2007年06月09日

ダイエットの秘訣は食後の運動?


 BBC NEWS より。

 ダイエットのためには運動をすることが大事だと普通は言われますが、なかなか運動をしない人の中には、いろいろと言い訳をつけて逃れようとする人がいます。その言い訳の一つが、「運動すると疲れてそれだけたくさん食べようとしちゃうから結局意味がないんだよ」というもの。ですが今回の研究によると、食後1時間後の運動については、そんな言い訳がもはや通用しそうにないことが明らかになりました。

'Exercise after eating' diet tip
(ダイエットのヒントは「食後の運動」)

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 英国の科学者らによると、食後のエクササイズは、食欲を抑えるホルモンを高め、体重の減少を促進する助けとなるかもしれないという。

 これらのホルモンのおかげで、活動した人々は、エクササイズ直後に空腹を感じなくなり、次の食事までこの効果が持続することを実験は示唆している。

 食事の量が多いときでも、全体的に見れば運動をした人の得るカロリーは少なくなる。燃焼する量が多くなるためだ。

 サリー大学とインペリアル・カレッジ・ロンドンの研究は、Endocrinology 誌に掲載される。

 12名のボランティアたちは、同一の朝食を与えられた。

 1時間後、半分はエクササイズバイクで1時間トレーニングを行い、もう半分は静かに座っていた。

 両グループはさらに1時間そのままにされ、その後、好きなだけものを食べることを許された。

■ エクササイズのガイドライン

 驚くことではないが、エクササイズを行った人々は静かに座っていた人々よりも、197キロカロリーに比べて492キロカロリーと、多くのカロリーを燃焼していた。

そして後で食事の機会を与えられると、エクササイズをした人々の食べた量は、(そうでない人々の)762キロカロリーに比べ、913キロカロリーと、より多かった。

 しかしながら、エクササイズで燃焼したエネルギー量を考慮に入れると、運動をした人々は、全体で見れば取ったカロリーは少なかった。活動しなかったグループの565キロカロリーと比べ421キロカロリーである。

 そして、PYY、GLP-1、PP と呼ばれるホルモン(胃が一杯になるとそのことを脳に伝える)は、エクササイズの最中および直後で増していた。

 このときボランティアたちは空腹を感じなかったと述べてもいる。

 研究者 Denise Robertson 博士はこう言う。「以前は、エクササイズはエネルギーを燃焼するが、運動後で続けて多く食べてしまうのではと考えられていました。これによってエクササイズの体重減の効果の可能性が打ち消されてしまうのではと思われていたのです。」

 「しかし私たちの研究が示すのは、エクササイズは人々の食欲を変えて体重を減らす助けとなり、健康的でバランスのとれた生活習慣の一部として、さらなる体重増加を防ぎ得るということです。」

 専門家たちは、少なくとも30分の身体活動を週5日以上行うように勧めている。

■ 「重要な寄与」

 慈善団体 Weight Concern の医療ディレクター Ian Campbell は語る。「これは興味深い研究です。患者たちはしばしば、エクササイズ後は空腹感が増し多く食べていると報告しているのです。」

 「この研究が示すのは、全体的なカロリー摂取は多くなるが、行われたエクササイズのため、エネルギーの総バランスで見れば総結果は減少しているということです。」

 「ダイエットは決して易しくありません。あらゆる体重管理プログラムにとって、身体活動を多くすることは、カロリーを単に増やすだけでなく、ここで見たように私たちの食欲をコントロールするために重要な一部なのです。」

 肥満に関心を持つ開業医の John McAvoy 博士は、この研究は「エネルギーバランスの複雑な仕組みを理解することへの重要な寄与である」と述べた。

 「この段階では、一般の人々よりも製薬産業にとっての方がずっと関心があるでしょう。というのもただ、食後すぐのエクササイズは、自分の喉に指をやるようなものと大半の人々が思っているからです。」

 「体重コントロールのためのエクササイズは、長い期間にわたって続けられるものであるべきであり、このためには楽しむことが重要なファクターなのです。」

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 今回の実験は食後1時間後に運動をさせたようですが、もちろんそんなときに運動をやれば、胃のあたりに集中している血液が身体全体に回ってしまうことになるので、消化が悪くなった状態になるんじゃないかな、と予想するわけです。食後2時間後、3時間後などに食事をとった場合はどうなるのか、ぜひ知りたいと思うところです。あとさらに言えば、運動するしないで生じた食欲の違いは、1時間以上の時間が経つとどのように変わっていくかも気になるところです。もちろん今回の実験のように、食事と食事の間が3時間しかないというのは僕たちの日常生活とはかなり異なるものですので、今後、こういう情報が整理されて、エクササイズにもっとも適した時間は(食事のときから見て)いつか、ということが分かればいいなあと思います。

【参考リンク】
・(元論文)Effects of exercise on gut peptides, energy intake and appetite

2007年06月03日

月から地球を監視する


 New Scientist より。

 アポロ15号といえば、1971年7月に行われた、通産4回目になる月面着陸のミッションです。有人により行われ、初めて月面車が使用された他、さまざまな重要な科学実験が行われました。

 このような成功を収めたミッションだったのですが、とはいえ全ての実験が計画通りに実施されたわけではありません。月の熱流の測定のための穴を月面に掘る作業はたいへん難航し、結局、温度計を穴の内部に設置する代わりに、月面近くに置かざるを得なくなりました。

 さて、こうした経緯で設置された温度計ですが、今回、この観測データをつかって、地球から月にやってくる熱の流れを調べようというアイデアが出されました。そして、3年分のデータによれば、地球からの熱の放射は観測期間のあいだ実際に増加していることが明らかになりました。今後、月での観測が、地球の気候の変動を調べる助けとなるのかもしれません。

Moon might be best place to study Earth's climate
(月は地球の気候を調べるのにベストの場所かもしれない)

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 地球の気候を調べるのにベストの場所はどこだろうか。ある米国の研究者によると、それは月であるという。

 ウィスコンシン大学の Shoapeng Huang は、1971年にアポロ15号のミッションで月面に置かれた機器による温度の記録を手に入れた。

 「アポロ15号のミッションの主な科学的目的の一つは、月の土壌に3メートルのボアホールを2つ掘り、特別に設計されたプローブを挿入することでした」と彼は説明する。「重要なのは、温度が深さとともにどのように変化するかを見ることでした。月の内部から外へ向かう熱の流れを計算するためです。」

 しかし月の表面に穴を掘ることは予測よりも難しく、いくつかの温度計は月面に置かれたままとなった。その結果、NASA は、月の表面温度の変化を示す41か月分のデータを収集した。

■ 反射する地球

 Huang は、1972年中頃から1975年末にわたるこのデータを手に入れた。太陽からやってくる放射の影響を受ける昼間の温度は、それほど興味深いものではないと彼は言う。しかし月の夜間の温度は、地球からの放射に左右されているのである。そして、温室ガスのレベルが高くなり、大気がより多くの太陽のエネルギーを保つにつれ、地球の放射は減少するはずである。

 「したがって、もし地球が宇宙へ反射するエネルギーが少なくなれば、月にはそのことが分かるはずなのです。」(Huang)

 NASA の記録によると、1972年と1975年の間で夜間の温度にわずかな上昇が見られていると Huang は言う。これはこの時期に地上の気温低下をもたらした「地球薄暮化(グローバル・ディミング)」による結果だろうと彼は考えている。薄暮化は、光を反射する粒子が大気中で増えることによって引き起こされてきたと考えられている。

 これらの結果にもとづいて、Huang は、地球からの放射を監視するべく、機器を月に送りさらなる調査を見たいと思っている。月は地球の安定した自然の衛星であり、大気、生物圏、水といった、地球からの放射に影響を及ぼすものを持たない、と彼は指摘している。

■ 傾いた軌道

 他の人々はそれほど確信していない。「地球からの光」を測定することは新しい研究の一線ではない。地球の放射の変化に関するデータは、温室ガスが太陽からのエネルギーをどの程度とらえているのかを精確に理解するためのカギである。

 その中でも NASA は既に、CERES と呼ばれる人工衛星の機器を用いて、地球からの光を監視しようとしている。

 「実際のところ、月は、地球の変化する放射シグナルを監視するのに非常に悪い場所なのです」と、NASA の Bruce Wielicki は New Scientist 誌に述べた。CERES の実験を行っている Wielicki は、最近、コンピュータモデルを用いて、月をベースとした地球からの光をシミュレートする研究を行った。(Geophysical Research Letters 誌。DOI:10.1029/2006GL028196

 「このシミュレーションを行い、地球からの光を他の(放射の)データの集合と比較すれば、なぜ月が良くない場所なのかはさらに明らかです」と Wielicki は語る。

 彼らは、地球に対する月の軌道が傾いていることによって、月面の機器が南北極からの良好な測定を得るのを妨げられていることに気付いた。さらに、月での1日は地球での28日間つづく。このミスマッチによって、地球の季節によって引き起こされる放射の変動の解釈が難しくなる。

 Wielicki はまた、月に機器を置くことは、地球の低軌道上に打ち上げるよりもずっと高価であるとも指摘する。

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 もともとはトラブルによって設置された計測器が、意図せぬ別の立場の知見を与えてくれるというのは、怪我の功名という感じがしてなかなか面白いです。とはいえ、本記事を読むかぎりでは、人工衛星で測定するほうがずっと利点があるようで、現時点では改めて観測機を月に向かわせる意義は薄そうです。このあたり、元論文を斜め読みした限りではとくに有効な反論は見つけられず。

 とはいえ今回の報告は予備研究の位置づけとのことですので、さらなる研究が進めば、人工衛星の観測結果と互いに補い合うような成果が今後見出されるかもしれません。

【参考リンク】
・(元論文)Surface Temperatures at the Nearside of the Moon as a Record of the Radiation Budget of Earth’s Climate System

2007年05月27日

同乗者がいると交通事故のリスクは高くなる


 Sciense NOW より。

 交通事故でけがをして病院に運ばれたドライバーを対象にインタビュー調査を行ったところ、同乗者がいるときの事故を起こすリスクは、ドライバーだけのときよりもずっと高くなることが明らかになったそうです。

 運転中のドライバーの行動については、日本でも、運転中の携帯電話が処罰対象となるなど、たいへん多くの関心を集めている話題です。その後も、ハンズフリーも実は安全ではないという研究結果が出されるなど、本当のところはなお明らかになっていない状況です。

 こういう研究は、室内シミュレータだったり、あるいは実際に事故に遭った人へ聞き取りとかいった方法で調査がなされることが多いです。ですが、今回の調査は、事故に遭ったドライバーへの聞き取りだけでなく、事故と同じ曜日の同じ時刻に、現場付近を通る(事故に遭ってない)ドライバーにも併せて聞き取りを行い、両者の結果を比較したそうです。

Shut Up! I'm Driving
(黙ってて! 運転中なの)

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 道路の危険物リストに、らしくない項目を付け加えよう。携帯電話、SUV(スポーツ多目的車)、通行妨害をする車はもちろん危険である――が、相乗り専用車線にも目を見張るようにしよう。新たな研究によると、車に同乗者のいるドライバーは、事故に遭うリスクが60%高くなるということが示された。同乗者が2人以上だと可能性は2倍である。(訳注:米国の一部では、環境保護の観点から、複数人の相乗りでの通勤を推奨しています。高速道路にも相乗り車専用の車線が設けられているそうです。)

 運転シミュレーションと実験室での研究によると、携帯電話で話すことやテキストメッセージを行うことは、ドライバーの衝突のリスクを高めることが示されている。しかし実際に路上で何が起きているのかを調べた研究はわずかしかない。以前の研究では、携帯電話を使っているドライバーは、そうでない人々よりも事故に遭う割合が4倍高いことが分かっていた。オーストラリアのシドニー大学の医療疫学者 Suzanne McEvoy は、車に同乗者がいる場合と比べるとどうなるのか考えていた。

 McEvoy と同僚らは、地元の病院に行き、緊急治療室に運ばれた事故犠牲者にインタビューをした。致死的でない怪我を自動車事故で負った274名の人々からデータを集め、何人の同乗者が乗っていたか、何らかの形で同乗者とやりとりをしていたかどうかを尋ねた。彼女らはこれらのボランティアたちを、事故現場の最寄のガソリンスタンドで同曜日同時刻に募った1096名のドライバー(対照群の役割をもつ)と比較した。この研究者らは携帯電話の記録も手に入れ、これにより事故の時刻の付近に通話がなされていたかを確認した。

 このチームが発見したところによると、車に少なくとも1人の同乗者がいると、怪我を伴う事故に遭うドライバーのリスクは60%増加していた。これは濡れた道路で起きるのと同じリスク増加である。怪我を負ったドライバーのおおよそ3分の1は、事故のとき、何らかの方法で同乗者と話したりやりとりをしていたと報告した。2名以上の同乗者がいると事故のリスクは2倍になった。また研究者らが発見したところによると、予期の通り、携帯電話で話をすることは怪我を伴う事故に遭うリスクを4倍に高めていた。同乗者は少なくとも交通状況を分かっており、状況が危なくなると話をやめることができるため、電話で話すことはより危険なのだろうと McEvoy は推測する。現実生活の同じ状況での比較がなされたというのはこれが初めてである。この著者らは今日、Accident Analysis and Prevention 誌に報告する。

 同乗者がつねに問題であるわけではない、と指摘するのは、ソルトレークシティのユタ大学の認知心理学者 Frank Drews である。実験室での研究では、同乗者が交通に注意を払うことでドライバーが事故を避ける助けとなっていることを Drews は発見していた。この違いを調べるには今回の研究は小さすぎるため、ドライバーに対する政策の決定を提案する前に、さらなる研究が必要であろうと Drews は言う。

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 実際の事故現場まで行って他のドライバーにアンケートをとるというのは大変手間のかかった調査ですね。その熱意に頭が下がります。

 同乗者の存在が危険をアップさせるかどうかというのは、同乗者の性質に大きく依存する気がしますね。日常的に車の運転をしている人だったら、ドライバーと同じだけの注意を払えそうですが、ほとんど運転をしない人なら、周りの状況などお構いなしにドライバーに話しかけたりすると思います。

【参考リンク】
・(元論文)The prevalence of, and factors associated with, serious crashes involving a distracting activity
Hotwired Japan運転中の携帯電話、ハンズフリーでも危険大

2007年05月19日

孤独なジョギングと喫煙者の指紋


 今回はテクノロジー方面での琴線に触れたニュースのダイジェストです。

■ 孤独なジョギング愛好者についに仲間が見つかる
 Lonely joggers find company at last

 ABC News in Science より。
 ジョギングは楽しいですが、一緒に走るパートナーがいないとちょっと寂しいものです。そんなときは今回のシステムを使えば、たとえ一人でも、ヘッドセットで音声を遠隔の相手とやり取りしながら、あたかも相手が近くにいるかのようにジョギングを楽しむことができるそうです。しかも、ヘッドセットからの音声の出力には、相手が自分よりも速く走っていれば前方から音声が聴こえ、遅ければ後方から聴こえるという工夫がなされています。これで、相手との距離を感覚的につかみつつ、2人でペースを合わせながら走ることができます。
 システムの仕組みはちょっと複雑です。各ユーザは、GPSと3G携帯、小型コンピュータ、ヘッドセットの一式を身体に装着してジョギングをします。携帯はつねに相手とつながっており、ヘッドセットによるハンズフリーの状態になっています。小型コンピュータは、Bluetooth 経由でGPSから取得した自分のジョギング速度を、3Gのネットワークを通じて遠隔地のサーバにつたえ、反対に相手との相対的な位置関係をうけとります。こうして得た相手との位置関係をもとに、ヘッドセットの出力を調節し、相手との前後関係がわかるようにするのだそうです。(詳細は下記のリンク先をご参照ください。)
 ネットワークを通じて、他のジョギング仲間とデータを交換しながら走るってのはとても面白いですね。(おしゃべりしながら走りたいという気持ちは僕にはちょっと理解できませんが・・。)ダイエット等と同様、ついついサボりがちになるジョギングも、仲間がいると思うと継続しやすいかもしれませんね。たとえばSNSと連動して、今週の走った距離が自動的に友人に公開されるようにすれば、ああコイツ全然ジョギングしてないな、と思われるプレッシャーがあって面白いかもしれません。
 どうやら現状は、既存の装置をつなぎ合わせて作りましたって感じなんでしょうか、それなりの装置の個数と重量になっているようです。とはいえ、下記リンク先いわく、やがては iPod 並みの重さにしたい、ということが述べられているので、将来的な発展に期待大です。
(参考サイト:Jogging over a Distance


■ 新たな指紋分析は喫煙者を特定する
 New fingerprint analysis identifies smokers

 New Scientist より。
 英国の科学捜査班が、採取した指紋からその主が喫煙者がどうかを判定する方法を開発したそうです。さらに、喫煙の有無だけにとどまらず、コーヒー好きか否か、薬物を使用しているか否かといったことも分かってしまうとのことです。
 この方法の原理はわりとシンプルで、指紋に含まれる皮膚細胞や汗分泌、他の場所でくっついた物質などをもとにして判断材料となる物質の有無を調べます。たとえば喫煙の有無を調べるためには、コチニン(ニコチンから生じる物質)への抗体でコーティングした金のナノ粒子を、蛍光性のタンパク質等でマーキングします。この溶液を指紋に塗布して光をあててやると、指紋の主が喫煙者のときのみ、蛍光部分が反応して見えるのだそうです。この効果は、被験者が手を洗った10分後に調べた場合にも見られたとのことです。
 この結果を利用して、犯罪捜査の際に生活習慣から容疑者をしぼりこむといったことが可能になることが期待できます。そのほかにも、スポーツ選手のドーピングの検査などにも応用できるかもしれない、と記事では述べられています。
(元論文:Intelligent Fingerprinting: Simultaneous Identification of Drug Metabolites and Individuals by Using Antibody-Functionalized Nanoparticles

2007年05月13日

文化はものの見方を左右するのか


 New Scientist より。

 以前にこのブログで、文化とものの見方の関連についての研究を紹介しました。(「米国人と中国人で違う、ものの見方」)この研究では、米国人と中国人の被験者の各々に様々な写真をみせたときの、視線の動きをトラッキングするということを行いました。この結果によると、中国人は米国人よりも写真の背景の部分により長い時間の視線を送り、手前の物体にあまり注意を払わなかったことが明らかになりました。

 今回の記事はそれとは異なる研究者によるものですが、流れの上ではその続きといえるかもしれません。はたしてものの見方は文化によって左右されるのか否かを調べるべく、米国人とアジア人の若齢者・高齢者に対して、脳スキャンを行いながら様々な写真を見せるということを行ったとのことです。

Can culture dictate the way we see?
(文化は私たちの見かたに影響を及ぼすのか)

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 文化は私たちの世界の見方を形づくる、と諺では言う。そしてそれは単なる諺以上のものであるようだ。新たな研究が示唆するところによると、文化は私たちの脳の視覚的情報の処理のやり方を形づくっているのかもしれない。

 研究者たちが発見したところによると、画像の前面における変化に対して、東アジアの年配者の脳は、西洋の年配者よりも強く反応するのだという。この違いは、アジアの諸文化での背景や文脈、像における重要性が増しているためとのことである。

 米国アーバナにあるイリノイ大学の Denise Park らは、地元およびシンガポールから37名の年配者と若年者のボランティアを募った。この研究での若年の参加者たちは平均22歳で、年配の参加者たちは平均67歳だった。

 被験者たちは各々、機能的磁気共鳴画像(fMRI)で脳をスキャンされた状態で、200枚の画像を見た。研究者たちは、画像の背面あるいは前面を変化させて、グループ間で反応に変化があるか調べた(元記事を参照)。

■ 年齢と文化

 予期していた通り、研究者らは年齢のグループ間で違いを見出した。いずれのグループも、年配の被験者は、若年の被験者と比べて、海馬――精神が特定の物体を背景に結びつける助けとなるとされる脳の領域――による反応が低かった。

 しかしこのチームはまた、東アジアの年配者らでは、西洋の年配者と比べて、物体の認識とかかわりのある脳の領域の反応が小さいということも発見した。この現象は、2グループが、背景は同じで前面の物体が変化する画像を見た際に起こった。この脳領域は外側後頭領域と呼ばれている。(訳注:"lateral occipital region" に対する適切な訳語が見つからなかったので外側後頭領域としました。おそらく正式な用語ではありません。)

 重要なことに、西洋とシンガポールの若年者では、この特殊な視覚処理の領域の反応に目立った違いは見出せなかった。脳がいかに像を認知するかは文化によって形作られる、というこの数十年間の考えをこれは支持しているとこのチームは述べている。

 「彼らの発見は説得力があり有望です」と述べるのは、米国マサチューセッツ州ボストンのハーバード・メディカル・スクールの神経学者 Moshe Bar である。「環境に依存した視覚の発達を示す例は他にもありますが、この例は、文化的な影響にフォーカスしており、非常に独創性があります。」

■ 脳の彫刻

 目の動きを追跡した以前の研究では、東アジア人は西洋人よりも、画像の背景によく注意を払うということが分かっていた、とこの研究者らは記している。

 Park は、彼女の発見は、年配のボランティアのみに着目した彼女の従来の脳スキャンの研究に沿っており、「文化が脳を彫り刻んでいることを示す初の研究」であると述べている。

 しかしながら New Scientist 誌がコンタクトをとった専門家の中には、この結果では、文化が米国とシンガポールの年配者間の脳の応答の違いに対する主たる理由であることを示せていないと言う者もいる。この相違を説明する、文化に関連した要素は他にもたくさんあると彼らは語る。

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 若年者で見られなかった見方の違いが、高齢者になると現れてくる、という点はおもしろいです。記事中の最後にあるとおり、はたしてこの原因はいったい何なのか? というのはまだまだ検証すべき点がありそうです。

 あと、東アジア人では手前の物体を変化させたときの脳の反応が小さかった、ということが書かれてあるけれど、ここから「手前の変化に対して、東アジア人は米国人ほどの注意を払わない」というような結論を引っぱり出すのは尚早かもしれません。反応が小さかったのは、それが「手前」における変化だったからなのか、それとも単に変化した面積が小さかったからなのか。今後この辺も調べてみて欲しいなあ。

【参考リンク】
・(元論文)Age and culture modulate object processing and object-scene binding in the ventral visual area
Cognitive, Affective, & Behavioral Neuroscience 誌のサイトではまだ入手できないようなので、上記のラボラトリーのサイトから参照して下さい。)

2007年05月06日

ロシア人は2つの青を見る


 New Scientist より。

 ロシア語の通訳者は、日本語の「青い」という言葉を通訳するとき、少し戸惑うのだそうです。日本語では「青い」は「青い」以外の何者でもありませんが、ロシア語では、いわゆる「青い」を表す単語というものが存在しないからです。かわりに、淡い青色(水色)を表す「голубой」という言葉と、濃い青色(紺色)を表す「синий」という言葉が存在します。なので、通訳者は一瞬、どっちに訳すかで考えを要するのだそうです。

 青を2種類に区別するというロシア語の特徴はユニークです。世界のほかの言語、とくに赤道付近の言語では、青の濃淡の区別どころか、青と緑の区別さえしないこともあるのです。(参考:「言語はいかにして色の名前を得るのか」) なぜロシア語では、青に対する解像度がこんなに細かいのでしょうか? 一つに、ロシア人の色の見え方が関係しているのかもしれません。これを調べるべく、英語とロシア語のネイティブスピーカーたちを集めて、青の見分けテストが行われました。

Russian speakers get the blues
(ロシア語のスピーカー達は青色の違いを判っている)

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 あなたの話す言語は、あなたが世界をどのように見るかに影響を及ぼしているかもしれない、と色の知覚についての新たな研究は示している。研究者たちの発見したところによると、ロシア語(「青」に対する単一の言葉をもたない)のネイティブスピーカーたちは、英語を話す人々と異なり、ライトブルーとダークブルーとを見分けることができた。

 ロシア語では、ライトブルー("goluboy" と発音される)と、ダークブルー("siniy" と発音される)とが強制的に区別される。米国 MIT の Jonathan Winawer らは、この言語的区別が色の知覚に影響を及ぼすのかどうか明らかにすることとした。

 このチームは、米国マサチューセッツのボストン地域から50名の人々を募った。そのおよそ半数はロシア語のネイティブスピーカーだった。

 ボランティアたちはスクリーン上の3個の青い正方形を見て、上の1個の正方形の色が、下の左右の正方形のどちらとマッチしているか、ボタンを押して示さなければならなかった(例の図を参照)。計20色の様々な色合いの青色が用いられた。

■ 真の青

 被験者らは2種のテストを終えた。一つのバージョンでは、3個の正方形は似た色合いをしており、もう一つのバージョンでは、正方形の1個が大きく異なった色をしていた。たとえば、ライトブルーとダークブルーが区別されるようになっていた。

 英語のスピーカーたちは、似た色合いの2個を見分ける場合と比べて、ダークブルーとライトブルーを見分ける場合で(反応の早さが)良くなるわけではなかった。

 これと比べて、ロシア語のスピーカーたちは、同じ色合いのカテゴリーでの青色を区別する場合よりも、ライトブルー(goluboy)とダークブルー(siniy)を区別する場合の方が10%早かった。

 「オブジェクティブタスクでの色の知覚における言語間の違いを示す証拠が与えられたのはこれが初めてです。」(Winawer)

 さらに、ロシア語のスピーカーたちが、色のテストを行っている間、8桁の数字を記憶しなければならないようにすると、似た色合いを区別する場合とダークブルーとライトブルーを区別する場合において見られていた違いはなくなった。

 数字を記憶するのに必要な集中力が、彼らの言語の知力に影響を及ぼしたためだろうと Winawer は考えている。ロシア語によってもたらされる、ライトブルーとダークブルーを識別するときの余力が、集中力を要することによって取り除かれてしまうのである。

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 ロシア語のネイティブスピーカーたちに見られていた優位な成績が、数字を覚えながらやることで見られなくなった、という点はおもしろいです。元記事によると、被験者には、テストの間、覚えた8桁の数字を頭の中で復唱するように、という指示がなされていたそうです。言語的な能力をかなり駆使する負荷が被験者たちに加えられていたんじゃないかなと想像できます。

 さらに、この記事には記されていませんが、数字を覚えるのとは別のシチュエーションでの実験も行われています。この第3の実験では、被験者に4×4のマス目のうちのランダムな4マスが黒く塗られた図を見せて、その位置をテストのあいだ記憶してもらうように指示しました。その結果は非常におもしろく、第1の実験の結果とほぼ同様の結果だった、すなわち、位置を覚えるという負荷は、ロシア人の成績に特に影響を及ぼさなかったというのです。これが本当かという検証はまだまだ余地はあると思いますが、ライトブルーとダークブルーの識別を言語が左右している、という説を指示する結果だと思います。

【参考リンク】
・(元論文)Russian blues reveal effects of language on color discrimination

2007年04月30日

3次元の泡の構造が解明された


 Science NOW より。物理学に大きな発見があったようです。

 物理学には、セル構造に関する理論というものがあるそうです。セル構造と言われていちばんイメージがつきやすいのは石鹸の泡ですが、これにとどまらず、金属の微細構造や、生物の細胞組織など、いろんなジャンルでよく見られる構造です。

 さてこの分野では、コンピュータの世界でおなじみのフォン・ノイマンによって先駆的な研究が既になされています。彼によると、壁面はその平均曲率に比例するスピードで運動するのだそうです。毛細管現象というよく知られた現象がありますが、これも彼が導き出した関係式によってうまく記述することができます。そして彼は、平面(2次元)のセル構造の成長速度について厳密な関係式を導出しました。この関係は現在の粒成長理論の基礎となっているのだそうです。

 この関係式の3次元以上へ拡張するという問題は、それ以来の長らくの問題だったそうです。今回の記事は、この難問がついに解明されたという報告についてです。

Solution to Bubble Puzzle Pops Out
(飛び出た泡のパズルへの解決法)

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 重要な数学的洞察によって、2人の理論家らが50年来のパズルを、シャボン玉をピンで割るかのように簡単に解いてみせた。この新たな結果によって、研究者たちは、発泡体の泡が成長したり縮小したりするのを予測することが可能になる。この数学的関係は単に好奇心をそそるだけでなく、発泡状の物質を設計するエンジニアや、組織の構造を調べる生物学者、結晶の粒が固体中での並び方を探る物理学者たちを助けるものである。

 発泡体はシンプルに見えるが、研究者たちは泡が成長・縮小・合体――結晶粒粗大化として知られているプロセス――するにつれどのように変化するかを説明できていない。1952年に有名な数学者 John von Neumann が、ガラス板の間にはさんだシャボン玉のような2次元状発泡体のとある側面を解き明かした。泡が成長するか縮小するかは、その表面の曲率の総和に依存する。しかし John von Neumann は、曲率を足し上げるというこの厄介な問題を、泡の辺の数をかぞえるというずっとシンプルな作業へと減らした。大きさや形にかかわりなく、辺の数が5以下であれば2次元泡は縮小し、7以上であれば成長し、6であれば同じままでいることを彼は示した。半世紀の間、研究者たちは von Neumann の結果を3次元に拡張しようとも苦心してきた。

 今回この問題を解いたのは、ニュージャージー州プリンストンの高等研究所の数学者 Robert MacPherson と、ニューヨークシティのイェシーバ大学の理論材料の科学者 David Srolovitz である。この問題をこんなに難しくしているのは、泡の表面が、鞍やポテトチップスのように複雑に曲がり得ることが理由である。しかし MacPherson は、オイラー標数と呼ばれる数学の概念を用いて、この曲率を簡潔に記述できることに気が付いた。オイラー標数は、物体が2つにスライスされたときの、現れた表面の数から穴の個数を引いた値である。クリケットのボールなら1で、空洞のテニスボールなら0だ。「この洞察を得た後は、残りの問題を片付けるのは割とすぐにできました。」(Srolovitz)(訳注:中身の詰まった球なら1-0=1、空洞の球面なら0-0=0、ってことだと思います。)

 オイラー標数を用いて、MacPherson と Srolovitz はまた、あらゆる物体に対して形によらずに計算できる理論的な「平均幅」を考案した。3次元では泡の表面は異なる接線で交わる。この接線の長さの和がその平均幅の6倍よりも大きければ泡は成長し、小さければ縮小するということを彼らは発見した。このチームはこれを明日の Nature 誌に報告する。2次元においてはこの結果は von Neumann の公式に変形でき、4次元以上の仮説的な泡に対してもこの関係を拡張できることを彼らは示した。

 泡の成長を表面の数にむすびつけた経験的な関係は、すでに他の研究者らによって構築されていた。今回の正確な結果は、これらの経験則をよりしっかりした理論的基礎の上に置くのに有用だろうと、イリノイ州エバンストンのノースウエスタン大学の応用数学者 Sascha Higlenfeldt は述べる。「この公式に当てはめると、とてもよく満足しています」と彼は語る。「証拠に裏づけされたことなのです。」ブルーミントンのインディアナ大学の物理学者 James Glazier は、この研究を「美しい数学の1ピース」と述べている。しかし彼は、泡が消えたり合体するにつれて発泡体の構造がどのように発展するかは、さらに難しい問題であると記している。「結晶粒粗大化する発泡体を理解したと本当に言えるまでには、まだ何年にも及ぶ難しい作業があるのです。」(Glazier)

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 個人的には2段落目の内容も知らなかったので驚きで一杯。泡の構造なんて、ぱっと見ものすごく複雑で挙動を記述するなんて到底不可能な気がするんですが、辺の数という簡単な関係で書き下せるというのはとても魅力的だと思います。元論文の方はさっぱりついていけませんが。。

【参考リンク】
・(元論文)The von Neumann relation generalized to coarsening of three-dimensional microstructures

2007年04月22日

モネたちが見た色の世界


 Science News And Research 経由、Stanford News より、絵画と医学に関する研究。

 クロード・モネ(Claude Monet)といえば、誰でも名前を聞いたことがある有名なフランスの印象派画家の一人です。彼は1800年代後半から1900年代初めにかけて、多くの作品を残しました。たとえば「日傘を差す女」はあまりに有名です。

 さて、彼はまた、後年に白内障を患っていたことでも知られています。白内障といえば視界が変化する病気です。実際、彼の作品をいくつか見てみると、初期の「日傘を差す女」などの作品とくらべて、後年の「睡蓮」などの作品は、暗めの色で、抽象的なものが多くなっています。はたして視界の変化がモネの制作活動にどのような変化をもたらしたのか(あるいはもたらさなかったのか)という点は、いまなお議論が続いています。

 そこで今回、眼科医によるシミュレーションによって、モネが実際に見ていたとされる映像が再現されました。その画像はここには引用しませんので、興味をもった方はぜひリンク先を参照してください。

Eye diseases changed great painters' vision of their work later in their lives
(偉大な画家たちの後年の作品のビジョンを眼病が変えた)

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 医師 Michael Marmor は、芸術家の目を通して見ることがどういうものなのか知りたいと思っていた。目といっても文字通りの意味である。

 眼科医である彼は、芸術家と眼病に関する2冊の書籍を執筆したあとで、さらに一歩踏み出して、眼病をもった芸術家たちが、実際にどのように世界やキャンバスを見ていたかを示す描像をえがこうとした。Marmor は、コンピュータシミュレーションと彼自身の医学的知識とを結びつけ、フランスの印象派の画家 Claude Monet と Edgar Degas の傑作のいくつかの描像を再構築した。いずれも白内障と網膜疾患に苦しんだのちに活動を継続した画家たちである。

 結果は驚くべきものである。

 画家たちが自分の作品をどのように見ていたのかを示す Marmor のシミュレーションによると、Degas の後年の湯浴みする裸婦の絵は、かなりぼやけたものとなり、画家の筆跡を見出すのがきわめて困難になる。Monet の後年のジヴェルニー(訳注:彼が制作を行っていた土地の名前)の蓮池と日本の橋の絵を、白内障の典型的症状を反映するように調整すると、暗く不明瞭なものになる。画家のすぐれた色づかいは茶と黄で置きかわっており、色の力強さが弱まっている。

 「これらのシミュレーションから導かれる疑問は、画家たちがこれらの後年の作品において、はたして見えるとおりに描くことを意図したのだろうかということです」と Marmor は語る。彼は、視覚のしくみと、画家の視力の両方について長く関心をもっている。「事実、この画家たちは、まったくの芸術的な理由からこのやり方で描いていたのではなかったのです。」

 Degas と Monet はいずれも印象派時代の設立者であり、眼病が視力に影響を及ぼす前は、彼らの芸術スタイルは良く形作られたものだった。しかし、目の問題が増すにつれ、時を同じくして彼らの絵はめだって抽象的になっていった。

 「彼らの後年の作品は妙に粗くけばけばしくなり、何年ものあいだ生み出してきた優れた作品からすっかり変わったようだ、と両画家の同時期の人々は記していた」と、Marmor は Archives of Ophthalmology 誌の12月号の「眼科学と芸術:モネの白内障とドガの網膜疾患のシミュレーション」というタイトルの論文で記した。

 Monet や Degas、Rembrandt、Mary Cassatt、Georgia O'Keefe といった芸術家たちが、みな眼球的な視力の衰えと向き合いながら、芸術的な視覚の高みに達したというのはよく知られたことである。Marmor がシミュレーションで Degas と Monet を選んで着目したのは、いずれの芸術家も、患っていた眼病が、歴史的記録や日記、病歴において良く文書化されたからである。Degas は、長いキャリアの終わり50年のあいだ、網膜疾患にかかり苦しんでいた。Monet は、色を見る能力に影響を及ぼす白内障にかかり、最終的に外科手術をうけて除去するまでの10年のあいだ、不平を述べていた。

 「これらのシミュレーションから、Degas と Monet が、視力が落ちるにつれ何に苦労していたかが良く分かります。」(Marmor)

 ハーバード大卒の物理学者でもある彼は、過去32年のあいだ、目の病気の科学に関する科学論文を200以上出してきており、その一方で同時に、有名な芸術家と眼病がどのように彼らの芸術作品に影響を及ぼしたかについて執筆を行っている。彼は、目からみたドガという書籍を記し、 James G. Ravin との共著で、芸術家の目という書籍を記した。

 「私は眼科医として、芸術の視覚的要素に関心をもっています」と Mormar は言う。彼の Stanford にある家は、錯覚を強調した現代芸術の作品で装飾されている。彼の家族はスタンフォード大学キャンター・アート・センターに作品を寄贈した。「私はまた、目の病気の兆候について患者たちと数年のあいだ会話をしてきました。これが私の科学と芸術の関心を自然に大きくしたのです。」

 ある美術館館長である Richard Kendall は、Marmor の Degas と Monet に関する書籍を「芸術の歴史的コミュニティに大きな価値があるもの」と呼んだ。

 「彼は19世紀フランスの芸術家の視覚の疑問に関する科学コミュニティからの、もっとも考え深い解説者の一人であると思います」と Kendall は言う。彼はマサチューセッツ州ウィリアムズタウンのスターリング・アンド・フランシーヌ・クラーク・アート・インスティテュートの総館長でもある。

 画家自身の目を通して見た絵画の描像をつくりだすために、Marmor は Adobe Photoshop ソフトウェアを用いた。医学の専門知識と歴史的な研究とにもとづいて、Degas と Monet の眼病がどの段階であるかを決定し、そこにブラー(ぼかし)とフィルタの設定を調整した。

 Degas は1860~1910年の間に視力の衰えを患った。目の病気が進行するにつれ、彼の絵はますますラフになっていった。Degas と似た網膜疾患をもつ数百人の患者を診たことから分かったのは、画像の陰影とコントラストが弱く定まるようになり、そして悪化が進むにつれブラーの度合いが増すということである。

 「Degas の友人は彼に『まだ絵を描いているのかい?』と尋ねたのかもしれません」と Marmor は12月の論文で記した。「1870年代の彼の作品は、細かな表情や入念な陰影、バレエ衣装やタオルの折りたたみの注意深さなど、きわめて精密に描かれていました。」1880年代と1890年代までに、同一の対象の陰影のラインと、顔、髪、服の細かさが次第に正確でなくなってきた。

 「1900年以降は、こうした影響がきわめて極端になり、多くの絵で、彼の慣習的なスタイルは見る影もなくなったのです。」

 Monet は視力の衰えにより増していくフラストレーションについて記しており、パレットのどこに色を置いたかをいかに覚えなければならなかったか述べている。1914年には彼は文通の中で、色がもはやかつてと同じ強さを持っていない、と記した。「赤が濁って見え始めたのです」と彼は記した。「私の絵がしだいに暗くなっていきました。」彼は自身の視力の代わりに、絵の具に貼ったラベルに頼らざるを得なくなった。

 「網膜疾患と同様、白内障も視力を不鮮明にします」と Marmor は語る。「しかし、光と色の使用をベースにしたスタイルをもつ Monet のような画家にとって、もっと重要なことは、色を見る能力にこうした病気が影響を及ぼしえることです。」

 「Monet は、暗い黄茶色の庭園を見て、キャンバスにどんな微妙な印象を作り上げるか苦心惨憺したに違いありません」と Marmor は12月の論文で述べた。「加齢にともないゆっくりと進行する白内障は、目のレンズの黄暗色化として現れてきます。これが色の認識や視覚の鋭敏さへの影響を主にもたらすのです。」

 1923年にしぶしぶ受けた白内障手術の後は、Monet はもともとの表現スタイルを取り戻した。白内障を患っていた10年間に描いた作品の大半を投げ捨てさえもした。

 「彼はただ色を見ることができなかったのです」と Marmor は語る。「これらのシミュレーションは、彼の色の感覚がどのように壊されていたかを示しています。『スタイルの変化だよ』と言う人もいます。いえ、私はそう思いません。」

 この画家たちが眼病のために直面した課題について理解することが、障害にもかかわらず彼らが成し遂げた業績を解明する助けとなると Marmor は語る。

 「芸術の世界の中には、優れた芸術家への歴史的・心理的影響を見るということに抵抗を示す人々がいます」と Marmor は述べる。「こうした視覚的変化が手法的・美的に何を意味するのか、私はオープンに議論をしています。オープンでないのは、画家たちが何を見ていたのかということです。これを無視することは、事実を無視することになるのです。」

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 リンク先記事の画像はおもしろいです。眼病のときの絵は、僕たちの目から見ると、やけに暗い色づかいで、筋の多い描き方のように見えるわけですが、実際の画家の目にはこれよりもずっと明るく、ぼやけた視界でキャンバスを見ていたというのですね。

 こんな状態でどんなふうに絵を描いていたんでしょう。やっぱり、ぼやけた視界を嫌に思いながらも、何とかしっかり見ようと苦心しながら描いていたのかな。そう思いながら見ていると、たとえばドガの女性の絵で、あえて表情が見えない後ろ向きのポーズを選択したのも、視界の変化を強く意識していたからかもしれないなと気付くことができます。

 モネの場合も、白内障が影響して、本来の色よりも暗い色づかいになっていたのかもしれないのですね。

 でも、ちょっと考えてみてください。もしモネの視界が通常よりも明るくなっていたのなら、彼の作品は暗くはならず、むしろ逆に明るくなるはずじゃないでしょうか? もし自分がモネだったらと想像してみてください。たとえば、健常者にすれば茶色にみえる物体も、モネにしてみればそれは薄茶色に見えるわけです。ですから、この色はこの絵の具の組み合わせだ、と考えて色を作ったところで、その結果は実際よりも明るくなるはずなのです。

 もちろん、作ったあとの色をよく見てみれば、あれ、どうも実物の見え方と違うぞ、とすぐに自分のまちがいに気が付くはずです。僕がモネだったら、もっと実物に近い、暗い茶色になるように色を作り直していることでしょう。でも、たとえそうやって調整をしたところで、実物以上にキャンバスの色が暗くなるなんてことは、決して起こるはずがないのです。白内障がモネの作風に影響を及ぼしたというのは、本当にそうなのでしょうか?

 これに対する僕の考えはこうです。つまり、モネにとっては、キャンバスの中に描かれた世界こそが全てであって、実際の対象がどんな色かなんてことは関心の外だったのでは。つまり、風景が目にどう映っているかよりも、自身の目とキャンバスとの間のコミュニケーションから湧き上がったイメージを最も重要視していたのだと思うのです。別の言い方をすれば、実物の色とキャンバスの色とを一致させる気持ちなんて、これぽっちも持っていなかった。これが彼の色づかいに対する説明だと僕は思います。

 モネの目は、キャンバスから何を感じ取っていたのでしょうか。

【参考リンク】
・(元論文)Ophthalmology and Art: Simulation of Monet's Cataracts and Degas' Retinal Disease

2007年04月08日

RNAと文章術

 このごろ読んだ新書のご紹介。


生命のセントラルドグマ」(著:武村政春、出版:講談社ブルーバックス)

総合:■■■■□(難しさ:■■□ 楽しさ:■■■ 満足度:■■■)

 おそらく本屋さんでこの本をぱっと開いた多くの人は、「何これむちゃくちゃ難しそう」と感じ(そして場合によってはそのまま棚に戻し)てしまうかもしれません。ですが思い切って頭から読み出してみると、これが意外と分かりやすい。抽象的でつい読み疲れがちな分子生物学のトピックを、導入部で僕たちの身の回りのものを挙げつつ丁寧に説明してくれています。既出の単語が再登場したときも、読者が「これ何だっけ?」と置いてけぼりを食わないように適宜フォローが入るなど、相当な神経を費やして書かれているなあと好感を持ちつつ読みました。

 さて内容はというと、DNAに記された遺伝情報がいかにしてタンパク質に翻訳されるのかを解説しています。核内でDNAの情報がRNAに写し取られ、リボソームへ運ばれ、そこでタンパク質が生み出される、というRNAの旅の足取りを追います。遺伝子、DNAといった単語は大体知ってるけど、RNAと言われるとよく知らない、という人には丁度よい内容でしょう。

 だいぶん以前にもこのブログで触れたのですが(これ)、生命科学の世界の現象ってコンピュータの世界のそれを連想させることがあるなあと感じます。例えば、RNAの先頭部分に種類の区別のための目印をつけるというキャッピングという処理、要らない情報を除去するスプライシング、そして末端部分にA(アデニン)の繰り返しを付加する処理。これってネットワークの世界でいう、データベースからデータを取ってきて必要な部分をピックアップ、それをパディングしてヘッダを付けパケットにする、という一連の処理によく似てるなあ・・・などと、にやにやしながら読んでいました。



自己プレゼンの文章術」(著:森村稔、出版:ちくま新書)

総合:■■■□□(難しさ:■□□ 楽しさ:■□□ 満足度:■■□)

 リクルートの出版部長、制作本部長、専務取締役といった役職を務め、退職後の現在は大学で作文指導を行っているという著者の書いた、自分をアピールするためのテクニックを記した本です。

 本書はいちおう実用文を書くためのガイドと銘打っているけれど、内容的にはむしろ就職活動のエントリーシート書き方と言った方が適切かな。

 たとえばよくエントリーシートで出てくる、「『環境』というテーマについてあなたの意見を書け」といった抽象的な課題に対して、どんな文を書けばよいのか。これは僕も同じような事態に遭遇した記憶があります。本書はこういう問題に対し、抽象的な題に抽象論で返すのは愚である、と言い、論より自分自身の体験を中心に書け、と述べています。こうして書いた方が、読み手の関心をひき、書きやすく、自己表現に結びつくというのです。こういうポイントって、エントリーシートに限らず、多くの注目を集めたいブロガーにとっても有効なアドバイスかもしれません。

 結局、こういう課題作文の背景には、この学生はどんな面白いことをやってきた人間なのか、を知りたい出題者の意図があるわけです。したがって、回答者は、課題のテーマそのものと向かい合うというよりも、むしろその背後にいる出題者と何を話そうとするか。ここで問われるコミュニケーション能力というのはそういうことなのだろうと思います。

 一見は就職活動用の本ですが、根を流れる本書の考えは、今から読んでも十分役に立つ内容だと思います。

2007年04月07日

お金持ちの脳と貧乏人の脳


 Science NOW より。

 被験者をあつめて、成功すると小額の賞金がもらえるテストを行ったそうです。テストは非常にシンプルで、何回か繰り返し行えば要領がつかめて、より多くの賞金がもらえるというものだそうです。さて、このテスト結果を分析したところ、所有する財産額が大きい被験者ほど、この要領をつかむまでの時間が長くかかるということが明らかになりました。さらに実際にそうした人たちの脳の活動を観測すると、学習に関わる領域が活発になるのが、貧乏な人たちと比べて遅いことが明らかになりました。

Rich Brain, Poor Brain
(金持ち脳、貧乏脳)

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 エベニーザ・スクルージやジョン・ロックフェラーは別として、多くのお金持ちの人々は、歩道でどこかにいった25セント硬貨を拾い出そうか迷いはしないだろう。今回、富裕な人々は、貧しい人々よりも、そこにある小さな変化を価値あるものとして認知していないことが、ある実験によって確かめられた。(訳注:エベニーザ・スクルージは小説「クリスマスキャロル」の登場人物、ジョン・ロックフェラーはアメリカの実業家。いずれも金稼ぎに執着した人物です。)

 英国ケンブリッジ大学の心理学者 Philippe Tobler とその同僚らは、14名の被験者に対し、コンピュータ上のテストをクリアするごとに金銭的報酬として20ペンス硬貨(約47円)が得られると告げた。研究者たちは被験者らに、2枚の抽象的な図のうちの一方を示した。正解のほうの図の後には、硬貨の絵が現れた(賞金が支払われる)。不正解のほうの図の後には、ぐちゃぐちゃになった硬貨の絵が現れた。研究者らはボランティアたちに、分かっていることの合図として、ボタンを長く押さえたままにしておくように指示した。ボランティアたちがこのタスクをどのぐらい早く習得するかによって、彼らの受け取る20ペンスという報酬がどれだけ大きいかが示されると研究者たちは判断した。

 ボランティアたちの収入は、無しからおよそ30000ポンド(約700万円)に及び、平均は10250ポンド(約240万円)だった。最下層のボランティアは、報酬の手に入れ方の習得が、お金持ちの相手よりも平均して3回早かったことが分かった。このことを彼らは Neuron 誌の今週号に報告する。Tobler のグループは、MRI装置でボランティアの脳をスキャンしながらこの実験を繰り返した。学習のあいだ、脳の3つの領域が発火し、またお金持ちのボランティアは貧乏な人たちよりもそうなるのにより長い時間がかかった。お金持ちの人々は貧乏な人々よりも少量の金銭を高く評価しないことをこの結果は示唆している、と Tobler は語る。

 「この発見は本当に興味深いものです――どれだけお金持ちであるかが、20ペンス硬貨に脳がどのぐらい反応するかに影響を及ぼすのです」と語るのは、ニュージャージー大学の心理学者 Daniel Kahneman である。しかし彼は、報酬が大きくなるとお金持ちの人々の習得は早くなるのかどうか知りたいと付け加える。

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 人の経済的背景と、金銭的報酬の絡む学習スピードとの関連を調べてみよう、という発想はとてもユニークだと思うんですけどね。読んでると気になる箇所がぽろぽろ出てきます。年齢との相関が見えているだけじゃないの? 職業と関連してるだけかもよ? 金銭的報酬が得られないバージョンと比較しなくていいの? とか。この記事を書いたひとはそのあたり気にならなかったのかなあ。

 元論文のサマリーをざっと見ると、今回の傾向は、年齢、および教育年数とは関わりなく見られたとのことです。年齢に関しては問題なさそうだけど、他にも職業とか、関わりのありそうな項目がいっぱいありそうな気がします。

 たしかに、限界効用逓減の話(持っている財産が大きいほど、同額の利益への満足度は下がるということ)という話が世の中にはあるけど、でも今回の結果から「金持ちは小銭を高く評価しない」という結論が引き出せるとは思えないなあ、というのが僕の感想です。

【参考リンク】
・(元論文)Learning-Related Human Brain Activations Reflecting Individual Finances

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