変化が見られなかったのに対し、そうでない子供では、あくびの頻度がアップしたことが分かりました。

 自閉症の症状の一つに、相手への共感能力の欠如があります。ここから研究者らは、共感の能力があくびの伝染の土台にある、と記しています。そして、今回の結果は、自閉症の人々の社会的障害やコミュニケーション障害の本質を理解する出発点とできると述べています。

 僕自身は、そもそも低酸素説が正しいものとすっかり思っていたので、映像でもあくびがうつるということに少しびっくりしました。

 今回の結果から、共感があくびの伝染に大きな関連を持つことが明らかになったわけですが、とはいっても、共感に由来するほかの行動(もらい泣きとか)とあくびの伝染とが同じようなものかと言われると、それには少し違和感がありますね。実際、今回の研究は、あくまでも共感能力とあくびの伝染との相関関係を示しただけであり、共感能力があくびの伝染を直接的に支配しているとは言い切れないでしょう。あくびの伝染には、自閉症者のもたない、共感以外のファクターが他にもあるのかもしれません。

 あと、news @ nature.com の同研究の記事(Autistic kids don't catch yawns)で記されているような、自閉症とそうでない子供とで映像の見ている箇所が違うのでは、という可能性も捨てきれないですね。視線のトラッキングなどで調べるんでしょうか?

【参考リンク】
・(元論文)Absence of contagious yawning in children with autism spectrum disorder
Orbium -そらのたま-::人類はなにも知らない! なぜあくびする? なぜうつる?
ざつがく・どっと・こむ::あくびがうつる
EP: end-point 科学に佇む心と身体Pt.2::共感、伝染、入眠同調:あくびがうつるわけ

2007年07月29日

母音の分類過程がシミュレーションで再現された


 Science NOW より。

■ コンピュータ学習のための小さな一歩
 A Baby Step for Computer Learning

 人間が発音するさまざまな単語を聞いて、これらの母音のカテゴリー分けを行うというコンピュータモデルが生み出されたそうです。通常、こうしたカテゴリー分けは、その言語にいくつの母音が含まれるか、などのような事前の情報がないと難しいのですが、今回のモデルはそうした情報を必要とせず、入力された発音のみをもとに、母音をグループに分けることが可能なのだそうです。

 今回の結果は、音声認識プログラムに使えるほか、幼児が成長の段階でどのように言葉を認知するのかを理解する助けとなるだろうと考えられます。

 米国スタンフォード大学の認知神経学者 James "Jay" McClelland らは、30名の母親を集めて、ある言葉を子供に向かって読んでもらいました。その言葉は意味のない単純なものでした。次に録音した音声データを解析して、音の持続時間、強い周波数成分といった値を抽出しました。この値を、ニューラルネットワークと呼ばれるモデルへの入力として扱うことで、コンピュータに学習を行わせたとのことです。

 ニューラルネットワークというのは、ニューロンやシナプスを模した計算機シミュレーションのモデルのことです。似た入力が繰り返されることで特定のニューロン間のつながりが強くなるといった特徴があるため、これを利用したパターン認識など、いろいろな分野で研究が行われています。

 今回の実験では、単純のために、「beet」「bait」「bit」「bet」の4つに含まれる発音のみを母親たちに読んでもらい、その音声を入力しました。その結果、彼らのプログラムは、入力の発音について情報をなんら持たないにも関わらず、すぐに音声を4種類のかたまりに分類することができました。記事によると、時間にして80%以上の音声データを分類できたとのことです。Scientific American でも同研究に関する記事が出ています(Bare-Bones Program Learns English and Japanese Vowels)こちらの記事では、英語だけでなく日本語でも同様のテストを行い、やはり良い結果が出たようです。

 今回の結果をもとに、幼児の言語学習の過程が説明できるようになったのかというと、それ以外の要因があまりに多すぎるため、結論付けるのは現段階では尚早です。ですが、今後の研究しだいで、言語の学習を計算機上で完全にトレースする、なんてことがひょっとしたら可能になるのかもしれません。


【参考リンク】
・(元論文) 見つからず・・。Proceedings of the National Academy of Sciences誌らしいのですが。

2007年07月23日

貨幣のインクから偽造犯を突き止めろ


 EurekAlert! より。今回の記事は製品紹介に近いです。

■ 時間を減らす新たなインクのサンプリング技術
 New ink sampling technique taking a bite of out time

 かなり以前ですが、米国のプリンタは、紙幣の偽造対策のために秘密の暗号を含んだドットを打ち出している、という記事を紹介しました。(プリンタに秘密の暗号が?) このドットは、ほとんど目に見えない小ささでこっそりと打ち出されていて、プリンタのシリアル番号や、文書の印刷日時といった情報が、ここから導き出せるようになっています。これを使って、貨幣偽造犯を突き止めるヒントにすることができます。

 さて、今回紹介する記事は、これと似た向きがあると言えそうです。米国のアイオワ州立大学ミッドウェスト科学捜査センターの研究者らが利用しているこの新しい技術は、印刷された文書からインクを採取し、その化学組成をリアルタイムで分析することを可能にするそうです。やがてこの技術をもとにして、様々なメーカーのインクの成分ライブラリが完成すれば、採取したサンプルの情報とライブラリを照らし合わせて、貨幣の偽造者の特定ができるようになることが期待されます。

 この技術はDART(Direct Analysis in Real Time)と呼ばれています。下記に製品ページへのリンクをはっておきますので興味のある方はどうぞ。従来の分析方法(液体クロマトグラフ法など)では、あらかじめ文書から紙片を切り取る必要がありましたが、これではそうした必要はありません。その方法は、励起状態にしたヘリウム原子や窒素分子を含んだガス流をつくり、サンプルに当てることで、サンプルからインクの分子を蒸発、イオン化させるというものです。サンプルを事前に処理する必要がなく、従来よりもずっと少ない手間で、リアルタイムに分析を行うことができるそうです。

 この技術を使うと、いずれは紙幣偽造の追跡だけじゃなく、捏造文書の特定や、裁判の証拠などにも適用できるようになるんでしょうね。とはいえ、現段階はまだ、採取やライブラリ構築のための方法を検討している段階とのことです。将来的にこれが使用可能になるためには、既存の蓄積されたインクのデータからうまくライブラリを作って、さらに効率よく探索ができるソフトウェアを作り上げる必要があるようです。

【参考リンク】
・(製品サイト)JEOL 社::AccuTOF DART

2007年07月21日

食事中に薬を飲んでお金を節約?


 New Scientist より。

■ 食べ物と一緒に薬を飲むとコストを減らせるかもしれない
 Taking drugs with food may take a bite out of costs

 ふつう、薬を飲むときは、処方箋で決められた量と時間を正しく守って飲まないといけません。言うまでも無いですが、これを守らないと、予想もしない悪影響を受けてしまうことがあります。例えば、「空腹中に飲むこと」と指示がある薬を誤って満腹中に飲んでしまった場合、効き目が出すぎてしまう、といった悪影響の出る可能性があります。

 ですが、ここで見方を変えてみると、あえて満腹時を選んで飲むことにすれば、本来よりも少ない量で必要な効き目が得られるんじゃないか、という考えが出てきます。そしてもしそれができれば、薬にかかるお金をいくらか節約できるんじゃないか、と期待できるのです。・・・と、反射的にいぶかしく思ってしまうアイデアですが、これを本当に調査している人たちがいるようなのです。

 なお、先に言っておきますが、この記事およびリンク先の記事は、決してこうした試みを皆さんに勧めているわけはありませんので、ご注意下さい。

 今回の対象である Lapatinib という薬は、乳がんに効果がある薬で、すでに米国等では市場に出回っています。ですが非常に高価で、1ヶ月に2900ドルものお金がかかってしまうのだそうです。

 そこでシカゴ大学の Ezra Cohen と Mark Ratain は、食事直後に服用することでどのぐらい薬を効果を高められるのか、計算を行いました。臨床試験のデータをもとにしたところ、血液中の薬の成分は、低脂肪の食事とともに服用した場合で1.7倍、高脂肪の場合で3.3倍多くなると見積もられたとのことです。著者らはここから、Lapatinib にかかるコストを月当たり1700ドル節約することができる、と述べています。

 しかしこの研究には他の研究者たちから注意が促されています。ハーバード大学医学部の Steven Pearson は、健康保険の普及や、薬の価格の適正さを議論することが先決だ、と述べています。記事にはこれへの直接的な反論はありませんでしたが、Cohen は、この種の試験は公衆からの要望があるときにのみ行う、と述べています。同時に、Lapatinib は過剰になると高血圧を引き起こす恐れがあり、安全性を示すためにはもっと多くの研究が必要のため、家庭で試すような真似はすべきでない、と述べています。

 まあ僕自身は、たしかに今回のアイデア自体はユニークなものだとは感じるけど、薬代の節約をこれで目指す、っていうのは到底実現できないだろうと思いますねえ。薬の価格は、研究開発費と患者数におもに依存して決まるのでしょうから、極端な話、もし薬代が半分で済む飲み方が発見されたとしたら、製薬会社は、同じ利益を得るために価格を2倍にアップさせるだけでしょう。それよりも、食事中の服用とによる患者間の効き目のバラつきのリスクの方が大きくなるんじゃないかなと思います。

 とはいえアイデア自体は何かに応用できそうな気もします。たとえば、災害などの影響で、一時的に薬が不足してしまう状況では役に立つかもしれません。そういった場合に備えて、少量で安全に効果が得られる飲みかたが情報として整理されているならば、今回の研究を継続する意義はあるかと感じます。

【参考リンク】
・(元論文)The Value Meal: How to Save $1,700 Per Month or More on Lapatinib (何か胡散臭いタイトル・・)

2007年07月16日

シリアルで記憶力を高める


 ABC News in Science より。本記事より試しに記事の全文翻訳をやめてみます。

■ 砂糖分の多い朝食シリアルは記憶力を高める
 Sugary breakfast cereals may boost memory

 GI値の高い朝食シリアルを食べると、短時間ではあるものの、記憶力のテストでよい成績を出すようになることが実験で明らかになりました。

 GIというのは血糖上昇反応度とも呼ばれる指数で、一時期、低インシュリンダイエットがブームになったときに、この名前がひろく知られるようになりました。ざっくり言うと、炭水化物が身体のなかで吸収されるスピードを表す指標です。この値が高い食物だと、食後に血糖値を上昇させやすくなるということです。

 さて、西オーストラリアのポスドク Michael Smith によるこの調査では、14~17歳の37名の被験者に対して、トウモロコシブラン(小麦のもみ殻)のいずれかを原料とするシリアルを食べてもらったそうです。前者の方がより高いGIをもつ食べ物です。食事の後で、被験者たちは、単語の記憶力テストを受けました。20個の道具や野菜の名前のリストを記憶するというテストです。

 テストの結果はどうだったか。GIの高いトウモロコシのシリアルを食べた被験者の方が、平均して1.52個多くの答えを覚えておくことができたそうです。

 しかし、以前に行われた同様の実験では、これとは逆の結果が出ています。論文へのリンクがないため詳細は不明ですたが、こちらでは、反対に低GIのシリアルを食べたときの方が良い成績を出したそうです。Smith はこの理由付けとして、今回の実験は、被験者に手を動かしながら記憶テストをやってもらったのが違いとなったのではと述べています。こうした動作は、被験者の注意力をいくらか分散させるため、以前よりも現実的な状況をシミュレートできる、と彼は述べています。

 ただ、今回の結果には、他の研究者からいろいろと疑問が出ています。今回と以前とで用いたシリアルは同じ製品なのか? 本当にブランのシリアルの方が低GIなのか? ・・・どうやら、今回の結果からのみでは、朝食にこのシリアルを食べるといい、と断言するのはまだ難しそうです。とはいえ、傾向としては面白い結果が出ているので、さらに情報が整理されれば、たとえば一日の仕事の種類にあわせて朝食を変えてみるなどの管理ができると良いかもしれません。

【参考リンク】
・(元論文)今月開催の世界神経科学会議発表される予定で、論文はどうやらまだのようです。

2007年07月08日

情けは人とネズミのためならず


 Science NOW より。

 このブログではネズミを対象にした実験の紹介を割と頻繁にしてきていますが(ケンカ遊びは社会的能力を高めるネズミは無知の知を知っている)、今回もまたネズミについてです。

 「情けは人のためならず」ということわざがあります。情けを人にかけておけば、直接的には利益がなくとも、やがてめぐりめぐって自分によい報いが来る、といった意味です。さて、今回報告された研究によると、人間だけでなくネズミにおいても、これと似た行動が見られることが明らかになりました。

 この実験では、網で仕切られた2つの部屋のそれぞれにネズミが入れられました。一方の部屋にはレバーがあり、このレバーが倒されると、もう一方の部屋のネズミにエサが与えられるようになっています。さて、この仕組みを使って実験を行ったところ、誰かにレバーを倒してもらった(親切にされた)経験を持つネズミは、自分がレバーを倒す側になると、たとえ相手が見知らぬネズミだったとしても、やはり親切な行いをする傾向があることが分かったそうです。

Lending an Anonymous Paw
(匿名の手を貸す)

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 助けの手を与えられたネズミは、他のネズミを助ける傾向にある――完全に見知らぬ相手であってもだ。このげっ歯類の利他的行為を明らかにした新たな研究によると、この動物の社会生活は、私たちが思うよりも豊かなのかもしれないと示唆している。

 ネズミなど多くの動物は、「君が僕を助けてくれるなら僕は君を助けるよ」と言うような直接的互酬性を示す。しかし、一般的互酬性という、個々がここ最近にどのように扱われたかを記憶して、それを見知らぬ他の相手に適用するという行動については、人間的特性に独自のものであると考えられていた、とスイスのローザンヌ大学の行動生態学者 Claudia Rutte は説明する。しかしながら、以前の研究では、他の動物の一般的互酬性がきちんと調べられたことはなかったと彼女は述べる。

 ネズミがこの能力を持つのかどうかを明らかにするため、スイスのベルン大学の Rutte と Michael Taborsky は、ネズミをしつけて、レバーを引くことによって、檻の金網の壁の反対側にいるもう一方のネズミに、ご褒美のオート麦フレークが与えられることを教えた。それからこのネズミたちのいくらかは、受け取り側に置かれ、助けをするようしつけられたネズミたち(3匹)、もしくはしつけを受けず、レバーを引いて食べ物を出さないネズミのいずれかとペアを組まされた。こうした親切なネズミあるいはあまり親切でないネズミとともに数日間生活した後、これらのテスト用ネズミは、新たなパートナーと組まされた上で、檻のレバーの側へ戻された。そして、パートナーのために食べ物を出すかどうかを観察された。食べ物を出してくれるネズミと一緒だったネズミは、そうでないネズミと一緒だったネズミよりも、頻繁に新たなパートナーを助けた。このことを研究者たちは Public Library of Science Biology 誌のオンライン版の今週号にて報告する。Rutte のチームはまた、テスト用ネズミが、以前に自分にオート麦フレークを出してくれたネズミとペアになると、より多く食べ物のレバーを引くことも発見した――このことは直接的互酬性を示している。ペアのネズミのいない空の檻だと、ネズミは食べ物のレバーを引くことはほとんどなかった。

 ネズミは、200匹いれば、誰が助けをしてくれるネズミで誰がそうでないかを覚えておくことは難しい。他のネズミを万遍なく助けようとすることは戦略として意味がある、と Rutte は語る。「相手を認識できないときに協力を発展させるための仕組みなのかもしれません。」ネズミは他の個体を記憶するのがきわめて悪い、と彼女は記している。

 「われわれの知る協力行動を説明する新たな方法です」と語るのは、ドイツのライプチヒのマックスプランク研究所の比較心理学者 Jeff Stevens である。こうした助力行為は友達を覚えておく必要を避けていると彼は付け加える。英国ケンブリッジ大学で比較認知を学ぶ Nicola Clayton は、協力行為の進化を理解する助けとするため、社会的および非社会的動物において一般的互酬性の普及を調べることを示唆している。

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 ことわざのような因果関係を、ネズミたちが実際に念頭において助けをしたのかどうかは定かではありませんが、すくなくとも直接的な利益だけを求めているのではない、という点は面白いです。

 見知らぬ相手への普遍的な利他行為を生み出すのは何なのでしょうね? 記事にあるような、他の個体を覚えきれないという点も一つでしょうが、それだけでは十分ではないでしょう。いろいろな動物での結果が比較できるようになると面白いなあと思います。

【参考リンク】
・(元論文)Generalized Reciprocity in Rats

2007年07月01日

トカゲの母は子を飾りつける


 Scienctific American より、とあるトカゲのユニークな習性についてです。

 ワキモンユタ、という名前のトカゲがいます。英名は side-blotched lizard、その名の通り、身体の側面に模様をつけたトカゲです。

 このトカゲ、喉の色にオレンジ、黄、青の3種類が存在し、色に応じて習性が異なるという、たいへん変わった特徴をもつ生物です。さて、今回発表された研究によると、このトカゲの母親は、周りの環境にどんな色のトカゲが多く住むかに応じて、卵に投与するホルモンの量を調節しているのかもしれないことが明らかになりました。

Lizard Moms "Dress Their Kids for Success"--and Survival
(母トカゲは、成功し生存するために子たちを飾りつける)

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 すべての良き母と同じように、トカゲの母親も子供のために最善のことをしようとする。すなわち、メスのワキモンユタは、卵にエストラジオールというホルモンを追加投与し、新生児たちの模様を変え、生後の生存確率を高めていることが分かったのである。新生児たちは周囲に溶け込み、潜在的な捕食者を避けやすくなるため、こうした「成功のための飾りつけ」という戦略は、子孫たちが長生きする助けとなっていると研究者らは語る。

 しかしトカゲの母親は、ホルモンたっぷりの卵をどんな場合にも出すのではない。Ecology Letters 誌に掲載された新たな研究によると、ホルモンを出すかどうかは、環境や、近隣のトカゲの喉の色に応じて決まるのである。

 ワキモンユタは、おもに、テキサス州、ワシントン州、カリフォルニア州といった、北アメリカ西部の乾燥した地域に住む。ワキモンユタの喉は、オレンジ色・黄色・青色のいずれかをしており、水平・垂直いずれかの縞模様を背中にもっている(水平の縞は生態学者にはバーと呼ばれている)。オスでは、喉の色は行動に関係している。この研究の主著者である Lesley Lancaster によると、オレンジ色の喉のオスは攻撃的で、時間のほとんどをケンカをして過ごしているという。黄色の喉をした仲間は、よく背の高い草に隠れて、オレンジのオスがケンカしたり食べ物を探している隙に、こっそりメスを奪っていく。その一方で、喉が青色いトカゲたちは、たいてい地味で、こそこそした黄色い喉のオスたちに目を光らせている。

 「捕食者にどう見えるかは社会的環境によって決定されるのでしょう」とサンタクルーズのカリフォルニア大学の生態学の学部生である Lancaster は述べる。彼の発見は、母親のホルモンが子たちの外見の基本面を変えることが明らかになった初の公知例である。

 オレンジ色と黄色の喉をしたオスたちは、岩や草のある様々な場所をうろつくため、背中の目印は、自身をカモフラージュして、捕食者のディナーとなってしまうのを避ける助けとなる。たとえば、オレンジ色の喉をしたトカゲたちは、背中にある垂直方向のストライプでもって、平らな場所を逃げる際に捕食者を混乱させる。また黄色の喉のトカゲたちは、バー(訳注:水平方向の縞模様)によって、草むらに溶け込むことができる。

 母トカゲが卵の卵黄にたくさんのエストラジオールを出すことによって、黄色の子たちにバーがつき、オレンジ色の子たちにストライプがつく。もし母トカゲが黄色い喉のオスたちの中で生活しているのであれば、卵にエストラジオールを追加投与することで、黄色の子たちは、オスメス問わず背中に鮮やかなバーができる。もしオレンジ色のトカゲが多く住む地域にいるのなら、エストラジオールが増えることで、オレンジ色のオスの子に鋭いストライプができる。このホルモンがオスおよびメスの子にもたらす影響は、エストラジオールと、トカゲの性別と喉の色を決定する遺伝子との相互作用と関係するのである。

 いつ母親がエストラジオールを追加投与するのかは分かってはいないものの、ワキモンユタは人間よりも優れた色の識別能力を持っている、と科学者たちは記している。したがって、周りのトカゲの喉の色を区別するのはたやすい。また、母親のエストロゲンのレベルがある特定の状況下で高くなるのかどうか、それと、何かが卵に入り込むのか、それとも環境が自動的に卵をホルモンで包むようにさせるのか、は研究者たちには分かっていない。

 「それは受動的、あるいは能動的なメカニズムでしょう」と Lancaster は語る。

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 そもそもこのワキモンユタというトカゲ自体を全く知らなかったので少し調べてみたのですが、こいつ、かなり面白い生き物です。記事にもあるとおり、このトカゲには、オレンジ、黄、青の3種類が存在し、それぞれ異なったストラテジーによって生存を試みるわけなのですが、3つのストラテジーがちょうどジャンケンのグーチョキパーのように機能しているのです。オレンジのトカゲは攻撃的で、弱々しい青のトカゲを蹴散らし、メスのたくさんいる領土をゲットします。しかし一方で、黄のトカゲは、メスの気をひくのがうまく、うまく隙をついて、オレンジのゲットした土地にいるメスと交尾してしまいます。しかしさらにその一方で、青のトカゲは一匹のメスだけを守り通そうとする習性なので、黄のトカゲはメスを奪うことができません。荒くれ者のオレンジ、ナンパ者の黄、一途者な青が、バランスをとって生活してるんですね。(From::The Mathematical Association of America::Mating Games and Lizards

 たしかに、荒くれ者やナンパ者がたくさんいる地域では、それだけうろつき回ってメス探しをする必要性が高いんでしょうね。子ども自身が努力するだけじゃなく、あたかもお母さんが手助けをするかのように卵を産んでいるのかもしれない、というのはおもしろい考えです。

【参考リンク】
・(元論文)Adaptive social and maternal induction of antipredator dorsal patterns in a lizard with alternative social strategies

2007年06月23日

古代ローマ人はファストフードが好きだった


 ABC News in Science より。

 イタリアのポンペイ遺跡といえば、火山の噴火のために灰に飲まれ、当時の生活していた人々の様子がそのまま残された場所です。

 さて、今回出版された書籍によると、この遺跡から見つかった食器の配置から、当時の民衆の食事のスタイルが分かってきたそうです。それによると当時の人々は、現代の私たちのように、テーブルを皆で囲んで食事していたというよりも、むしろファストフード店のように、テイクアウトした食べ物を家や道で食べていたかもしれないのだそうです。

Ancient Romans preferred fast food
(古代ローマ人はファストフードが好きだった)

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 英国の考古学者によると、平均的な古代ローマ人は、退廃的かつ儀式的にワインと食事をとっていたエリートらと異なり、あわただしくものを食べていたという。

 レスター大学の Penelope Allison 博士は、ポンペイ近隣の地域全体の発掘現場を詳細に述べた新著において、発見したことを記している。

 ポンペイは、西暦79年のヴェスヴィオ火山の噴火後の時の流れが止まった都市である。ローマ帝国の中心に近いことから、歴史家たちはしばしば、ポンペイからの知見を、特にローマなどのイタリアの他地域に拡張している。

 「今日の西洋の世界の多くでは、家族のメンバーは座って共に食事をするべきという一般的な考えが存在します。そうしなければ、それは家族組織の破綻を意味するかもしれません。しかしこうした考えは古代ローマに発祥するものではなかったのです」と Allison は語る。

 彼女の主張は、発掘現場で彼女が見付けたこと、見付けなかったことに基づいている。

 Allison は、ポンペイの住居において、食卓用食器類や、フォーマルな食事室や台所が異様に少ないことに気付いた。そのかわりに寝室などのあちこちで、皿がぽつんとあるのが見つかった。

 「今日の子供たちが、テレビを見たりコンピュータで遊んだりする前に、食べ物の皿を自分の部屋に持っていくのと同じように、ローマの若者は、おそらくは他の活動のための特定のエリアに、食べ物を持ち運んでいたのでしょう。」子供たちもまた、子守や世話の役の奴隷と一緒に食事をとっていたのかもしれない、と彼女は語る。

 彼女が住居で発見したのは、複数の小さなバーベキュー型の火室だった。「バーベキューまたはフォンデュ形式の食事」がしばしばなされていたことを示唆している。

 Allison の書籍は「The Insula of the Menander at Pompeii Volume III(ポンペイのメナンダーの島 第3巻)」という題でオックスフォード大学出版から発行される。

■ 「慎重に調べられている」

 米国バッファロー大学の教授 Stephen Dyson は、古代ローマの世界的権威の一人であり、米国考古学協会(訳注:Archaeological Institute of America を直訳)の前会長である。

 Dyson はこの新著を、「慎重に調べられて」おり、ポンペイとローマについての彼自身の研究は、Allison の結論を支持していると述べている。

 「私たちも、ポンペイや古代ローマの他地域に、多くのファストフードレストランを発見しました」と彼は言う。

 Dyson はこれらの場所を、「バーガーキングとブリティッシュパブ、またはスパニッシュタパスバー」の間にある交差点に例えている。

 通りに開けている各店舗は、容器がある大きなカウンターが真ん中にあり、ここから食べ物や飲み物が出されていた。

 「大半のローマ人は、集合住宅や、いくぶん制限のある空間で生活しており、そこにはコンロなどの調理装置の痕跡はあまりなかったのです」と彼は語る。

 「ファストフード」レストランは、手ごろな選択誌がそろっているために現代の都市住人がしばしば外食するのと同じように、量があるため一般的なものになっていったと Dyson は考えている。

 さらに、ポンペイやローマの住民の多くは、職人や店員、織工などとして働いており、これらの店舗を支えるのに十分なお金を稼いでいた。

 家でも通りでも、食べ物を手に持って歩くというのは、イタリア人の考え方のエネルギーや柔軟性にマッチしているようでもある。

 「今日のイタリアの活気ある通りやバーの場面や、角にベッドの骨組みが積まれた住居の多機能デザイン、驚くべき場所にある台所は、素晴らしくもちょっと混沌とした初期ローマ人の生活の一面を映し出しているのです」と彼は言う。

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 当時の住居のつくりをあまり知らないので推測ですが、今のように、リビングやダイニングのように用途ごとに部屋が存在してたのではなく、もっと単純に、共用部とプライベートな部分、と大雑把な区別しかしてなかったのかもしれませんね。共用部にあるオーブンで食事を作って、それを個人の部屋まで運んで食べると。一つの部屋で着替えて食べて寝て、という生活だったのかなあ。

 考古学の研究の記事を読んでいて楽しいと感じるのは、当時のあまりに人間臭い生活感が感じ取れたときじゃないかなと思います。そういう意味で、今回の記事は僕たちにいろいろな想像をさせてくれて面白いです。

【参考リンク】
・(書籍)Insula of the Menander at Pompeii
 た、高い・・・

2007年06月17日

格差と渋滞

 このごろ読んだ書籍紹介。紹介したい本はたくさんあるのですが、なにぶん記事を書くスピードが異常に遅いので、紹介本キューが溜まっていってる状態です・・・。


格差社会―何が問題なのか」(著:橘木俊詔、出版:岩波書店)

総合:■■■■□(難しさ:■□□ 楽しさ:■■□ 満足度:■■□)

 格差社会という言葉もこの頃は一種の流行り言葉になっています。本書は、この言葉から連想するさまざまな疑問への回答が述べられています。「格差は本当に起こっているのか?」「格差は本当に問題なのか?」といった疑問へ答えるべく、現状を示すデータを挙げながら議論を進めていきます。不況、富裕層、ニート、地域格差などなど、格差とは一体何なのかを考える上で必要となる論点が網羅されています。ともすれば一過性の流行り文句に陥りかねないこの言葉をざっと広く理解するのに本書は有効だと言えるでしょう。
 ですが一方で、定量的な議論のためのデータや定義が不十分だなあと感じる箇所がところどころ気になります。たとえば本書を通じて何回か登場する指標に、ジニ係数というのがあります。これは格差や不平等さを計測する数値で、人々が完全平等なら0、完全不平等なら1を表す、ということが冒頭で述べられているものの、具体的な定義については記述はなし。これだけの情報で、いくら増えた減ったの話をされても今いち掴み切れないなあ・・と感じました。雰囲気はつかめるのですが。
 あと、本書では格差の議論を支える資料をおおく紹介しています。これらの一つ一つはたいへん面白くて重要なものですが、著者の主張を裏付ける役割をもつにしては、あともう一押しというところで定量的なデータを欠いているように感じます。主張ありきで資料を解釈しているというか。別の見方をすれば、それだけ、完璧な議論のためのデータ集めが難しいのだと言えるかもしれません。



渋滞学」(著:西成活裕、出版:新潮選書)

総合:■■■■□(難しさ:■□□ 楽しさ:■■■ 満足度:■■□)

 渋滞という言葉は日常的によく使われる言葉ですが、渋滞学という言葉はなかなか耳にしないかもしれません。ふつうは渋滞といわれれば、車でごった返す高速道路のイメージが真っ先に湧くかもしれません。本書では、車に限らず、人の動きから、アリの動き、はたまたタンパク質、ネットワークパケットの動きにいたるまで、ふだんの生活で遭遇するさまざまな渋滞現象がターゲットになります。
 対象が僕たちの身の回りにあるものが中心なだけに、単に学問的に興味深いというだけでなく、日常生活にひそかな楽しみを感じさせるものが多いです。たとえば、駅構内で2つの人の流れが直角にクロスするとき(東に向かう人の群れと、南に向かう人の群れが、ぶつかるところをイメージして下さい)、交差点では、各方向の人がストライプ状に整列するという現象が見られるのだそうです。本書を読んでから、僕自身も駅で似たような状況に遭遇しましたが、本当に同じ現象が起きてるのが自分で分かるんです。うんざりしがちな混雑も少しは楽しくなるかもしれません。
 著者は、これらの問題に対して、いずれもセルオートマトン法と呼ばれるシンプルなモデルによるシミュレーションによって取り組んでいます。ベースとなるモデルだけでは、現実で見られる複雑な現象を再現するのはできません。そこでこのモデルにいろいろと要素を付け足していって、一体どのようにすれば現実の現象をコンピュータ上で再現できるかを追求する。その結果、現象の再現のために最低限必要となる根本的原因が明らかになっていくわけです。こんなふうに、ああでもないこうでもない、とモデルを改良していく様子は本書の各章の終わりに補足扱いで記されています。こういう試行錯誤の様子から著者の奮闘ぐあいが見えてきて面白く読むことができます。

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