2007年04月01日

海馬と前世と貧乏くじ


 いつもと少し気分を変えて、今回はいくつかのニュースのダイジェスト。


■ 新たな研究は、大きすぎるメモリーが悪いことかもしれない理由を示す
 New research shows why too much memory may be a bad thing

 EurekAlert! より。
 長期記憶に秀でていることは、短期記憶に劣っていることと関係があるのかもしれません。米国のコロンビア大学メディカルセンターの研究者らは、とある状況でマウスの記憶能力を調べる実験を行いました。2つに分けた一方のマウスに、海馬の領域でのニューロン新生を抑える処置を施しました。そして両方のマウスに、短期記憶と深い関わりがあるワーキングメモリの性能を調べる迷路テストを行いました。すると、ニューロン新生を抑えられたマウスの方が、そうでないマウスよりも高得点を出すことが明らかになりました。一般に海馬といえば長期記憶を形成する部位です。実際、同研究者らの以前の研究では、同様の処置により長期記憶に障害が生じることが分かっています。今回の結果から、海馬で生まれたニューロンは、長期記憶と短期記憶とでそれぞれ反対の役割を持っているといえそうです。ここから研究者らは、ワーキングメモリの情報を忘れられるということが日常的な記憶には欠かせないのかもしれない、と述べています。
(元論文:Paradoxical influence of hippocampal neurogenesis on working memory


■ 前世を覚えているだって? たぶん君の記憶力は悪い
 Remember a Previous Life? Maybe You Have a Bad Memory

 Scientific American より。
 自分には前世の記憶があると主張する人は、記憶力のテストにおいて、誤りをする割合が高いという調査結果が出たそうです。オランダのマーストリヒト大学の研究者らは、いわゆる「前世療法」の患者に対し、記憶力を試すテストを行いました。まず、被験者に知らない人の名前を覚えさせ、その翌日に、その名前、別の名前、有名人の名前の3種類を含んだリストを見せて、うまく分類をさせるというテストです。結果、前世の記憶を主張する人は、前日に覚えた名前を、有名人の名前であると勘違いする割合が高いことが明らかになりました。このような、いわゆる情報源の誤解が、空想を現実と誤って記憶することを引き起こしていると著者は述べています。しかし一方で、この研究には被験者の選び方に問題がある、との反論が他の研究者からなされています。残念ながら元論文が見付からなかったため詳細は不明ですが、前世療法の患者を対象にした、という辺りにたしかに少し違和感を感じます。
(元論文:The false fame illusion in people with memories about a previous life
(情報ありがとうございます!)

■ 顧客に貧乏くじを売る
 Selling customers the short end of the stick

 EurekAlert! より。
 ある物を買おうとしたら、同じ物を他人が自分より安く買えることを知ってしまい、やっぱり買わないことにした、ということがたまにあります。こうした行動は、自分が貧乏くじを引かされたと感じることから生じるわけですが、一方で、ある条件の下では、貧乏くじを引くことがその品物の魅力を逆に高めるという逆転現象が発生します。例えば、工具、スポーツ用品、宝石などの品物において、その道の熟達者のみに限定してその商品を無料配布した場合に、買い手はその品物を良質であると判断するのだそうです。そこで元論文では研究者たちは、様々な実験を通じてこの現象の裏づけを行っています。そのうちの一つ、被験者に2種類のコードレスドリルを用いた実験では、一方のドリルにはデパート商品券、もう一方には工作者向けのガイド本がおまけ(販促品)として付け、両者の比較をさせました。多くの被験者は、自分がもらって嬉しいのは前者だと回答した一方で、より高価なドリルは後者であると判断しました。つまり、目の肥えた熟達者をターゲットとする販促物がお客に良質という判断を引き起こしたのであり、上記の現象を裏づけているといえそうです。
(元論文:How to Attract Customers by Giving Them the Short End of the Stick

2007年03月25日

ケンカ遊びは社会的能力を高める


 EurekAlert! より、またネズミ絡みの記事です。

 「ふざけてケンカごっこなんてしちゃいけません」というのは昔も今も言われる言葉です。しかし、ネズミに限って言えば、年少期の仲間とのこうした乱暴な遊びは、社会性の発達に大事な役割をもっているらしいことが明らかになりました。

Your mom was wrong: Horseplay is an important part of development
(お母さんは間違っていた:やんちゃ遊びは発達の大切な一部)

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 運動場での大騒ぎは、長く子供や若者の習慣だった。子供がケガをしたり悪くなったりしないかを心配する数世代の両親にとってはたいへん残念なことに、これは暴力や攻撃性への習慣づけとなっている。しかし動物実験により、やんちゃ遊びに異なる描像が描かれるかもしれない。社会的・感情的発達が、仲間とのそのような相互作用に大いに依存しているかもしれないのだ。

 Current Directions in Psychological Science 誌の4月号に掲載された記事では、レスブリッジ大学の Sergio と Vivian Pellis が、動物とかかわる複数の論文のレビューを行っており、やんちゃ遊びと社会的能力とのあいだの関連性を見出した。

 たとえば、仲間との相互作用(ひいてはやんちゃ遊び)を奪われた大人のネズミは、社会構造のヒエラルキーの理解に無能力であることを示した。ネズミの世界では、若いオスがコロニーに生息を定めようと試みると、すぐに支配的なオスネズミから攻撃の的とされる。仲間と一緒に育てられてきたネズミは、この場合、支配的なオスの注目を避けるために、すみやかに身をかがめてじっとすることを会得する。他方で、遊びを奪われたネズミは、走り回ることをやめず、結局はもっと本気の攻撃を招くこととなる。

 やんちゃ遊びを欠いたネズミでは、協調的な動きも同様に劣っているようである。ネズミは、他の大半の哺乳類とおなじく、協力的(性など)や競争的(食料を守るなど)な状況の両方について、協調的な動きに大いに依存している。孤立して育てられたネズミは、動きを適切に相手に合わせる能力が悪くなっていた。こうした協調は、ケンカ遊びの間に起こるような、たえず身体をシフトさせる動きを通じて学べるものであると著者らは述べている。

 仲間の相互作用を奪われることは、神経学的な結果も引き起こしているようである。年少者のケンカ遊びによって、著者らが「社会的脳」と呼ぶ領域である大脳皮質にある種の化学的殖因子の放出が促されることが見出されてきている。この社会的脳の構造には眼窩前頭皮質という領域があり、これは社会的な識別や決定に関わりがあることが知られている。論理的に考えれば、この領域での成長が促進されないと、それだけ協調的な動きや社会的合図の認識などが損なわれる可能性が高くなるのである。

 しかしネズミの行動は、おそらくは複雑な私たち自身の発達への洞察を与えてくれるのだろうか。どうもそうである、と著者らは述べる。その証拠として、とくにケンカ遊びについて動物と人間の遊びには重なり合う部分が相当あることを挙げている。

 「こうして得られた知識によって、人間でのこうしたプロセスの関連結果の手がかりを得ることができるのです。」(Pellis)

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 ネズミの実験については面白いね。周りから浮いてるネズミは攻撃の対象になりやすいという感じでしょうか。しかも年少期でのケンカ遊びをつうじて、いわば空気の読み方を身をもって習得しているのは面白いです。

 やっぱり気になるのは人間についてはどうなのか?という点ですね。子供のときに友達とふざけて叩き合ったりすることが、社交性などの能力を成長させる重要な要素だと分かったら、子育ても今と異なった見方になるかもしれないね。もちろん今回のネズミの場合の結論が、そっくり人間について当てはまるかというと、それはまだ微妙な感じはしますが。

 個人的には、年少期のケンカ遊びによって、上記の眼窩前頭皮質にどのぐらい成長の差が見られるのか、そして実際に、眼窩前頭皮質の大小がその人の社会的ふるまいとどのような関係があるのか、といったところが気になります。

【参考リンク】
・(元論文)Current Directions in Psychological Science誌ではまだオンライン化されてないようです。見つかり次第リンクはります。

2007年03月20日

ネズミは無知の知を知っている


 Science NOW より。

 自分の無知を自覚すること、すなわち「無知の知」の重要性を説いたのはソクラテスですが、今回発表された研究によると、ソクラテスよりもずっと下等であるネズミたちが、すでにこの考えを身に着けていたらしいことが明らかになりました。

 研究者たちはネズミに、音の長さの聞き分けテストをやらせました。ネズミは音を聞いて、それが長いか短いかに応じて適切なレバーを押すとご褒美がもらえます。このテストにはある特徴があります。問題を聞いて、ネズミたちはその問題をスキップするかどうか選択することができるのです。もしスキップすれば、ご褒美は半分だけ得られます。もしスキップせず、しかも問題を間違ってしまったら、ご褒美を得ることはできません。

 こうしたテストを行ったところ、特に聞き分けが微妙な問題において、ネズミたちはスキップを選択する割合が多くなることが明らかになりました。そして実際、スキップを選ばずに問題に取り組んだ場合の正答率は、(スキップの選択肢を与えず)強制的に問題をやらせた場合よりも良くなっていることも確認されました。

 著者たちは、この結果から、いわゆるメタ認知、すなわち自分自身の心理過程についての監視や考察がネズミにおいても見られた、と述べています。

 ネズミたちは、自分にはその問題が分からない、つまり、自分は知らないことを知っているという状態だからこそ、スキップを選ぶことができたと言えるのかもしれません。とはいえ、ソクラテスが目指した「真の知」と異なり、ネズミの場合は単にエサがお目当てである、という根本的な違いがあるのは言うまでもないですけどね。

The Rodent Who Knew Too Much
(多くを知りすぎたげっ歯類)

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 ネズミは排水管を泳いだり地下鉄のレールの下でも行き抜くということで有名だが、今やもっと優れた才能を主張してもよいだろう。考えることについて考えるのだ。認識論ではないが、本日の Current Biology 誌に掲載された研究によると、ネズミは自分自身の知識の限界を知っているということ――動物界の頂上の脳にのみ属すると長く考えられていた知的能力――の初となる証拠が見つかったという。

 人々は日常的に、メタ認識を体験したり自身の知識を計ったりする。試験のあいだ気がめいる感じがしたことがある人ならよく分かるだろう。しかし動物におけるメタ認識を検知しようとする試みは、ほとんど成功したことがなかった。動物は研究者たちに何を考えているか教えてくれないというのが主な理由である。科学者たちはその代わりに行動上の手がかりに頼らなければならない。たとえば、サルは難しいテストを出されると、より少ない賭けを自分の回答に対してするし、イルカは良く二つの音を聞き分けさせると揺り動きをみせる。しかしこれまでのところ、ハトなどの脳の小さな動物がメタ認識の兆候を研究室で見せたことはなかった。

 ネズミは違うとでもいうのだろうか。アセンズのジョージア大学の神経科学者 Jonathon Crystal と学部生 Allison Foote は、音を識別させるという自己知識テストをネズミにやらせた。まず、研究者たちはネズミを調教し、一方のレバーと短い断続音(約2秒つづく)、もう一方のレバーと長い断続音(約8秒つづく)とを関連付けさせた。正しいレバーを押すとご褒美に6粒のペレットが得られ、間違ったレバーを押すと何ももらえず、再挑戦もできなかった。また、鼻をえさ箱に突っ込んで選択をしないでいることでご褒美を半分だけもらえることをネズミは教えられた。

 そうしてメタ認識テストは始まった。Crystal と Foote は、2本のレバーとえさ箱のある檻にネズミたちを入れ、断続音を流し始めた。正しいレバーを押すことでより多いご褒美をもらえることを知っているので、ネズミたちはえさ箱を避け、タップを始めた。しかし研究者たちがテストをより難しくすると事態は変わった。第2の実験では、このチームは、「短い」とも「長い」とも区別しづらい中間の断続音を流した。今回は、ネズミのえさ箱に向かう頻度が2倍になり、レバーで頭を悩まさなくなった。「テストを難しくすればするほど、より(選択を)しなくなるのです」と Crystal は語る。

 ネズミたちは間違った答えもしれないと知っていたから試験をスキップしたのだということを確かめるべく、Crystal と Foote は、えさ箱なしの難しいテストを繰り返した。テストを受けることを強制されると、ネズミたちの成績は悪くなり、たぶんこうだろうというように動いた。「ネズミは自分自身の内部の精神状態について思案することができるのです」と Crystal は結論付ける。その点において、ネズミはまさに霊長類やイルカのようにふるまうのであると彼は言う。

 「重要な研究です」と語るのは、ロサンゼルスのカリフォルニア大学のメタ認識の研究者 Nate Kornell である。「ネズミの精神プロセスが思っていたよりも私たちに近いということを示しています」。さらに、賢いと言われている動物は、意識において市場を独占していない、と彼は付け加える。というのも、「もしネズミやサルについてこれが真実ならば、他の哺乳類についても同様に真実だろうからです」。

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 やや複雑な実験をやってますが、元論文に一体どういう手順で実験をやったかについて述べられているので、興味のある方はご覧になってみるとよいかと思います。

【参考リンク】
・(元論文)Metacognition in the Rat

2007年03月10日

ペルーの遺跡の塔は巨大な太陽観測所だった


 BBC News より。

 ペルーの遺跡に、十三の塔という建築物があるそうです。南北約200メートルにわたり並ぶこの塔は、以前からその存在が知られていたものの、一体何のために存在していたのか、研究者たちの間の謎だったそうです。

 今回、実はこれらは古代の天文所であり、古代インカの人々がこの場で太陽を観測し、信仰にとって重要な日を特定していたということが明らかになりました。

Towers point to ancient Sun cult
(塔は古代の太陽崇拝を指し示す)
(太陽崇拝って "sun cult" って言うんですね・・・辞書いわく他に "heliolatry" や "sun worship" とか言うみたいです。)

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 最古の太陽観測所がアメリカ大陸で見つかった。このことは洗練された太陽崇拝が初期に存在していたことを示唆している、と研究者たちは報告する。

 それは十三の塔として知られる、2300年前の構造物のグループからなり立っている。ペルーの遺跡発掘現場チャンキロ(Chankillo)で見つかった。

 この塔は、毎年の日の出と日没の軌道にわたっており、これにより特別日をマークするための太陽暦が得られるのである。

 この研究は Science 誌に掲載される。

 英国レスター大学の天文考古学の教授 Clive Ruggles はこう語る。「これらの塔の存在は1世紀ものあいだ知られていました。それらが何のために長年にわたって存在していたのか、誰も認識していなかったというのは只事ではないでしょう。」

 「初めてそれらを見たとき、私は非常にびっくりしました――並んだ塔が、太陽のなす弧全体を覆っているのです。」(訳注:このへん訳すの難しい・・元記事の写真をご覧下さい。)

 チャンキロの十三の塔は、この遺跡にある低い丘の尾根に沿って北から南へ伸びている。保存状態は比較的よく、各塔には頂上へとつながる一対の内階段がある。

 大きさにして75~125平方メートルのこの長方形状の構造物は規則的に位置取られ、狭い隙間が規則正しい間隔でならんだ、「歯状の」地平線を形作っている。

 東西へ約230m進んだ二地点は、科学者たちが観測点だと考えている場所である。この二地点から見ると、地平線に沿って長く広がった塔が、一年の日の出と日没の地点と非常によく一致しているのだ。

 西側の観測点から眺めると、太陽は最左の塔の左側から出現する。

 Ruggle 教授は言う。「例えば西側の観測点に立てば朝に太陽が昇るのが見られますが、塔の端から端のうちどこから出現するかは、年の時々に依存するのです。」

 「ですから、ペルーでは12月にある夏至のときには、太陽はちょうど最右の塔の右側に見られます。6月の冬至のときには、最左の塔の左側から太陽が昇るのを見られます。その間のときには太陽は地平線を上下するのです。」

 このことが意味するのは、古代文明が、太陽が塔から塔へ移るのにかかる日数の経過を追うことによって暦を規定していたのかもしれないということだ、と彼は語る。

■ 太陽崇拝

 これらの塔があるこの遺跡は大きさにしておよそ4平方キロメートルであり、紀元前4世紀に占拠された儀式上の中心地だと考えられている。この遺跡はカスマ・セチン川流域にあるペルーの海岸にあり、多くの建物や広場、そして多くの注目を集めてきた要塞化された寺院をふくんでいる。

 ペルーの国立文化研究所の Ivan Ghezzi 教授を含むこの論文の著者らは、この居住民たちは古代の太陽崇拝であり、この天文台は太陽暦における特別日をマークするために使っていたものと考えている。

 Ruggle 教授は述べる。「西側の観測点、そしてやや東側の観測点は、非常に制限されたものでした――そこから2,3人以上の人が見ることは出来なかったでしょう。そしてあらゆる証拠が示唆するのは、その地点への形式的・儀式的なアプローチがあり、そして特別な儀式がそこで行われていたということです。」

 「日の出と日没を見ていた誰か特別な人――おそらくは聖職者――がいたことをこのことは意味します。そして一方で隣の広場では、群集たちが饗宴をし、日の出を見ることができたものの、それは特別な視点からではなかったのでしょう。」

 書かれた記録が示すところによると、インカは西暦1500年まで太陽観測を行っており、人々の宗教は太陽崇拝を中心としていたという。

 「インカの時代には、冬至夏至近くの太陽を観測するのに塔が用いられたということが知られています。このことにより、太陽崇拝の実践がさらに昔にさかのぼる要素があると考えられるのです」と Ruggles 教授は BBC News ウェブサイトに述べた。

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 太陽の位置を観測するための古代の建築物というと、他にイギリスのストーンヘンジが思い当たります。ストーンヘンジもかなり大きい(直径100m)ですが、今回の十三の塔も、全長約200mと、かなり大きな規模の建築物です。さらに面白いと思うのは、岩を並べて作られたストーンヘンジとは違って、より大掛かりな塔という形で太陽の位置をマークしたという点。太陽の位置を測量し、それにもとづいて塔を建てる位置を正確に特定するという技術をもっていたということなんでしょうね。2300年前というと、紀元前300年。そんな昔にそれだけの技術があったというのは面白いです。

 ちなみに Google Maps でも十三の塔を見ることができます。これ。リンク先の地図の右下に見える、縦方向に並んだ点線みたいなものがそれ。他にも左の方にも不思議な形の建築物が見られたり、なんか楽しそうな場所です。

【参考リンク】
・(元論文)Chankillo: A 2300-Year-Old Solar Observatory in Coastal Peru
AstroArts 天文ニュース南米ペルーの遺跡をめぐる議論に決着 「13の塔」は2300年前の太陽観測所だった

2007年02月25日

小説を執筆するアルゴリズム


 ABC Science Online より、コンピュータに小説を自動生成させようという試みです。

 小説の自動生成と聞いて、直感的に、それはいくらなんでも不可能だと感じるのは僕だけではないでしょう。ふつう小説の中では、登場人物たちが様々な感情をもって振る舞うわけで、それがコンピュータで自律的に再現できるとは到底思えないからです。たとえできたとしても間違いなくそれは目新しくともない退屈なものでしょう。たぶんそのプログラムには、いわゆるありがちなストーリーが製作者の手によってあらかじめ組み込まれていて、せいぜい言い回しが変わる程度の貧弱なバラエティしかないんじゃないかな、と想像するわけです。

 さて、今回開発されたプログラムは、こうした想像とは異なり、人間が入力する情報が必要最低限という特徴をもつそうです。そしてひとたびプログラムが実行されると、登場人物たちの間の好き・嫌いといった恋愛感情が数値化され、あたかもプログラムの中で実際の登場人物が感情をもっているかのように物語が自動的に進行していくようです。

 そして感情の以外にも、小説として必要となる緊張感の上がり下がりや、ストーリーの一貫性などといった点も制御されながら執筆が進んでいきます。こうして出来上がった小説は、実際の人間が書いた小説とくらべても劣らない(それどころか勝ってしまう)質を得ることができたそうです。

Computer writes its own fairytale
(コンピュータは自らのおとぎ話を書く)

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 最小限の人間の入力で自らの小説を書くというコンピュータプログラムがメキシコの研究者によって開発された。

 MEXICA と呼ばれるこのプログラムは、キャラクター間の感情や緊張を電子化した表現に基づき、オリジナルの物語を生成する初のものである。

 「このプログラムは、物語を作る際に、キャラクター間の感情的つながりの記録を保っておき、そして感情に関する知識を用いて、物語を続けるための可能な論理的行動を記憶から検索するのです」と、このプログラムの作成者 Rafael Pérez y Pérez 博士は語る。

 このプログラムを説明した論文は、Cognitive Systems Research 誌に掲載受理された。

 このコンピュータが生成した物語と、他のコンピュータ製の物語、あるいは人間によってのみ書かれた物語とを競わせたインターネット調査において、読者たちは MEXICA の物語を、流れ、一貫性、構造、内容、サスペンス、質全体において最高位にランクづけた。

 メキシコシティのオートノマス・メトロポリタン大学のコンピュータ科学者である Pérez y Pérez は、物語は次のような何らかの基本的なものから始まるだろうと述べる。「敵が騎士を傷付けました。王女は騎士を治療しました。騎士は敵を倒しました。騎士は王女に報いました。終わり。」

 このプログラムはキャラクター達を変数として読みとり、恋心を持っているか否かとして定義された感情的つながりに対して、-3から+3までの数値を割り当てる。

 この数値は、-3を非常に嫌い、+3を非常に好きとした、感情の度合いに等しいものである。

 このプログラムは物語の緊張も理解する。「傷ついた」という言葉に緊張を結びつけるというようにである。これにも数値が割り当てられる。

 こうしたひとかたまりの感情的つながりや緊張が確立されると、プログラムは「エンゲージメントとリフレクションのサイクル」を開始する。(訳注:適切な訳語が思いつかなかったのでそのままにしました。後で説明します。)

 基本的にこれは、物語の行動とほかの出来事(「原子」と呼ばれる)のデータベースを検索して、そのときのキャラクターたちの文脈に最も合うのを決定することを含む。

 このシステムが文脈に合うものをもはや作れなくなるまで、このプロセスは何度も繰り返される。

 現在のところ、このコンピュータは物語を一貫性と「おもしろさ」について分析する。このプログラムは、作品を通して緊張のレベルが上下するときに、その物語をおもしろいとみなす。

 もし物語が作品において退屈だとか一貫性がないとか判断すると、プログラムは満足と判断するまで、原子を置き換えたり挿入したりする。

■ 執筆の科学的モデル

 英国のノッティンガム大学にある学習科学研究所(訳注:Learning Sciences Research Institute を直訳)の所長である Mike Sharples 教授は、"How We Write: Writing as Creative Design" という書籍の著者である。同書において彼は創造的な執筆に対する科学的モデルを説明している。

 「Rafael は、人間の創造的執筆のモデルの重要な要素を導き出した――特に、エンゲージメントとリフレクションとの間の移り変わりがそれである――これで物語の執筆過程の本質的な部分をシミュレートするコンピュータプログラムを作り、おもしろく魅力ある物語のアウトラインを生み出すのである」と Shrples は述べている。

 彼はこのプログラムを「革新的である」と述べている。

 Pérez y Pérez は、MEXICA や将来の関連したプログラムが、人間の作家の置き換えではなく、ツールとしてみなされる事を望んでいる。このプログラムがより上質の物語や書籍を導きさえするだろうと考えている。

 「MEXICA のようなプログラムは、私たちが発想し、そしてそれゆえ理解することの助けとなるコンピュータモデルなのです」と Pérez y Pérez は語る。「こうして、私たちは自分たちの限界能力を超えられるのです。それがゴールであると私は考えています。」

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 どうやらこのエンゲージメントとリフレクションという2つの段階のサイクルがこのプログラムの肝と言えるようです。

 いまこの記事を書いてる時点で Cognitive Systems Research 誌がメンテナンス中なので元論文が見られないのですが、かわりにノッティンガム大学のサイト(これ)に Sharples さんの MEXICA の解説記事(これ)がありました。

 これによると、エンゲージメントの段階というのは、自分の長期記憶データベースから文脈にあうアイデアを取り出して書くということをするようです。そして新しいアイデアをこれ以上出せなくなったり、文脈から逸脱してきたりすると、次のリフレクションの段階に移ります。この段階では、書いたものを見直して、一貫性や新規性、おもしろさといった側面で評価し、必要があれば修正します。そして再びエンゲージメントの段階に戻り、おなじ手順を繰り返します。

 うーん、正直この記事が難しすぎで、上手に説明できるほどよく分かってないのですが、比較的自由な発想でストーリーを前に進めるというフェーズと、それを整理して収束させるフェーズ、という感じなのでしょうか。詳細は上記の解説記事をぜひごらん下さい。

 当初の僕の想像とちがって、これって僕たち人間が、小説に限らずなにかを発想するという過程とよく似ているなと感じますね。

【参考リンク】
・(元論文)Employing emotions to drive plot generation in a computer-based storyteller

2007年02月18日

TVゲームで視力が上がる


 New Scientist より。

 学生を2つのグループに分け、各々にテトリスとガンシューティング(立体的なダンジョンを動いて敵を倒すゲーム)を1ヶ月間やらせるという実験を行ったそうです。そして1ヶ月後に目の検査を行ったところ、ガンシューティングをやったグループの方に、検査結果に向上が見られたとのことです。

 この結果を応用すれば、弱視などの患者に効果的なトレーニングプログラムが開発できるかもしれない、とこの記事は述べています。

 今回の実験は、今までほとんどTVゲームをやったことがない人を対象にしており、さらに1日1時間という制限をきっちり守らせた上での実験とのことです。毎日長時間ゲームをやることの免罪符には決してなりませんのでご注意を・・・。

Action computer games can sharpen eyesight
(アクションのコンピュータゲームは視力を高め得る)

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 テレビゲーム中毒たちに吉報だ。アクションが満載のコンピュータゲームは目にとって良い可能性があることが、米国の研究者たちによって発見された。

 ロチェスター大学の科学者らの研究が示すところによると、1ヶ月の間、日に数時間のアクションのテレビゲームをプレイした人々は、目の検査でおよそ20%成績が向上したという。

 「アクションのテレビゲームをやることは、私たちの脳の視覚的情報の処理の仕方を変えるのです」と、脳認知科学の教授である Daphne Bavelier は語る。

 「こうしたゲームは人間の視覚体系を限界へと押しやり、そして脳はそれに適応します」と Bavelier は言う。「この学習は、他の活動やおそらくは日常生活にまで持ち越されるのです。」

 Bavelier と学部生の Shawn Green は、前年にテレビゲームを全くあるいはほとんどしていない大学生に検査を行った。「唯一これが非常に難しいことでした」と Green は述べる。「キャンパスのほとんど皆がテレビゲームをしているのです。」

■ クラウディング・アウト

 検査の被験者は、普通の眼科で用いられるのと同様の目の検査を受けた。被験者たちは、記号の集まりの中から「T」の記号の位置を識別する、いわゆるクラウディング・テストを行うよう言われた。

 参加者たちはその後で2つのグループに分けられた。一方はシューティングゲームのアンリアル・トーナメントを1日1時間やプレイし、もう一方は同時間、これより視覚的に単純なコンピュータゲームのテトリスをプレイした。

 30時間ゲームをやった後、両グループは再び目の検査を受けた。テトリスをプレイした人たちは検査のスコアに改善は見られなかった。しかし、アンリアル・トーナメントをプレイしたグループは目の検査で平均して20%よいスコアを出した。

 素早く激しいコンピュータゲームをやることによって、プレイヤーの視覚の空間分解能が上がったものとこの研究者たちは考えている。視覚検査表にはT以外の他の記号がたくさんあるが、この分解能が上がったことによって、よりはっきりと図を見分けることが可能になったのである。

 この発見は、弱視のような特定の視覚的異常をもつ患者の助けとなるかもしれないと、この研究者たちは語る。おそらくそうした人々は、特別に設計された訓練用ソフトウェアを使って利を得るであろう。

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 クラウディング・テストという検査は初めて聞きました。ふつう目の検査といえば、ランドルト環やアルファベットが並んだ表を連想するのですが、それとは趣向がかなり異なりますね。このテストの詳細(Tを見つけるまでの時間を測定するのか? それとも見つけることのできた最小のTのサイズを調べるのか?)が分からないので詳しくは分かりませんが、このテストは、視野全体でものを探し出すという、微妙に異なる能力を測るものなのかもしれません。

 なので、一般的な視力の概念と今回のテストは必ずしも一致しないと思うのですが、結果の一文だけを取り上げて、ゲームをすれば視力回復! みたいなノリで話が膨らんでしまわないかはちゃんと注意しないといけません。

【参考リンク】
・元論文は見つからず・・。Psychological Science 誌発らしいのですが。

2007年02月11日

精子は団体行動がお好き


 Science NOW より。微妙に煽り気味なタイトルでごめんなさい。

 ネズミの仲間の精子というのは他の動物と比べて特徴的な形をしているそうです。先端部にフックのような出っ張りがついています。ネズミの精子たちは、このフックを使って互いにくっつき合い、これにより単体で動くよりも高スピードで移動することができるのだそうです。

 今回の記事は、さらにそこから一歩進めた、いろんなげっ歯類の精子の形を調べるという調査についてです。様々な種類のげっ歯類について、体重のうち精巣が占める割合を調べ、これと精子の形状とを比較してみた結果、ある傾向が見られることが分かったそうです。

Sperm Find Strength in Numbers
(精子は個数に強さを見出す)

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 ダーウィン的進化に加わるのに、完全な生物である必要はない。精子でさえも、適者生存にかかわりを持っているのだ。ある研究が示すには、ある種のげっ歯類の精子は、かぎ爪状の頭部を進化させて、卵子へ向かう精子を負かしているようなのである。より良いかぎ爪をもつ精子たちは、より多くの仲間たちにくっつくことができ、これにより速く動く鎖を形作り、ライバルたちをおいて行くことが可能になる。

 数年間、生物学者たちはげっ歯類の精子の奇妙な形に悩まされていた。へら状の頭部をもつ他の多くの哺乳類の精子とは対照的に、多くのラットやネズミの精子の頭部は草刈り鎌のように曲がっている。約10年前、ヨーロッパモリネズミを研究している科学者により、これらのかぎ爪によって100もの精子の集団が互いにくっつき、この「精子の行列」が単体が泳ぐよりも速く動けることを発見した。(訳注:実物は元記事の写真をご覧ください。)

 進化の力が効果を表しているのなら好奇心をそそることだとして、英国シェフィールド大学の進化生物学者 Simone Immler とその同僚らは、ドブネズミやハツカネズミなどの37種のげっ歯類の精子を調べた。ヨーロッパモリネズミと同様、調べた大半の種において、周りの精子にかぎ爪が引っかかった精子は、独り者たちよりも早く移動することをこのチームは見つけた。さらに、より大きな精巣をもつ種――それゆえ射精ごとの精子量が多い――は、より鋭いかぎ爪をもつ傾向があった。このことは、精子が多いことが、卵子へ到達する精子間の競争が多いことに等しいためかもしれない。このチームは Public Library of Science ONE 誌の1月24日号にてこの推測を述べる。各精子はわずかに異なる遺伝子構成をもつため、最初に卵子に到達した精子が、優れたかぎ爪を次世代に受け渡しているのである。

 「本当に興味深い研究です」と語るのは、シェフィールド大学の進化生物学者 Rhonda Snook である。彼女はこの論文にはかかわっていない。この発見は、かぎ爪の形成において役割の競争が効果を表すのと同様に、げっ歯類の精子のユニークな形についての長きにわたる問いに手がかりを示している。

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 生物それ自身と同様、精子もじつは進化を行っているのだという考えはとても新鮮に感じられます。

 上記事を読むと、1回あたりの精子数が多い種だとそれだけ精子同士の競争が激しくなり、それに打ち勝つため、かぎ爪の形がよりシャープになるということが述べられています。この説明はちょっと僕には違和感を感じるな。というのも、そもそもなぜある種のげっ歯類が多くの精子を出すのかというと、それは交尾から受精に結びつくまでの可能性が小さいからだと思うのです。つまり、精子1体あたりの受精のチャンスが小さいわけだから、それを補うだけのたくさんの精子を出して受精の可能性を増やそうとするはず。したがって、かぎ爪の形が鋭くなるのは、精子同士の競争に打ち勝つためというよりも、受精が難しい状況において、卵子までたどり着くチャンスをできるだけ高めるために精子たちが築き上げた協力体制と言うべきだと思うのです。

 この記事に関わるもっとも根本的な疑問は、記事の最後にあるように、そもそもなぜげっ歯類だけがこういう形状の精子をもつのか? ということですね。これはちょっと考えてみてもさっぱり分からないなあ。

【参考リンク】
・(元論文)By Hook or by Crook? Morphometry, Competition and Cooperation in Rodent Sperm
 (群れをなして泳ぐ精子の動画が見られます。)

2007年02月10日

照明とおもてなしとスケッチと

 このごろ読んだ新書3冊のご紹介。なんか急に、文化的なものが読みたい!と強く感じたので。。


頭がよくなる照明術」(著:結城未来、出版:PHP研究所)

総合:■■■■□(難しさ:■□□ 楽しさ:■■□ 満足度:■■■)

 akiyan.com で紹介されていたのがむっちゃ気になって、そのまま本屋に買いに行きました。タイトルだけ見たときは「なんだまた”頭がよくなる”か」と一瞬うんざり感が走ったわけですが、上記の紹介でとても興味がかきたてられました。

 さて本書いわく、僕たちのふだんの気持ちは光によって大きくコントロールされているとのこと。たとえば、青白い蛍光灯の光が頭上で輝く「直接照明」と、オレンジ色の光が壁や天井を照らす「間接照明」とを比べると、直接照明は僕たちの無意識に緊張させ活動的なモードにするのに対して、間接照明は人の脳をリラックスさせる働きがあります。日本のオフィスの多くでは、照明に青白い昼光色を使い、照らす人に、働け働けとサインを送っていますが、やる仕事のタイプによってはこれはあまり適切でないかもしれないのだそう。企画を考えるなどのクリエイティブな仕事には、余計な緊張をしないリラックスな環境のほうが向いているのです。

 本書を読むと、オフィスだけでなく、自分の生活のいろんな部分の照明を見直したくなる欲求にかられますね。本書では、主張の根拠としていくつかの実験や調査が紹介されていますが、どこからの出典なのかがいまいち把握できない箇所がいくつか感じられます。とはいえ、いまの自分に合うと思ったポイントをうまく抜き出して生活に適用してみると面白いんじゃないかなあと思います。



接待の一流 おもてなしは技術です」(著:田崎真也、出版:光文社新書)

総合:■■■□□(難しさ:■□□ 楽しさ:■■□ 満足度:■■□)

 世界的なソムリエである著者による、顧客や女性をおもてなしするときのアドバイスを記した本です。

 本書の一番最初で著者はこう言い切ります。「接待でもデートでも、スマートにふるまえる日本の男性は、欧米の男性に比べてとても少ないのが実情です。」この根本的な原因といえるのが、多くの人が「ホスト」「ゲスト」「サービススタッフ」の3つのトライアングルの関係を理解していない点にある、と説明します。つまり、自分が誰か大事な人をもてなす場合、本来なら、自分自身が自宅でテーブルを整えたり料理を作ったり飲み物を選ぶ必要があるわけです。ですがそれは非常に大変なので、自分でやる代わりに、レストランなどにサービスを委託します。ここで大事なのは、レストランはあくまでもサービスを提供する執事のような存在なのであって、当のもてなす側というのは、レストランではなく自分であるということです。基本は、自分(ホスト)と相手(ゲスト)、そしてホストのサポート役であるサービススタッフという三角の関係にあるのだけど、多くの人がそこをカン違いしていて、店に入った瞬間に、ホストの立場を放棄してゲストの立場になってしまうという誤解があるというのです。思い当たるフシがある人(僕のことです)は、ぜひ本書を読んで、もてなすということの意味を振り返るのがよいかもしれません。

 日本人には、おいしいレストランをたくさん知っているということが一種のステータスのように見なされているけど、それよりもっと大事なのは、そういう優れたサービスをうまく利用して最終的に相手を気分よくさせてあげられることなんだなと感じました。それって、仕事で例えるなら、知識だけはあるけど実際に有益な成果を作り出せないようじゃダメ、ということでしょうか。



スケッチは3分」(著:山田雅夫、出版:光文社新書)

総合:■■■□□(難しさ:■□□ 楽しさ:■■□ 満足度:■■□)

 そのへんにあるペンや鉛筆を使って、時間をかけずにさらさらと描くスケッチ表現を提案した本です。かける時間は3~5分程度なので、影のグラデーションをつけるというような手間のかかることはせず、おもに線描写を使って、余計な書き込みをせずに対象の本質的な部分だけを写し取ります。下書きもしません。本書は、こうした簡単なスケッチをうまく描くためのアドバイス集、という感じになってます。

 僕はスケッチというと苦手意識を持っている方です。何というか、いま自分の見ているモノを、どのように捉えていいのか分からない、どのように線の集まりに置き換えたらいいのか分からない、どこから手を付けたらいいのか分からない、そんな困難があるからだと思うのです。本書では、こういう疑問に対して回答を示しています。つまり、線でなく、面の集合体として対象をとらえるのがよい。そして描くときは、最も手前の部分、つまり最も目に入りやすい部分から描きはじめるのがよい、と述べています。これは僕の意識をがらっと変えた、かなり効果的なアドバイスでした。とはいえ、この描き順についての説明は本書のかなり後半になってから初めて登場するので、それまで読んでいる間は、なかなかピンと来ない状態でしたが・・・。

 この他、即効性のあるアドバイスが多くあり、有益だと思います。「模様などの繰り返しは、一部だけを描いて残りは省略する」「描く対象は右上がりの構図になるように描く」など。いずれも、感性的なものでなく、論理的・工学的な立場からの説明になっているのがとても分かりやすいと思います。

2007年02月05日

ゴミでエネルギー問題を救う方法


 Techonology Review より、ゴミからエネルギーを作り出そうという試みについての記事です。

 ゴミから燃料を取り出したり発電をしたりしようという試みはよく耳にするアイデアです。ゴミ問題とエネルギー問題の両方にとってプラスだという、たいへん魅力的なアプローチなのですが、とはいえ現実で成り立っていくにはあまりにも障害が多いわけです。

Creating Ethanol from Trash
(ゴミからエタノールを作る)

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 ゴミをエタノールやメタノールに変換する新しいシステムは、米国の動力車に使われる多量の化石燃料を置き換えながら、埋立地につみ上がる廃棄物の量を減らす助けとなるだろう。

 もともと、MITとワシントン州リッチランドのバッテル・パシフィック・ノースウエスト研究所(PNNL)の研究者たちによって開発されたこの技術は、ゴミを焼却処分しないため、廃棄物をエネルギーに変換すべく努力してきた人にとって歴史的に悩みの種だった汚染物質を生み出さない。そのかわりに、この技術は有機物を気化し、水素と一酸化炭素からなる、合成ガスと呼ばれる混合物を生み出す。これは幅広い種類の燃料や化学物質を合成するのに使うことができる。ワシントン州・リッチランドに拠点を置くスピンオフ企業、インテグレイテド・エンバイロメンタル・テクノロジーズ(IET)社によってさらなる開発・商用化が行われてきている。この技術は、地方自治体の廃棄物を処理することに加えて、農業バイオマスの廃棄物からエタノールを生成するのにも用いることができる。これによりエタノールを、現在のトウモロコシをベースにしたプラントよりも安価に提供する見込みがある。

 この新しいシステムは、2つの段階で合成ガスを作る。第一段階では、炭素と自由水素を部分的に酸化させるのにちょうどとなる少量の酸素が加えられた、1200度の室内で廃棄物が熱せられる。この段階ではすべての有機物が変換されるわけではなく、いくらかが炭状になる。それからこの炭を、1990年代にMITのプラズマ科学融合センターで開発された技術であるプラズマアークに通す。有害物質など残りの無機物は、PNNL技術を用いて溶融グラスの中へと組み入れられる。この溶融ガラスは固まって、道路建設に使えたり安全な物質として埋立地に捨てることのできる物質へとなる。(訳注:プラズマ科学融合センターという言葉は Plasma Science and Fusion Center を直訳。)

 次の段階は、触媒をベースとした、合成ガスを等量のエタノールやメタノールに変換するプロセスである。現在エタノールは燃料の添加剤として広く用いられ、いくらかの乗り物ではガソリンの代替物としても用いることができる。メタノールはバイオディーゼル燃料を生成するのに重要であり、現在は天然ガス中のメタノールから作られている。

 米国で生み出される自治体廃棄物や産業廃棄物は、このシステムが置き換えるのに十分な量であり、国内で使われるガソリンの4分の1に匹敵する、と語るのは、IETの共同創立者であり、プラズマ科学融合センターの上級研究員でもある Daniel Cohn である。

 もう一人の共同創立者であり、IETのCEOかつ取締役でもある Jeff Surma によれば、この多段階システムによって、競争力のある価格で廃棄物から燃料を作り出すことが可能であるという。都市や製造者が廃棄物を取り除いてもらうのにお金を払うという事実を含めたとしても、経済的には良くなるようだと彼は言う。これにより、燃料1ガロンにつき10~95セントのコストにすることができる。現在はIETは、この技術の採用に関心を持っている中西部の主要な公共施設やいくつかの自治体と交渉を行っていると Surma は語る。

 しかし、ワシントンの支持団体である再生可能エネルギー政策プロジェクト(Renewable Energy Policy Project)のエグゼクティブ・プロデューサ George Sterzinger は、IETは、原料に対して支払われるお金にあまり依存すべきではないと警告する。廃棄物を確保する上で、経済的利害がある埋立地とのやっかいな競合に直面するだろうと彼は語る。

 現在のところ、廃棄物をバイオ燃料に変換する複数の新たなアプローチが模索されているが、その勝者はまだ明らかではない。IETが成功するか否かは、始めの廃棄物の入手から流通にいたるまで、どのようにこの技術を拡大させて完全なシステムを開発するか、というところに大いにかかっている。

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 そういえば、Nature Digest の1月号によると、これと同様の手法で発電する試みが日本でも行われているとのことでした。(From:ただのゴミだと思ったら・・・

 北海道・歌志内にある、株式会社エコバレー歌志内という会社がそれ。上記事と似たプラズマアークを使って、引き受けたゴミから合成ガスを作っています。しかし実際には、当初予測していたゴミ量の60%しか処理しておらず、2002年の操業以来、苦しい資金繰りの状態が続いているようです。

 その原因として、歌志内の人口減少によるゴミ量の低下などがあげられます。さらに悪いことに、日本ではまだ、町どうしでゴミ取引するという仕組みがほとんど根付いていないため、辺りからゴミをかき集めてくるという方法も現在のところ有効ではありません。上記事で Sterzinger さんがコメントしているように、いかに安定してゴミを得るかという問題が、ゴミからエネルギーを得る方法にとって最も大きな問題のようです。

 日本でゴミ取引が根付いていないのは、いまは法的な問題というよりも、周辺住民の反発がおもな原因なのだそう。たしかに、公害に敏感な日本にとって、よそからゴミを受け入れて処理するというのは直感的に受け入れがたいと思います。とはいえ、土地がせまく、埋め立てコストが他国と比べて非常に高い日本の場合、今回のアプローチの有効性は大きいだろうと思います。また、住居の密集度が高さゆえ、ゴミ収集の手間もひょっとしたらほかの国と比べてだいぶ小さいのかもしれません。安全性や経済性のうえで、納得のいく証拠が多く集まってやがて今回の仕組みが実現できればいいなと思います。

【参考リンク】
株式会社エコバレー歌志内

2007年01月21日

窒素の三重結合を切り離す


 Science Now より。

 僕の高校のときの化学の記憶によると、窒素というのは2つの窒素原子が3本の手を出して結合しています。これはとても強い結合のため、切り離して別の物質を生成するのに利用するのには大変なエネルギーが必要です。

 今回の研究は、ある金属を使って、効率的に窒素の三重結合を切り離し、有用な物質を作り出すことに成功したというものです。

Breaking Nitrogen's Three-Handed Clasp
(窒素の3本の手の結合を切り離す)

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 窒素は、大気の78%を構成する、どこにでもある資源である。しかし気体のほとんどは不活性であり、近くのものと相互作用をしない分子中に固定されている。肥料、薬、プラスチック等たくさんの製品を作るために大量のエネルギーを消費して窒素を利用する産業にとって、このことは長いあいだ問題だった。今回、ある研究者たちのチームによって、ずっと安価なアプローチとなるだろう方向への重要な一歩が進められた。

 窒素が他の元素と関係を持たないということは、同元素となす強い結びつきが原因である。ほとんどの分子は、近接する原子との間で1本または2本の結合を共有するのに対して、1対の窒素原子は3本の結合で互いに結びついている。約1世紀前、研究者たちは、窒素を水素と結びつけ、アンモニアを作ったことによってこのやり方を理解した。この開発は、とりわけ合成肥料の生産、そして近代農業の興りへとつながった。しかし今日でさえ、アンモニアの製造には膨大な量のエネルギーが必要となる。

 3年前、コーネル大学の化学者 Paul Chirik とその同僚らは、大気中の窒素をアンモニアに組み込むという、ジルコニウムをベースとした触媒を考案した。しかし多くの化合物にとってアンモニアは理想的な出発原料ではない。そのため Chirik らは、これらの触媒で新たなマジックを生み出させることができるか調べることとした。次号の Angewandte Chemie International Edition 英語版で彼らは、窒素と二酸化炭素を連結させた金属元素ハフニウムを中心とする化合物の開発に成功したことを報告する。

 この化合物は、はじめに、2つのハフニウム錯体間の万力に窒素を閉じ込めることによって機能する。これにより窒素元素は結合のうちの2つを互いに離し、代わりに結合をハフニウムへと移す。この切り替えの後で、二酸化炭素分子が窒素とハフニウムとの間に割って入る。さらに化学物質を加えることによって、研究者たちは幅ひろい範囲の化学化合物を作るための一般的な出発原料である、ヒドラジン(訳注:N)の一種を作成することができた。いずれも過度のエネルギーを加える必要はなかった。

 「本当にすばらしいと思います」と語るのは、カナダ・バンクーバーのブリティッシュ・コロンビア大学の化学者 Michael Fryzuk である。しかしながら、Fryzuk も Chirik も、現在の化合物はすみやかに再利用できないため、産業利用への準備はまだできていないと指摘する。化合物をつくり、切り離し、自動的に次を作りに取りかかるという一般的な触媒とは対照的に、ハフニウム錯体は、続けてヒドラジンを生産する前に、再循環・再生されないといけない。それでもやはりこの化合物でも、空気から引き出された出発原料から重要な化学物質を作り出すための、非エネルギー大量消費形の方法の開発への大事な第一歩を示している、と Fryzuk は述べている。

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 元々はなんか面白そうな記事だなあ・・と思い訳し始めたわけですが、残念ながら今回のテクニックのすごさというものが分かってません(知識がないためです);。 こういう記事を見てていつもながら思うのは、一体どういう経緯を経たらこんな変わったアプローチが編み出せるのかなあということですね。

【参考リンク】
・(元論文)Nitrogen-Carbon Bond Formation from N2 and CO2 Promoted by a Hafnocene Dinitrogen Complex Yields a Substituted Hydrazine

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