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書籍・雑誌レポート アーカイブ

2005年01月10日

まちがい探し

 今回も前回同様、良いと思った本の紹介。

 「『社会調査』のウソ リサーチ・リテラシーのすすめ」(著:谷岡一郎、出版:文春新書)。

 本書は、新聞などいろいろなメディアで頻繁に目にする、いわゆる「社会調査」がターゲットです。
 著者が言うには、世の中に蔓延している社会調査のうち、非常に多くのものが、価値のないデータを持ってしまっているか、あるいは、データの間違った解釈をしている。
 本書ではその典型的となる原因を列挙し、おかしな社会調査に騙されないためにはどんな視点を持つべきか、そして、実際に自らがそういった無駄調査をしてしまわないためにはどんな方法を用いるべきか、について説明しています。
 特に面白く読めるのが、実際に行われた社会調査を例に挙げ、一体この調査のどこがおかしいか? を解説していくところ。
 多岐に渡る分野から次々とおかしな調査が例示され、まるでクイズの本を読んでいるかのような楽しさがあります。
 (中には税金で行われている調査もあるわけで、本来なら腹を立てるべきなのでしょうけれども。)

 ここでは、この本の中から2箇所をクイズ形式で抜粋。

【問題1】
 統計によればアリゾナ州は他の州よりも肺結核で死ぬ人が多いそうです。これはアリゾナの気候が結核にかかりやすいということになるのでしょうか?

【問題2】
 具体的な日付は忘れたが、数年前、NHK夜七時のニュース番組で、次のようなニュースが流れたことがある。
 《コーヒーを一日に三杯以上飲む人は、飲まない人に比べて、心臓病で死ぬ確率が三倍以上に上ることが、C大学(関東地方)医学部の××教授の調べでわかった(カフェインの取り過ぎによるものと思われる)。》
 日付だけでなく数値まであやふやで申し訳ないが、主旨は間違っていないはずである。
 さて、このニュースを見た人のほとんどは、[カフェイン→心臓病]という因果関係を想像したに違いないと思われるが、筆者はすぐに、ある疑問を抱いた。そこで問題。それでは筆者が抱いた疑問とは、一体、どのようなものだったでしょうか。

 以下に解答の部分を抜粋します。
 ぜひ、少し考えてみてから以下をご覧になることをおすすめします。

【問題1】
 まったく逆です。アリゾナの気候は肺結核にかかった患者が療養するのにおあつらえ向きなので、こぞってアリゾナに行くのです。当然ながら肺結核で死ぬ人の平均値が大きくなるというわけです。

【問題2】
 解答。それは「果たしてこのC大学の教授は、砂糖についてもコントロールしたのだろうか」という疑問である。
 (略)
 筆者の記憶では、NHKのニュースには「カフェイン」という言葉はあったが「砂糖」という言葉はなかった。コーヒーに砂糖を入れる人は多い。ひょっとしたらカフェインよりも、砂糖の方が心臓に悪い可能性だってある。糖分の取りすぎが、太りすぎその他の健康障害を引き起こすことは周知の通りである。つまり[カフェイン→心臓病]か[砂糖→心臓病]か、どちらが正しいかは、これでは決定できないわけである。

 何よりも本書で一番ショッキングな著者の主張は、世の中の社会調査は過半数がゴミである、ということではないでしょうか。
 この本に出会うまで、僕は、「専門家のやっている調査なのだから、やはり信頼のある結果なのだろう」といった感じで新聞記事等を読み流ししていたわけです。
 ですが、実際に懐疑的な読者として頭を切り替えてみると、本当に意外なことに、多くの記事にアラが見えてきます。
 ここに一種の思考停止状態が潜んでいたんだなあと反省するきっかけを、本書は与えてくれたのでした。

2005年03月03日

特許と、レンタルビデオの人気作。

 雑メモを2つ。
 2つの話題の間に、関連性はまったくありません。



 現在、会社で特許を一件、執筆しています。
 いや、執筆というのは嘘で、まだ内容の検討の段階なのですが。
 
 というわけで、現在、それに関連して、通勤時間の電車の中で
 キャノン特許部隊」(著:丸島儀一、出版:光文社新書)
 という本を読んでいます。
 
 昔に買った本で、今回改めて読み直しているのですが、内容のあまりの鋭さに、再び深いため息が何度も出てくることになりました。
 「特許の話なんて新人研修のときに一度さらっと聞いただけだよ」だとか、「上司の指示で、特許を書くことになったよ」というような、今の僕と近いような立場の人(笑)や、あるいはそうでない人も、ぜひ一読しておくべき本だと思います。
 
 そもそもの認識が非常に甘い僕の場合だと、特許を書くことの意義について、 
 
  特許を書いて、知的財産部の人に渡す。
→ 出願が完了すると、数千円のボーナス。
→ さらにもし権利化してもらえた場合、またいくらかのボーナス。
→ さらにもし他社がその特許を使わせて下さい、と言って来た場合、またまたいくらかのボーナス。

 と、自分にとってその程度の認識しかなかったわけですね。
 
 あるいは企業の立場で考えてみたとしても、せいぜい、
 この特許は自社のものですよ、と公開しておけば、どこからも真似されずに有利なアイデアを独占できる
 とか、
 良い特許を他社に売り出して、多くのライセンス料を徴収できる
 ぐらいの意味合いしか感じていなかったのです。


 しかし、現実の状況はそんなに単純ではない。
 
 たとえば電子機器の場合でも、一つの製品の中に、さまざまな企業のさまざまな特許技術が複雑に入り込んでいます。
 したがってそこには、他社とのライセンスがお互いに絡まりあった状態が発生します。
 
 ですから、企業にとって、特許を活用して戦略的にビジネスを進めることが非常に重要になります。
 
 たとえば、
 研究開発の段階から、他社の特許をすべて調べあげて、自分の事業に必要な特許があれば、先だって相手とライセンス契約を結んでもらって、将来的に攻められないように予防を図る。
 しかも、ただライセンスを下さいと言うのではなくて、自社の特許を使ってないかどうか相手の製品を調べて、使っていたらこちらが先に攻めに行く。先に攻めて、じゃあ無償のクロスライセンス契約(両社の特許を互いに利用できる契約)を結びましょう、という方向に話を進めて相手の特許をもらってくる。
 と、想像のつかない戦略が行き交っているわけです。
 
 
 ・・・と、すべての内容をここで紹介することは決してできませんが、他にも、ゼロックス社との戦いの様子を描いた場面や、特許に限らず交渉についてのノウハウを記した箇所など、現在の自分にも有効に活用できるかも、という示唆に富んだ内容で、イチ押しの一冊です。



 レンタルビデオの人気作の法則
 
 こちらは雑学ネタとして。
 レンタルビデオ店の人気の度合いにまつわる、こんな法則。
 けっこう有名な話かも。すみません。
 
 ふつう、レンタルビデオ店で貸し出しされている映画は、作品によって、人気の度合いはまちまちです。
 いわゆる人気作品と、そうでない作品があります。

 さて、レンタルビデオ店の貸し出し状況を調べてみると、映画の人気の度合いについて、次のような傾向が言えるそうです。(Chervenak, 1995
 
 レンタルビデオ店で貸し出しされている映画のうち、貸し出し要求のほとんどは、きわめて少数の映画が占めている。
 そして、そのほかの映画は、残りのわずかな貸し出し要求を分け合っていることとなり、そのような映画一本あたりの要求の数は、きわめて少ない。

 さらに、調査によると、N番目に人気のある映画に対する貸し出し要求の割合は、1番人気の映画を1とすると、1/Nで近似できるのだそうです。

 つまりどういうことかというと、たとえば上から5番目に人気のある映画は、もっとも人気のある映画と比べて、5分の1の数のお客さんが借りようと思うということです。


 これは、べき乗則として知られている法則のうちの、特殊なケースに相当するものです。(Zipf の法則とも呼ばれているそうです。)
 今回、レンタルビデオ店の人気度についての話は初めて聞きましたが、レンタルビデオに限らず、このような法則は、世の中の非常に多くのところで見受けられているようです。

 しかし、ここでべき乗則の話を始めてしまうと、以降たいへんな規模で話題が発散してしまうことになるので、この話はここで完結です;

2005年03月07日

句読点、きちんとうてますか?(2)

 読点についてメモ書き。
 
 このブログの一昨日の記事(これ)で、読点の打ち方についてのとあるガイダンスを紹介しました。
 その記事のいちばん最後で、僕は「たかが読点のことで~」なんてことを書いたのです。
 これまで、学校で読点の打ち方についてなんて一度も習ったことはないし、実際に文章を書くときにもすっかり読点を軽んじていたという気持ちの表れです。

 さて、今回出会った実践・日本語の作文技術」(著:本多勝一、出版:朝日文庫)という本に、たいへん衝撃的なことが書かれてありました。

 この本の第一章の冒頭に、こんな記述があります。
 
 わかりやすくて論理的な文章を書くための技術を、いわゆる文章読本の類ではなくて、むしろ科学技術的に考えるとき、その核心をなすものは構文上のテン(読点=イギリス語のコンマ)である。

 と、僕のかつての認識を真っ向から否定する意見が述べられています。
 
 そして、この章では、わかりやすい文章を書くために必要となる読点の打ちかたを提案しています。 一昨日の記事では、「かかる――受ける」の関係にもとづく読点の打ち方を紹介したのですが、今回紹介するのは、それとはまったく異なる観点からの読点の打ち方です。

 テンの役割を考えるとき、「必要なテン」と「テンがなくともよいか、または既存の他の記号でも差し支えないテン」とを分けて考えなくてはなりません。
 著者によると、構文上真に必要なテンとは、次の二原則に尽きると結論づけられます。

第一原則:長い修飾語が二つ以上あるときその境界にテンをうつ。
    (長い修飾語の原則)

第二原則:語順が逆になったときにテンをうつ。
    (逆順の原則)

 たったこの二つだけだというのです。
 この二つを少し詳しく見てみます。

 
第一原則:長い修飾語が二つ以上あるときその境界にテンをうつ。

 たとえば、
 
  AがBをCに紹介した。

 という文はテンを必要としません。
 ですがこのABCに次のような長い修飾語をつけてみます。
 
  何も事情を知らない軽薄きわまるA
  思っただけでもふるえるほど大嫌いなB
  私の小学校から高校を通じて親友のC

 これをそのまま、上の文に当てはめるとわかりにくくなります。

  何も事情を知らない軽薄きわまるAが思っただけでもふるえるほど大嫌いなBを私の小学校から高校を通じて親友のCに紹介した。

 こういうときにABCの境界に当たる二ヶ所にテンをうつ必要があります。
  
  何も事情を知らない軽薄きわまるAが、思っただけでもふるえるほど大嫌いなBを、私の小学校から高校を通じて親友のCに紹介した。


第二原則:語順が逆になったときにテンをうつ。

 これはちょっと説明が必要になります。
 語順が逆とはどういうことを指すのか。
 そのためには正しい語順というものを知っておく必要があります。
 本書で説明している正しい語順には、ぜんぶで四つの原則があります。
 
1.述部が最後にくる。
2.形容する語句が先にくる。
3.長い修飾語ほど先に。
4.句を先に。

 このうち1と2は当たり前のことなので、3と4について説明します。
 たとえば、
 
  東京都立航空工業高等専門学校の生徒
  熱心な生徒
  いい生徒

  
 の三つの言葉をまとめて一つにするときは、3の原則にしたがって物理的に長い順に並べます。
 
  東京都立航空工業高等専門学校の熱心ないい生徒
 
 そしてさらにここに、
 
  遠くから通学している生徒
  
 の言葉をくっつけます。
 これは句なので、このときの正しい語順は4の原則にしたがいます。

  遠くから通学している東京都立航空工業高等専門学校の熱心ないい生徒
  
 と、以上が、正しい語順の原則です。
 さて、正しい語順が逆になるとどうなるか。
 さっきの例をつかいます。
 
  何も事情を知らない軽薄きわまるA
  私の大嫌いなB
  C

 
 の三つを正しい語順に並べます。
 3の原則によれば、長い順に並ぶのが正しい語順です。
 
  何も事情を知らない軽薄きわまるAが私の大嫌いなBをCに紹介した。

 ここでもし「Cに」を冒頭にもってきたらどうなるか。

  Cに何も事情を知らない軽薄きわまるAが私の大嫌いなBを紹介した。
 
 正しい語順でなくなったため、これではわかりにくくなってしまいます。
 こういうときに「Cに」のあとにテンが必要になります。
 
  Cに、何も事情を知らない軽薄きわまるAが私の大嫌いなBを紹介した。

 あるいは、別の例を見てみます。
 4の原則にしたがわない場合も、同様にテンが必要になります。

  遠くから通学している東京都立航空工業高等専門学校のいい生徒
  東京都立航空工業高等専門学校の、遠くから通学しているいい生徒


 と、以上で見てきたような二原則が、構文上真に必要なテンということになります。
 本書ではこれ以外にも、原則以外の自由なテンが存在することを述べています。
 「主観のテン」や「思想のテン」とも呼び、筆者がそこにある意味をもたせるためにうつテンのことです。

  母は去った。
  母は、去った。

 
 というような、「強調」なり「ふくみ」なりをもたせるために使うテンです。
 文章の構造だけから考えるなら、このようなテンはなくてもかまいません。
 筆者の文体、思想を示すものとしてのテンだとも言えます。
 
 
 ・・・さて、文章を書くうえで本当に必要なテンとは、以上で述べたわずか二つの原則で決定されるわけです。
 僕はこの原則を見たとき、たいへんな爽快感を感じました。
 あまりの明快さに、本当にこれで間違いのない読点がうてるの? と半信半疑の気分でもありますが。
 そもそも僕は、読点の打ち方とは、職人芸的な、直観が支配する世界だと思い込んでいたわけで、そういった認識をすっぱりと一掃してもらえた感じがしました。
 しばらくの間、このルールを意識して仕事をしてみようと思います。

2005年03月12日

行動ファイナンス理論をかじる

 だいぶ前に読み終わったのだけれど、なかなか感想文を書けずにいた書籍。
 「最強のファイナンス理論―心理学が解くマーケットの謎」(著:真壁昭夫、出版:講談社現代新書)

 本書で紹介するのは「行動ファイナンス理論」と呼ばれる理論です。
 従来の、期待効用の考えにもとづいた経済学の理論(伝統的ファイナンス理論)では、金融市場で見る長期的で大きな動きは、ほとんど説明することが可能だそうです。
 (効用に関しては、当ブログの聖ペテルスブルグのパラドックスの記事(ここ)でも少し登場。)
 ですが、実際の金融市場では、理屈どおりにいかない現象が多い。
 伝統的ファイナンス理論では、こういった市場の動向を説明するのが非常に難しいのです。
 あるいは、ある種の心理実験を行ってみると、伝統的ファイナンス理論の中核をなす期待効用の考えと矛盾する結果が出てしまいます。(アレのパラドックス、エルスバーグの壺など)
 
 そこで、こういった現象をうまく説明するため、少し見方を変えたアプローチの理論が行動ファイナンス理論です。
 主観的で相対的な人間の評価をモデル化して説明することを試みる理論です。
 さて、行動ファイナンス理論の基本をなすのが、「プロスペクト理論」と呼ばれる理論。
 具体的な例や心理実験の結果を交えながら議論を進め、直観的にたいへん同意しながら読み進めることができます。
 
 たとえば、次のような実験を考えてみましょう。
 あなたは、次の1と2のどちらを選びますか?
 
【実験A】
1.100%の確率で1000ドル手に入る。
2.50%の確率で2000ドル手に入る。

 もう一つ、次の1と2ではどちらを選びますか?

【実験B】
1.100%の確率で1000ドル失う。
2.50%の確率で2000ドル失う。

 いずれの実験も、手に入る(または失う)金額の期待値は等しいです。
 ですが実験結果によると、実験Aでは、1を選んだ人のほうが多いそうです。
 また実験Bでは、2を選んだ人のほうが多いそうです。

 このことが指しているのは、
 利益が出る場合は、リスクを避け、確実に儲けを確保しようとする。
 損失が出る場合は、リスクを好み、損をしないチャンスに賭けようとする。

 ということになります。
 利益が出るときと損失が出るときとで、リスクに対する考え方が正反対になっているのです。

 これは、別の見方をすれば、
 利益(または損失)の増加に対するプラス(またはマイナス)の価値の増加量は、次第に小さくなっていくともいえます。(感応度の逓減)
 2000ドルもらえることの価値は、1000ドルもらえることの価値の2倍には達しないのです。


 もうひとつ、こんな実験を。
 次の各ゲームに、あなたならいくら払って(またはもらって)参加するでしょうか?
 
ゲームA : 5%の確率で100ドルが得られる。
ゲームB : 5%の確率で100ドルを失う。
ゲームC : 95%の確率で100ドルが得られる。
ゲームD : 95%の確率で100ドルを失う。

 いずれのゲームも、客観的な期待値は5ドルのプラス(またはマイナス)になります。
 ですが、実験の結果の平均値は、

ゲームA:14ドル
ゲームB:マイナス8ドル
ゲームC:78ドル
ゲームD:マイナス84ドル

 となったそうです。マイナス8ドルというのは、つまり8ドルもらえるなら参加するということですね。
 AとBから、いずれも5%という小さな確率を過大に評価しているということが分かります。
 同様にCとDでは、いずれも95%という大きな確率を過小評価しています。
 さらに、AとBの数字を比較すると、利益が出るAの方が過大評価の度合いがより強く、CとDの数字を比較すると、同様に利益が出るCの方をより過小評価していることが分かります。

 つまり、確率をそのまま数字通りに評価していない、ということを示しています。
 当選確率が0%に近い宝くじに過度の期待を抱いたり、80%の確率で当選する選挙結果に必要以上に不安を感じたりすることも、これに相当しているのです。
 
 また、損失は同額の利益よりも相対的に大きく感じる、ということも言えます。
 1万円の臨時収入を得たときの喜びと、1万円の入った財布を落してしまったときの悲しみとでは、後者のほうが強いということになります。

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 ・・・と、以上でプロスペクト理論の紹介は終わりにしますが、
 直観的にも、うんうん確かにそう評価するよなあ、とうなずきながら楽しく読むことができました。
 ただ、読者に数学の知識をあまり要求しないスタイルのせいで、かえってあまりピンと来ない点もありましたが。
・「効用」「感応度」ってどんな定義? 違うものなの?
・結局プロスペクト理論は、主観的評価を数理的にどうモデル化するのだろう?
 という点が気になってしまう読者も多いのでは。。
 本書の中では、効用(関数)の定義を「幸福度と保有する全財産の関係を関数として表したもの」、感応度の定義を「物事に対する感じ方、評価」としています。なんですか幸福度って;
 やっぱり根本の定義の部分の理解があいまいだと、豆腐の上で積木遊びをしているみたいで心許ないです。
 適当にグーグルに聞いてみると、たとえばここなんかが数学的に詳しく説明しています。
 あと、数理的なモデル化の方法については、巻末に参考文献として挙げている「金融バブルの経済学―行動ファイナンス入門」が良さげだそうです。あるいはこのサイトも。(いずれも大学院レベル。)

2005年03月17日

エネルギーと環境。

 平日はなかなかブログを書ける時間がとれないなあと思いつつ、
 印象的な本からの抜書きメモ。
 
 ヤバンな科学」(著:池内了、出版:晶文社)
 
 より、エネルギー問題を論じた節の冒頭より。
 この主張にはいたく感じ入りました。
 以下引用。
 
------------------------------------------------

 私たち(特に男)は、天下国家を論じたがる傾向があるのですが、そのような談義の最後の決まり文句は、「結局、政治を変えなくては何も変わらない」となってしまいます。そして、自らは何もしないのです。責任を政治家に押し付けて、自分を無罪放免しているといえるでしょう。言い換えると、私たちが問題の解決を政治や行政に「お任せ」してしまう体質になっているということです。それは中央集権の発想であり、個々の人間が責任を持ってコトに当たっていく姿勢を失っていることを示しています。つまり、民主主義の精神を忘れていると思うのです。

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 この部分で述べられている話は、もはやエネルギー論に限ることではないのですね。
 「国が悪い」の結論で締めくくられる、ほとんどの話題に照らすことができそうな気がします。
  
 エネルギーに関して言えば、たとえば、地球温暖化の問題。
 現在、日本国内の二酸化炭素排出量が年々増加している傾向にあるというのは、すでに広く知られています。
 ですが、その内訳を見てみると、
 産業部門の排出量はほぼ横ばいで推移しているのに対し、
 民生部門と運輸部門(特に自動車)は著しく増加している傾向にあります。
 つまり、毎年の排出量を吊り上げているのは、他でもない、各個人の影響が非常に大きいのだということ。
 これはけっこう知られていない事実ではないでしょうか?
 (もちろん量で見れば産業部門が上ですが。)
 
 結局、ここで
 「政府が各家庭から出る二酸化炭素をコントロールできる制度が必要だ」
 などと論じるだけというのは、もはや意味がないように思えるのです。
 最後は「お上が悪い」の結論にたどり着いて、これでおしまい。
 責任の所在を移しただけで何も解決がないのですね。

 この本で述べられている、実際に著者がやってみた、省エネルギーな自分の住まいを建てるまでのあらましが、この話を考える上でたいへん参考になると思います。
 たとえば、企業が環境問題を商売に利用するときの、ユーザとの考えの食い違いが浮き彫りになっているところなど、いろいろと考えさせられるところが多いです。

2005年03月24日

電車の中で量子力学

 この連休は出身大学の研究室訪問に行っていました。
 いわゆるリクルータ活動。
 学校推薦の採用の対象になっている学生への情報提供ですね。
 
 と、おかげでブログ更新の時間がとれない状況でした。
 それで、往復の新幹線の中で読んでいた書籍紹介。
 
 「高校数学でわかるシュレディンガー方程式」(著:竹内淳、出版:講談社ブルーバックス)
 
 
 量子力学といえば、大学時代の苦い記憶が蘇る人も多いはず。
 僕も大学で量子力学の講義を受け、なんかおもしろそう、とばかりにそれなりの時間を費やして勉強した記憶があります。
 ですが見事に打ちのめされ、ほとんど身に付いてないままに単位だけは得て終了してしまったのでした(試験自体は平易な問題)。

 なぜこんなハメになるかというと、
 量子力学には、初学者が違和感を感じる概念が多く登場します。
 ですが量子力学にどっぷり漬かった教官の講義では、それがさも平易な概念のようにさらりと述べられるわけです。
 「物理量は演算子です」と得意満面に言われてもさっぱりぴんと来ない。
 そしてその後は数式に翻弄されるというパターンでした。
 (もちろん一番の原因は僕の理解力ですが。。)

 あるいは、一般向けの解説本でありがちなのは、数式を完全に隠蔽してしまっているため、「なんかこんな感じらしい」レベルの知識で終わってしまうパターンです。
 (これは一概には悪いと言えないですが。)

 そういうわけで、僕と似た記憶のある人、あるいは習ったことはないが興味のある人にはぜひ一読をおすすめです。

 第1部のわずか100ページ(文庫サイズ)足らずの分量で、井戸型ポテンシャルの波動関数の導出までやってしまいます。オイラーの公式を知ってたらさらに10ページほど省略可能。
 説明が丁寧で、数式も平易です。
 巷には、科学書は数式がひとつ登場するごとに読者数が半分に減る、なんて法則があるそうですが、この程度なら、いわゆるゴロ寝読みでも十分追いかけられるはずです。
 
 第2部ではさらにフェルミ粒子やボーズ粒子、スピンの概念の説明し入ります。
 ちょっとこの辺は、急ぎ過ぎで何が何だか・・という感がありましたが。
 
 この著者の前著(「高校数学でわかるマクスウェル方程式」)の方も見てみようかな、という気になりました。

2005年03月28日

除菌作業、その後。

 今月の日経サイエンスの特集は「清潔社会の落とし穴」。
 その中の一つに、「ピロリ菌の意外な効用」という記事がありました。
 僕は、ふだんはなかなか医学系の記事に目を通さないのですが、今回はたいへん興味をひかれました。

 すでに広く知られていることですが、ピロリ菌というのは、ヒトの胃潰瘍・十二指腸潰瘍の原因となっている菌。
 胃酸のような酸性度の高い環境でも生きられるのが特徴です。
 
 実際、僕自身もかつてこの菌の保有者で、こいつにはいろいろと苦しめられました。
 受験や卒論といったイベントになると、決まって炎症が起きるのですね。
 で、数年前に、この菌の除菌療法をやりました。
 除菌といっても、単に薬(抗生物質)を12時間おきに1週間飲み続けるだけ。
 そのおかげで、今はまったく再発することなく生活できています。
 そんなわけで当時の僕と似たような症状の人に出会うと、誰彼ともなく薦めてました。
 
 ですが今回の記事は、これまで潰瘍や胃がんになるリスクとしか見なされてなかったピロリ菌に、宿主に利益をもたらす点がどうやらあるようだというのです。

 ピロリ菌のうちで cagA 遺伝子を持つものは、胃の酸性度高くなると、CagA というタンパク質を作り出します。
 すると宿主に炎症反応が起こり、それによって胃粘膜にある酸産生細胞のホルモン調節が変化し、酸性度が低下します。
 あるいは逆に、胃の酸性度が低いと、 CagA の生産が落ち、炎症も弱まるのだそう。
 
 つまり、胃の酸性度が高くなりすぎないよう、ピロリ菌が調整してくれているのです。
 ですから、ピロリ菌がいなくなると、酸性度の調整役がいなくなって、食道や胃の一部分が強酸性の胃内容物にさらされることになり、そのため、食道下部の炎症のような疾患にかかりやすくなるというのです。

 実際に、著者たちの研究によると、ピロリ菌( cagA 遺伝子を持つタイプ)に感染している人では、食道下部・胃上部の腺がんのリスクが著しく低いことが分かったそうです。

 したがって、ピロリ菌を撲滅すれば胃がんのリスクが減るなどのよい点があるが、悪い影響も生じ得ると言えます。
 善悪のバランスは、さまざまな要因(年齢・病歴等)によって違ってくるため、一概にはいえないでしょう。


 ・・・と、今回得た知識は、僕はまったく思ってもみなかった内容でした。
 結局は、多くの種類の生物が絡みあう生態系で、1つの種類の要因だけをコントロールするというのは、安全とは絶対に言い切れない。
 これって、ピロリ菌に限らず、いま流行ってる健康ブームのすべてについて言える気がしますよね。

2005年04月24日

電車の中で電磁気学

 寮から会社までの距離が長いので、いつも通勤時間の間は読書に費やしてます。  今回、なかなかいいなと思った書籍。

 

 「高校数学でわかるマクスウェル方程式」(著:竹内淳、出版:講談社ブルーバックス)

 内容はまさにタイトルのとおりです。

 マクスウェル方程式には、体積・面積に関する積分や周積分など、大学数学の記述があちこちに登場しますが、本書ではそういった概念の導入にすごくよく工夫がなされていて、初めての人もスムーズに読んでいけると思います。  微積分自体ならあるい程度はわかるという人なら、かなりサクサクと理解できるでしょう。    こういう上手な説明に出会うとよく感じてしまうのですが、いったい自分はかつての講義で何を聞いていたのだろう、、という気分になってきます。(半年間だけですが。。)  マクスウェル方程式自体は、特に大袈裟で難解なことを意味しているわけではないのです。  というわけで、「この式はこんな感じのことを言っている」ぐらいのざっくりとした理解だけでも記憶に残しておこうと思い、以下にメモ。

 

 マクスウェル方程式の4つの式は、以下のとおり。(十分な理解に基づいて書いているわけでは決してないことをご了承ください。)   (1) マクスウェル-ガウスの式。

20050424a   ある閉曲面の内部にある電荷は、閉曲面を横切る電界の総和にひとしい。クーロン力を表す式 F=kqAqB/r^2 に相当する。(ε:誘電率、E:電界の強さ、dS:曲面上の微小面積の領域、ρ:電荷の密度、dv:曲面内の微小体積の領域)

 

(2) ファラデー-マクスウェルの式。

20050424b  ある開曲面を横切る磁束が時間変化すると、その曲面の縁に、その変化を妨げるような向きの電界が生じる。電磁誘導の式 V=-dφ/dt に相当する。(dr:曲面の縁の微小線分、B:磁束密度)

 

(3) 磁束保存の式。

20050424c  ある閉曲面を横切って外に出る磁束線と、中に入ってくる磁束線はひとしい。磁石のN極とS極が必ずペアであるということ。

 

(4) アンペール-マクスウェルの式。

20050424d  ある開曲線を横切る向きに電流があるか、または開曲線を横切る電界の強さに変化があると、その曲面の縁に磁場が生じる。(H:磁界の強さ、j:断面積辺りの電流)

 

 電気電子関連の研究室出身の人には、この上なくあたりまえの内容なのでしょうが。。  異なる出身の僕としては、一般常識の延長レベルというか、式の導出ができるとまではいかなくとも、「この式はこれこれこんな感じのことなんだよ」と人に喋れるぐらいになるれたらな、と感じます。

 

【参考リンク】 ウィキペディア(Wikipedia) 「マクスウェルの方程式

2005年05月03日

「子供の科学」に恐れ入りました。

 なにげなく買ってみた、誠文堂新光社の月刊誌「子供の科学」を眺めています。

 この雑誌、ものすごいです。

 かわいらしいイラストが満載の、絵本や漫画のようなぬるい雰囲気のものを想像していたのですが、予想とは比べ物にならないハイレベルさ。

 表紙にある見出しはこんな感じです。

● 世界最大の加速器~CERN
● 南極からのメッセージ
● 野鳥観察に出かけよう!
● ティラノサウルス"スー"の全身骨格
● 特集 人類の"月"への夢
            ・・など

 ちなみに付録は「よく飛ぶ紙飛行機」。

 ついつい、関係ないですが、かつて「学研の科学」の付録で育てたオジギソウのことを思い出しました。

 さらにその記事の内容にも驚き。

 読者層は小学校高学年~中学校くらいのはずなのですが、そこには読者に一切の妥協を見せず、突っ込んだ話題までいろいろと触れられています。

 このような高レベルの内容なのですが、しかし、複雑な語彙や前提知識、高等な数式処理を明らかに持ち合わせていないような読者を想定しているにもかかわらず、ここまですごくしっかりとした説明をすることができるものなんだなあ、と深く感じ入りました。

 そしてそのぶん、説明を把握するために読者に要求される理解力は、相当のレベルのものだと思います。(大人でも、人によっては読みこなせないかも。)
 結局、その辺りの力なんてのは、子供の大人の違いなんてそれほど大したものではないのかも。

 そして、僕が何よりもイイ! と思ったのは、サイエンストピックのコーナー。

 科学の最新の成果や話題を紹介しているコーナーです。

 へえ、そんな結果が出てるんだ、とかなり楽しめます。
 ちょっと本気で、定期購読しようかどうか迷っている雑誌です。

2005年05月07日

円周率ネタ4つ

 たまたま図書館で手にした、「πの神秘」という本を見て、おもしろいと思った箇所のメモ。

 ● 任意の整数ふたつを選ぶ。それらの整数が互いに素(公約数を持たない)となる確率は、6/π である。

 これはもうただ、なんてキレイな関係なんだろう、と感じ入りました。これって本当に?

 ● 円周率が隠された詩がある。

 Mike Keith という人が書いた、エドガー・アラン・ポーの「大鴉」のパロディで「Near a Raven(大鴉もどき)」という詩。

 全文へのリンクはここ
 下記に、始めの数十語の部分を引用します。
 いったい、下記のどこに円周率がひそんでいるか、分かりますか?

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

Poe, E.
  Near a Raven

Midnights so dreary, tired and weary.
  Silently pondering volumes extolling all by-now obsolete lore.
During my rather long nap - the weirdest tap!
  An ominous vibrating sound disturbing my chamber's antedoor.
    "This", I whispered quietly, "I ignore".

とても暗く、疲れ果てた深夜。
  かつての廃れた伝承を褒め称えた書物は、黙考している。
いささか長い眠りの最中に――怪しい物音が!
  不吉な震える音は、私の部屋の扉をかき乱す。
    「こんな音」私は静かにささやく。「放っておこう」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 和訳は超適当。
 実はこの詩、英単語の文字数を数字に置き換えると、数字が円周率(π=3.14159・・)を示すのです。

 Poe→3、E→1、Near→4、a→1、Raven→5

 という具合。
 もちろんまだまだ続きがあります。すべての単語(740語)で成り立っているそうです。すごい。


円周率のどこの桁でも、一発で計算できてしまう方法。

 ふつう、円周率のある桁の数字が知りたいと思ったときには、それまでのすべての桁の数字を把握している必要がありました。
 たとえば、もし円周率の1000桁目の数字が欲しければ、1から999桁を全部計算しないと求められませんでした。
 ですが、1995年、David Bailey、Peter Borwein、Simon Plouffe により、下の式を使って、どこの桁であっても簡単に計算できるということが発見されました。

20050506a

 ただし、これは、円周率の16進数での表現をもとめる公式です。
 10進数で表現したいときは、これをアレンジした方法が必要だそうです。ここに詳細あり(読んでない)。

 さらに、円周率の任意の桁(16進数表現)をもとめるプログラムがありました。
 アルゴリズムがここ。ソースコードがここ
 アルゴリズムにちょっとした工夫をすることで、メモリ量をものすごく効率よくおさえながら計算できるようです。
 別エントリにまとめました。 ⇒ 円周率の任意の桁を一発で計算する。
 
3.14に秘められたパイ。

 現在の多くの教育の場で教えられている、π≒3.14 という簡略化した表記。
 この314という数字を、下のように書いて、

  20050506b

 鏡に映すと、

  20050506c

 「PIE」になるという話。

 なんと、3.14にはPIEが秘められていた。

 ある意味、4つの中でいちばんおどろきました(笑)。

2005年06月26日

やっぱり違う!男と女の脳

 日経サイエンスの携帯メルマガより。

 http://mailnavi.net/v/?n=7174%2C358859

 

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男女では得意分野に違いがあると言わますが,これって生まれつき?教育や社会のせい?赤ちゃんやサルやネズミの研究によると,生まれつきのよう。仲間やおもちゃがたくさん入ったカゴにネズミを入れると,雌では脳の神経細胞がさかんに枝を出すのに,雄ではむしろちょっと減るとか。女性パワーの秘密を見るよう…。

 

急激なストレスがあると,雄ネズミでは学習能力が高まるのに,雌では逆に下がるとか。子どもの成績に頭を悩める親ならば,聞き逃せない情報です。ストレスといえば,慢性ストレスに対する強さも違うそう。こちらは雄のほうが弱いのです。男性の皆さま,気をつけてくださいね。

(略)

 

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 男性と女性の、脳のはたらきの違いについてです。

 

 そういえば少し前に、「話を聞かない男、地図が読めない女」という本が大流行りしていました。僕はその本を読んだことがないのですが、たとえば、一般的傾向として、男性の脳の方が空間を認識する力に長けているとか、女性の脳の方が情報を並行処理する力に長けているとか、そういった男女の脳の違いについて述べた本です。

 

 僕は今まですっかり誤解していたのですが、こういった脳の男女差って、人間だけのものだと思っていました。というのも、こういった特徴は、人間の狩猟時代での生活のなかで得られたものだと思っていたからです。たとえば男性は、狩りで獲物を捕まえなくてはならず、そのために空間認識の能力が欠かせないスキルとなる。一方で女性は、村に集まって、家事や、(食糧の場所などの)情報交換のために、そういった情報処理能力に長けていく。つまり、村を作って共同生活を営む、人間ならではの脳のはたらきだと思ってたわけです。

 

 ですがこの記事によれば、人間に限らず、サルやネズミでも、脳のはたらきに男女差が見られたようです。メスのほうが、大勢の仲間のいるカゴに放りこまれることで神経細胞が活発に働いたそうですが、それを聞くとついつい、おしゃべり好きな(人間の)女性のイメージが頭に浮かんできてしまいます。あるいは、自分ひとりの時間がほしくてたまらない、男性のイメージだったり。

 

 そのほかにも、ストレスの耐性などいろんなところで、人間以外の動物で脳の男女差が見られるようですね。たとえば、空間認識の能力などはどうなってるんでしょう? 興味の湧くところです。

 

2005年07月02日

コンピュータで科学論文の探索?

 日経サイエンス8月号より。

 http://www.nikkei-bookdirect.com/science/page/magazine/0508/find.html

 

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 すべての学術論文に目を通すのは,いくら時間があっても不可能だ。未読論文の中に重要な事実が埋もれてはいないだろうか?人間に代わってそれを探り当ててくれる人工知能が登場した。


 


 「ジーンウェイズ」と名付けられたこのシステムを開発したのは,コロンビア大学のルゼツキー(Andrey Rzhetsky)を中心とするグループ。1997年,生命科学分野の論文を自動検索するツールの開発に着手した。すでに自然言語処理に基づいて生物学の文献を検索してデータを抽出するツールがいくつか開発されていたが,主に論文の概要部分を対象とし,論文全体を処理するものではなかった。これに対しルゼツキーは,全文検索はもちろん,遺伝子やタンパク質の間に存在する関係,つまりこれまで見落とされてきたネットワークを“発見”するシステムを目指した。古い情報の山を調べて,新たな知識や仮説を掘り起こそうというのだ。


 

 システムは論文をダウンロードしてプレーンテキストに変換した後に,単語を識別し,科学用語を“理解”する。さらに「GENIES」という構文解析モジュールを使って情報を構造化し,論文の個々の文をコンピューターが“読める”ように翻訳する。その解析結果を「インタラクション・ナレッジ・ベース」というデータベースに蓄積し,検索や分子間関係の発見,新たな分子間相互作用ネットワークの構築に利用する。さまざまな分子経路をグラフィックス表示できる。


(略)

 

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 科学論文をダウンロードしてきて、自動的に関連のデータベースを作ってくれるというものだそうです。論文の文章中から、遺伝子やタンパク質の名前を抜き出してリストを作る。しかも、ただ単に一覧を作るというだけでなくて、テキストの構文を解析して、各分子の相互作用を自動的に理解して記録してくれます。たとえば、「○○というタンパク質は、△△というタンパク質の分解を促進する」だとか、そういった相互作用を自動的にデータベースに登録していきます。そして、データベースに対して僕たちが、「○○というタンパク質と相互作用する分子には何がある?」のような問い合わせをすると、結びついてるタンパク質や遺伝子のリストを出力してくれる、というのだそうです。

 

 そういえば「生体分子ネットワーク」という言葉を聞いて僕が思い出すのは、最近よく「スケールフリー・ネットワーク」というキーワードを聞くなあ、ということ。スケールフリーっていうのは、ある少数のノードが膨大なリンクを持つ一方で、ほとんどのノードはごくわずかなリンクしか持っていないようなネットワーク構造のこと。(いわゆる「あなたとの6次の隔たり」なんてキーワードを聞いたことがあるかもしれません。)実際、生体内の分子をノードに見立てて、分子間の相互作用をリンクに見立てると、スケールフリー・ネットワークの特徴を満たすということが発見されたそうです。さて、僕が思うに、今回のようなデータベースの作成方法がうまくいくっていうのは、タンパク質ネットワークのスケールフリーな性格が、この方法とすごく相性がいいからなんでしょうね。

 

 僕としては、いま会社でやってる仕事のなかで、「ああ・・これ面倒臭いよなあ・・」と思ってることへの適用ができればこの上なく素晴らしいです(笑)。具体的には、特許公知例調査のことを指していますが。(公知例調査=思いついた特許アイデアを、他社が既に特許化してないかどうかのチェック。長時間の集中力を強制される^^;)

 

 いろんな分野への応用を、切に願います。

2005年07月03日

統計でウソをつく法

 久しぶりに、書籍紹介。

 

統計でウソをつく法―数式を使わない統計学入門

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061177206/249-2248987-4846736

 

 巷にある統計数字やグラフにひそむ真実やウソについて、網羅的に紹介した書籍です。同じジャンルの書籍としては、最近出た「『社会調査』のウソ―リサーチ・リテラシーのすすめ」という本もたいへん良いです。

 

 いろいろな書評ページにも書かれてあるのですが、本書は、文章がところどころ意味不明なのが少し残念。翻訳が原因のようです。それと、本書の第1刷の発行は1963年、扱われるサンプルはかなり古いものなので、どうも現実感を感じないなあ、と思うことがあるかもしれません。というわけで、僕としては「『社会調査』のウソ~」と本書を、セットで読むのを強くお勧めしておきます。とは言っても、本書で登場する騙しのトリックは、現在でもなお、平然とテレビや新聞で登場しており、それを見抜けない大勢の人があっさりと騙されているという事実に気づかされると思います。

 

 一方で、次の事実も頭に入れておかないといけないです。

 

 世論調査というのは、結局は、かたよりの原因に対する不断の戦いということになってくる。そして著名な世論調査機関はこの戦いを年中続けているのである。しかし、こういった調査結果を読む場合におぼえておかなければならないことは、この戦いには絶対勝てないということである。

 

 本書で強調されるような、「統計を正しく読みとる力」というのは、義務教育の範囲で教えておく必要があるんじゃないかなあ、と思いつつあります。テレビで、「調査によると○○の食材は△△の予防に効くらしい」という紹介があると、そのたびにスーパーで売切れ騒ぎが起こる・・この頃のそんな盲目的な流行に、少々の危なっかしさをおぼえています。

2005年07月10日

大学生の精神に入り込むID論

  「ネイチャーダイジェスト」を見ていたら、「インテリジェント・デザイン(ID)」の記事がありました。その中で、なるほど、と思った箇所があったので紹介。
 
 ID論とは、先日もここで紹介したのですが、大まかにいうと、進化の過程は(神のような)特別な存在の手によって決まったのだという考え方のことです。とはいうもののID論では「神」という単語は明示せず、あくまでも知的な存在という、ぼかした表現にとどめています。
 
 記事自体の内容は、現在、米国の大学生の間で、規模は小さいもののID論が流行してきており、それを受けた、指導者へのインタビュー、あるいは、様々な立場からの賛成・反論を紹介しています。
 
 以下で引用するのは、米国科学アカデミー会長 Bruce Alberts の主張に関する部分。
 
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 研究上のメリットを考慮したとしても、ほとんどの科学者は、ID論の基盤は不安定だと考えている。その1つの理由は、Alberts の指摘しているように、ID論の考え方の多くが現在の科学知識の欠落部分を根拠としている点だ。「このような欠落部分を必ず埋めてきたのが科学の歴史なのだ」と Alberts は話す。たとえば、一部の最近が動き回る際に利用する細菌性鞭毛というくるくると回る尾の部分は複雑すぎて、進化論だけでは説明がつかないというのがID論者の典型的な主張だ。だがそれも Alberts によれば、「あと10~20年もすればより多くの最近ゲノムが解読されるようになり、細菌性鞭毛の由来が明らかになるのは間違いない。今、その研究を諦めろというのは全くもってばかげている」という。
 
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 そう考えると、この世に科学がある限り、ID論の入り込む隙間はいつまでたっても決してなくならないんじゃないでしょうか。細菌性鞭毛の由来がわかったところで、典型的ID論者は、たんに居場所をぴょんぴょんと移って生き永らえるのでしょう。そういえば僕が大学生のときによく言われたのは、「1つのことが分かると、それだけ分からないことが増える」ということでした。進化論だってきっと事情は同じ。今のIDブームとは、それだけ、進化の研究が進み、分からないことが多くなり過ぎたことの裏返しなのでは、ともいえるかもしれません。
 
 上記の引用部分にも触れられてますが、典型的ID論者は、主張の根拠として、一部の生物系があまりに複雑なこと、生物種の間の差異が極めて大きいことを挙げています。そして、こうした特徴は自然選択だけでは説明できない、と主張しています。ですが、どうも僕には、こういった主張が、自然の可能性を過小評価しているという気がしてなりません。自然の法則がシンプルだとしても、そこから生まれる(進化の)選択肢は、十分バラエティ豊かなものになり得ると思うのです(いわゆるライフゲームの例を持ち出すまでもなく)。ID論の「従来の進化論では説明しきれない(したがって知的なデザイナーが存在する)」という主張は、人間の自然を理解する力への、いわば過信なんじゃないか。
 
 じゃあ、はたしてID論は、科学として受け入れられることができるのか? この問題を考えるときのめやすとして、僕は、「その主張は証明なり反証なりが可能なものか?」を考えてみればよいと思います。とは言ったものの、じゃあ証明する・反証するってどういうこと? という疑問が浮かんできたので、この続きは、また、そのうちに。

 

2005年07月18日

定時発車と、回復運転。

 このごろすっかり自宅でゲームプログラマーになりきっていて、このブログを書けずにいました。

 ひとまず、先日読んだ本のご紹介。

 

 「定刻発車―日本の鉄道はなぜ世界で最も正確なのか?

 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4101183

 

 偶然にも、世間の鉄道への関心がきわめて高いときに発売された本ということになります。日本の鉄道が、海外と比べて、なぜこうも時間にシビアなのか、なぜ時刻ピッタリの運転が可能なのかについて、深く掘り下げた本です。

 

 本書では、日本の定刻発車を支えてきた重要な要素とは、「遅れないこと」と「遅れてもすぐに回復すること」の二つであると述べています。単に遅れないというだけでは、定刻発車はなしえない。技術がどれだけ進んだとしても、避けることのできない不確定な要因(故障・事故など)のせいで、実際にいくらかの遅れが生じてしまうのはゆるぎのない事実なのです。そしてさらに都合の悪いことに、いまの日本の鉄道網は、すごくせまい時間間隔で、何本もの路線が複雑に入り組んだ構造をしています。したがって、1ヶ所で起きた遅れが、次から次へと、遅れの連鎖を起こしてしまうというのです。特に首都圏の場合、1日に何百万人もの乗客をさばく必要があり、朝のラッシュ時なんかは、少し電車の到着が遅れてしまうと、たちまちプラットホームに収容しきれないほどの客がたまってしまいます。運行の回復のための対処がなければ、いちどトラブルが起きると、一日かけても元に戻らずに大混乱、なんて事態になることでしょう。そういった事態を避けるためのさまざまな工夫が、本書では取り上げられており、読みすすめるごとにため息が出てきます。

 

 それで、遅れの回復するための手段の一つが、回復運転。例の福知山線の事故以来、ニュース等でこの単語を耳にすることが多くありました。回復運転という言葉が、一体どういうことを指す言葉なのかは一目瞭然なのですが、実際のようすはなかなか聞く機会がありませんでした。本書によると、例えば山手線の場合、具体的に回復運転をすることでどのように数分間の遅れが取り戻せるかというと、次のような感じらしいです。

 

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 実はこのとき、運転士たちは各駅の通過時刻を、三秒遅れだとか、六秒遅れだとか、二秒の早着だとか、つねに秒単位で意識している。

 

 (略)たとえば二分程度の遅れが生じた列車を引き継ぐ場合、山手線の運転士は、そのブレーキ扱いによって、一つの駅で遅れを何秒か縮めることを考える。「一つの駅のブレーキ扱いでだいたい五秒縮められるのです」と山手線のベテラン運転手はいう。

 

 仮に一つの駅のブレーキ扱いで「一秒」縮めれば、二九の駅がある山手線一周で、およそ「三〇秒」の回復になる。そして二週目を担当する運転士が、また「三〇秒」縮めれば、遅れは「一分」に減る・・・・・・。(略)

 

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 この本を読んで分かるのは、回復運転の技術は、日本の定刻発車を支える、重要な技術の一つであるということ。どこかの路線でトラブルが起きても、司令室ではすぐに各列車の動きの調整を行って、影響をうけた列車の遅れを最小に食い止める。一方で、影響を受けた列車では、運転士の回復運転によって、1駅ごとに数秒という単位で、遅れを吸収し回復に向かう、・・・というふうに、回復運転というのは、放っておけばあちこちに広がってしまう遅れの傾きを、いわば、プラスからマイナスにもっていこうとする技術だと言えるのです。もし回復の技術がなければ、いつまでたっても遅れが静まらないどころか、(極端な話)日本中に広がってしまうことになるのです。

 

 どうも、一連の報道を見ているうちに、頭の中に、回復運転イコール悪いこと、という図式ができあがっていたという気がします。たしかに、回復運転によって、平常時よりリスクが高まる、というのは、間違いのない事実でしょう。ですが、本当に必要なのは、はたして回復運転によってどのぐらいのリスクが増すのか? はたしてリスクを許容範囲のうちに抑えることができるか? という、リスクをいかに管理するか、という問題であるはずなんですよね。本書は、このようないろいろな気づきのきっかけを与えてくれる良い本だと思います。

 

 この本を読んでから、友人との待ち合わせのために小田急線に乗ったときに、機械故障だかの理由のために、前の列車が遅れている、というアナウンスがありました。その際に、「ただ今、前の列車に遅れがでており、その影響で、本列車は○○駅での接続は行わず、△△駅での接続となりますので、お間違えのないようにお願い申し上げます」という放送があったのですが、このとき、人知れず、列車の中で一人感動を覚えることとなったのでした。

 

 毎日電車を利用している人に限らず、いろんな人におすすめの本です。

2005年08月10日

鳥インフルエンザ、何が怖い?

 最近読んだ書籍紹介。

 

 「微生物 vs. 人類 感染症とどう戦うか

 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061497715/ref=pd_sim_dp_3/249-0221731-4870760

 

 鳥インフルエンザ、BSE、炭疽菌をはじめとした感染症のキーワードをここのところあちこちで目にするものの、どうもこれらの区別がちゃんとついていないなあ、と危機感を覚えたことから読んでみた本です。

 

 本書は、様々な微生物が、人類にどんな災いをもたらしてきたか、そしてどんな対策がなされてきたかについて述べた本です。タイトルにある「微生物」という言葉ですが、ふつう「微生物」といえば、単に「小さな生物」の意味をさす言葉で、そこにはとても広い範囲の生物が含まれます。本書で扱われる微生物も、鳥インフルエンザ、SARS、炭疽菌、BSE、O157、エイズといったこの頃の話題のものから、ポリオ、マラリア、ペスト、結核、コレラ、ハンセン病のような病気などにいたるまで、非常に多岐にわたっています。一つ一つの病気の名前は聞いたことはあるもののそれ以上の知識はほとんどないという方には、手早く、数多くの感染症について整理することができると思います。

 

 そういえば僕は、鳥インフルエンザって巷ではよく話題には出るものの、鳥インフルエンザのいったい何が厄介なのか? という部分を、これまでちっとも知りませんでした。「鳥」インフルエンザというぐらいなんだから、これって鳥にしか感染しない病気じゃないのか? 僕たち人間には、鳥インフルエンザは感染しない病気じゃないのか? というふうなことを勝手に思ってました。


 


 実際のところは、鳥インフルエンザのウィルスと、これとは別のヒトのインフルエンザウィルスとが同じ細胞に同時に感染することで、交雑が起き、ヒトに対して病原性を持つ新型の子孫ウィルスが誕生する恐れがあるのです。実際に、ブタには、ヒトのインフルエンザウィルスと、鳥のインフルエンザウィルスの両方ともが感染可能のため、そこで生まれた新型ウィルスがヒトにうつってしまうことで、ヒトの間で爆発的に流行する可能性があるのだそうです。専門家の間では、こうした新型ウィルスは「出現することはほぼまちがいない」とされているようです。

 

 ・・・などなど、本書では、鳥インフルエンザに限らず、このごろ話題となることが多いキーワードや、昔からよく名前は聞くもののよく知らなかったキーワードを、一通り眺めてみるのにお手ごろな本だと思います。

 

 難点は、ビギナーへの解説がどうも不十分かなあという点でしょうか。。第1章の1ページ目で、ミトコンドリアという単語がコメントなく登場し、「ミトコンドリアって何だっけ?」と早くも置いてけぼりを食らってしまいました(僕は生物の知識は高校以来皆無です)。あと、扱う病気の種類があまりに多く、一つ一つの感染症に対する知識は非常にあっさりしているので、踏み込んだ理解が欲しければ、もうあと何冊か読み加える必要がありそうです。

 

2005年08月20日

ピラミッド作りと、公共事業

 今週はずっと夏休み中なので、滋賀の実家に帰省してます。

 というわけで、昼間は近くの図書館にこもっているのですが、そこで手にした書籍の紹介。

 

 「考えてみれば不思議なこと

 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4794966490/250-3891154-8183433

 

 池内了先生の科学エッセー集です。先生の専門の天体関連の話題のほか、タイトルにもあるような、身の回りにあるのだけれど、そういえば言われてみれば不思議だな、ということを解き明かしていきます。かなり新しい研究成果から、実はあまり知られてなかったような事実まで、ひとつの話題で2~4ページほどのかなりライトな文で、ごろんと気軽に読むことのできる楽しい本だと思います。こういう感じの文章が自分にも書けたらいいなあ。

 

 というわけで、以下では、これまでちっとも知らず、つい感じ入った内容を2つピックアップ。

 

 

 ピラミッド建設は古代エジプトの公共事業だったのかもしれない

 

 通説では、ピラミッドは多くの奴隷によって作られたと考えられていました。ですが、最近、ピラミッドは古代の公共事業だったという説が出されたようです。古代エジプトでは、秋の収穫の時期が過ぎると、雨がほとんど降らないため農業ができなくなります。そのため膨大な失業者が発生することになり、ともすると暴動が起こりかねない状況になります。そこで、その失業者対策として、ピラミッド建設が王国の公共事業として遂行されたのだというのがこの説です。実際に、その証拠として、ピラミッド建設に従事した者に支給された食料や衣料などの記録が挙げられています。記録によると、当時の生活レベルと比較すると、奴隷とは思えないほどの高水準、つまり、次の収穫期まで一家の生活をまかなえるぐらいのレベルだったようです。これはつまり、彼らは奴隷としてでなく、正式な労働者として、正当な賃金を受け取っていたとみなすのが妥当だというわけです。今も昔も、公共事業で国をうるおすというのは常套手段だったようです。

 

 

 地震の前に動物たちが騒ぎ出すしくみ

 

 地震が起こる前に、ミミズやヘビなどの動物の異常行動が報告されました。はたして動物たちは地震の前兆を感じ取っていたのいうのでしょうか? これを調べるため、岩石を巨大なプレスで破壊し、そのそばにイヌやモルモットなどの動物をおき、様子を観察するという実験が行われたそうです。すると、本当に、岩石が壊れる前から、動物たちは異常な行動を示しました。研究者たちの間では、これは「圧電効果」という現象が原因なのではないかと考えられています。圧電効果とは、ある物質に対して、急激に圧力が加えられると、電流が流れて電波が発生するという現象です。ライターの着火部もこの効果が利用されています。実際、岩石の中の石英が大きな圧電効果を示す物質であり、測定してみると、岩石が強く圧縮されたことにより電波パルスが出たことが確かめられたそうです。動物たちは、この電波を感じ、異常事態を認識したものと考えられます。ナマズの地震予知なんて言い伝えも、科学的に見るとおもしろい現象がひそんでいます。

 

2005年08月21日

共感覚っていったい何?

 地元の図書館で出会った書籍の紹介をもう一丁。

 

 「科学者は妄想する

 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4822244482/250-3891154-8183433

 

 今も放送しているのかどうか知らないのですが、以前、日本テレビで「特命リサーチ200X」という番組がありました。本書は、この番組の元スタッフが、企画会議で提出したもののボツになったネタを紹介している本です。主に国外の研究で、正統派科学とも、トンデモ科学とも、どちらともつかないような微妙な線にいる研究者たちの奇説・珍説を紹介しています。

 

 例の番組を見たことがある人は、あの番組のノリで進んでいく本だと思っておけばちょうどよいかもしれません。超常現象を科学的に説明するのに、びっくりするような仮説を打ち出してる研究者を焦点にして、その主張の内容や実験の結果を紹介しています。印象としては、著者自身による科学的な吟味をはさむことなく、淡々と研究内容を紹介していってる感じです。(とはいえ、文体はだいぶん煽り気味。)なので、はたしてこの実験はどのぐらい正当なの? と、当然感じるはずのことについても、ノータッチで話が先に進んでいくので、不要なイライラがたまっていくのが自覚できるかもしれません。

 

 とはいうものの、中には、「これは知らなかった」や「説得力あるかも」と思える説も。1つ紹介。

 

■ 共感覚

 

 共感覚、という感覚をもつ人たちが世の中にはいます。たとえば、こういった人々は、数字やアルファベットを見たり聞いたりすると、赤や青などの色の感覚を感じるそうです。またあるいは、レモンパイなどの味を感じると、とがった形を手の中に感じる人もいるそうです。従来までは、こうした共感覚は、ウソだとか薬物中毒だとか見なされていましたが、最近の研究で、そのしくみがだんだんと明らかになってきました。それによると、色の視覚情報は、網膜→後頭葉→側頭葉と経て、TPOと呼ばれる部分へ送られます。また、数やアルファベットの概念も、TPOの一部である角回という部分で処理されます。話し言葉の音も、TPOの近くで処理されるそうです。いずれの情報も、TPOの角回の近くで処理されていることから、共感覚者の脳では、ここのあたりで何らかのかたちで情報の混信が起こり、共感覚が生じるのでは、と推測されます。

 

 

 このほか、宇宙人誘拐、予知能力、ドッペルゲンガーなどなど、扱われる説はまさに玉石混交という感じ。

 

 広く人には薦めないですが、宝探しのつもりで読めばおもしろいかも、といった感想をもった本です。

2005年09月04日

悪用される科学

 日経サイエンス10月号の記事が面白かったのでご紹介です。

 

 悪用される科学

 http://www.nikkei-bookdirect.com/science/page/magazine/0510/doubt.html

 

 医薬品や化学物質が人体にとってどのぐらいの危険性があるか、という判断は難しい問題です。製薬会社や化学会社は、自社の製品のくらい安全かということを常に注意する必要があります。

 

 ですが、こういった会社は、自社製品の危険性についての研究のほとんどに資金を出しているものの、製品の安全性を示した研究ばかりを強調し、不安を感じさせるような結果は軽視することが多いようです。

 

 たとえば、「ある薬品は人体に有害な影響をおよぼす」という報告がなされたとします。それを受けて、使用規制についての検討が政府で行われたとすると、製薬会社の業界団体は、研究者を雇っていっせいにこれに反論攻撃をしかけるのです。たいていそれらの研究の結論は同じで、有害とする証拠が不十分なので規制は正当ではない、というものです。

 

 米国では、こうした証拠の不確実さを突いたりして企業を擁護することは大きなビジネスとなっていて、これを専門とする研究機関もあるほどです。さらに、こうした研究の中には、データをたくみに操作して、統計的な有意性が認められないように結論を持っていくことも行われているようです(実際それはそれほど難しくないらしいです)。

 

 そもそも科学には、確実にこうだと言い切れることはあり得ないわけです。こうした研究(もちろん全部がそうではないでしょうが)は、このような確実さのスキマを、何とかしてこじ開けようとしているようにも見えるのです。

 

 こうした話を聞いて思うのは、安全や健康について「疑わしきは罰する」という精神はどこにもないなあということですね。ふつう科学の世界では、ある重要な研究結果に対して、追試験などの十分な吟味が重ねられ、これはだれが見ても反論のしようがない、というレベルまでたどり着いて、やっとその結果の正当性が認められるものです。ですが、人間の安全や健康が絡む問題については、安全側へ倒れるような証拠の基準をこれよりも甘いものにすべきだと思うのです。つまり、どうやらこれは有害である可能性が高いことが分かったなら、いくらか程度の証拠が集まった時点で、その使用量はひとまず制限させよう、というような具合です。


 (疑わしきは罰する、というフレーズはこの本
より拝借。)

 

 ところでこの記事には、カコミ記事で日本の状況についても触れられています。日本は消費者の意識が高く、企業側も研究結果を安全なほうに無理やりねじ曲げることはありません。ですが一方で、マーケティングの段階で、学術的なお墨付きを得て消費者の関心をひく手法が広まっているという事実が指摘されています。こうした手法には、行われた実験がはたして科学的に妥当なものかどうか、その分野の専門家たちによってきちんと検証されているケースはきわめてまれであるようです。

 

 なんとかして調査の有意性をひっくり返そうとする傾向の米国と、なんとかして有意のある実験結果を引き出そうとする傾向の日本。見たところ対照的な2つのケースですが、科学に対する態度ははたして誠実か? という立場で見てみると、どちらも少し疑問を感じてしまうところですね。

2005年09月11日

核実験がのこした産物

 Nature Digest 9月号より、なんだかいろいろと驚いた記事です。

 

 炭素年代測定法と呼ばれるものをご存じでしょうか。よく化石などの年代を調べるのに使われる測定法です。化石に含まれる炭素Cのうち、放射性炭素C14のしめる割合を測定することで、その化石がいつできたかを特定します。ふつう、生物が生きている間は、食物や呼吸を通じて、組織内の両炭素の比は環境中の比と等しく保たれるのですが、生物が死んだ後は、時間とともに炭素C14の崩壊してその比率が変わるため、そこから化石の年代を見つもることが可能になるのです。

 

 こうした手法は、化石に限らず、何か他のものの年代測定にも使えるかも、と期待がなされるかもしれません。たとえば、生きた生物の細胞の年齢を測定するというような応用です。ですがこうした応用はきわめて困難です。というのも、C14の半減期(半分が崩壊するまでの時間)は6000年と、ものすごく長いため、たかだか数年ぶんの違いでは、この比率の変化をとらえることは不可能だからです。

 

 しかし、スウェーデン・カロリンスカ研究所の Jonas Frisen 氏によると、ある特定の時間的条件を満たす場合に、このような細胞の年齢の測定が可能となるらしいのです。

 

 それはどういうことかというと、冷戦期の核実験により、この期間に大量のC14が大気中に放出されたという事実が利用できるというのです。1963年に地上核実験が禁止されるまでに、大気中のC14の量は本来あるべき量の2倍まで増加しました。そしてそこから11年ごとに半減というペースで減少しています。この割合を利用するのです。

 

 上述の Frisen 氏は、このことに加えて、細胞のDNAは細胞がいったん分裂してしまうと炭素が入れ替わらないという事実も利用します。これにより、検体DNA中のC14を測定することで、その細胞の誕生年を高い精度(±2年)で特定できるというのです。(ちなみに Frisen 氏が調べた12例では、そのうちの約半数が1960年代以降に生まれた人たちだった。)

 

 この手法により、脳の細胞について、視覚皮質(視覚の処理をする部分)の細胞の年齢は、被験者の年齢と同じ、つまり、視覚皮質の細胞は再生しないという認識を支持する測定結果が得られたそうです。脳のほかの細胞はこれほど長寿命ではないらしく、このことから、何らかのかたちで、視覚皮質がきわめて安定に結束する必要があるということを示唆しています。

 

 

 そういえば、以前に紹介した、木の成長と二酸化炭素の関連を調べた研究(これ
)も、炭素の同位体を吹き付けることで二酸化炭素の吸収量を見つもっていました。今回の場合は、核実験によって、はからずも理想的な調査環境ができあがっていた、という感じでしょうか。

 

 とはいえ、±2年という高い精度で細胞の年齢が特定できるというのはとても不思議です。というのも、当時C14を大量に出していたのは、きっとある特定の場所の研究施設なのだろうということから想像すると、当時の全世界でC14の濃度にはかなりのムラがあったんじゃないかなと思うのです。とすれば、上記のようなC14の移り変わりのデータ(最大で本来の2倍、その後11年ごとに半減)とは、ある地域で定点調査した結果のはずだと思います。ですが、それに比べて、被験者の人たちは、これまでにあちこちの地域を生活の場所として選んできたことでしょう。つまり、さまざまなC14濃度の場所で生活してきた可能性があるわけです。こうした可能性を含めた上で今回のような正確さが出たとするなら、それはすごく不思議なことだと思います。(ひょっとしたら、大きな引越しをしてないことを被験者に確認済みなのかもしれませんが。。) 実際のところはどうなんでしょうね。

2005年09月26日

天才遺伝子を残す?

 引越しや会社の期末でどたばたしつつ、最近読んだ書籍紹介。

 

 「ジーニアス・ファクトリー

 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4152086580/249-2320156-2365142


 


 かつてロバート・グラハムという名の人物が創立した「レポジトリー・フォー・ジャーミナル・チョイス」という精子バンクが題材のノンフィクションです。彼がこの精子バンクにかけた構想とは、ノーベル賞受賞者などの天才から優れた遺伝子を集め、人工授精させるというものでした。結果、賢い人間を世の中に増やすことで、科学を発展させ、社会に恩恵をもたらすだろう、という考えが彼にあったのです。

 

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 歴史上、現代ほど多くの人々が長く健康で豊かな暮らしを送ったことはないという事実をよそに、人類は一万五〇〇〇年前の古き良きクロマニョン人の時代に頂点を迎えたと、グラハムは結論した。こうした「悩める神々」――グラハムは敬意を込めて彼らをそう呼んだ――は、自然が過酷だったからこそ強く優秀だった。本当に優秀なクロマニョン人だけが生き残り、栄えある遺伝子を残すことができたのである。しかしそこに、文明という災禍が降りかかった! 農業文明は人類をやわにし、より弱い「スペシメン」にも生殖を許すようになった。(略)――彼はそう信じ込んだ。

 

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 本書の構成としては、創立者のロバート・グラハムの生い立ちや思想、そして彼を取り巻く人々について触れ、それ以外の部分では、実際にこのバンクからの精子で誕生した子供や家族にが、その後どういう人生を送ったかについて、多くのページが割かれています。

 

 彼に協力し、自分の遺伝子さえも提供した科学者のウィリアム・ショックリー(トランジスタを発明した)も、グラハムと同様の危険性を、人類に感じていたようです。当時の学生たちなどからの猛反発を買いつつも、彼は純粋に合理的な思考をして、論敵の指摘や要求をひとつずつ論破していったそうです。いわば現代の優生学的な思想の持ち主ともいえるショックリーと、仮に議論したとして、はたしていまの自分は自分の主張を保っていられるのだろうか? と不安にすらなってきました。個人的には、このあたりの是非の議論についてはもうちょっと突っ込んだ考察が述べられていてほしかったです。

 

 そして本書の大部分では、レポジトリー・フォー・ジャーミナル・チョイスの精子で誕生した子供たちのいきさつが述べられています。ドナー(遺伝子的な父親)との出会いをはたした実際の家族たちのサンプルケースをとりあげ、ドラマ調のテンポで(けれども現実のこと)彼らの行動や気持ちを述べていっている感じです。読む時間がないなら飛ばし読みでよいかも。

 

 それにしても、著者の取材に対する情熱にはたいへん頭が下がります。どのくらいすごいかと言うと、この著者、自分も精子ドナーになってます。精子バンクのウェブサイトから申込書を送信してから、実際にバンクの一室で「採取」するまでのなりゆきが、それはもうこと細かに記されています。本書の主眼からは思い切り脱線している気もするけど、面白い。

 

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 彼女は話を続けた。「これが換気扇です」壁際のスイッチを押すと、部屋にかすかな風切り音が満ちた。キャビネットを開ける。「雑誌はここに入っています」と言って私に『プレイボーイ』など男性誌の山を渡した。くたびれた表紙には、いずれも「フェアファックス・クレイオバンク」と走り書きしてあった。アマンダは実に手馴れた様子で、臆するでもなく、単なるビジネスと割り切っているようだった。私も内心の動揺を隠した。(略)

 

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 ここから後は、書籍の方をご覧くださいませ。

2005年10月08日

熱はいらんかね?

 「経営予測エイジ」 9月号経由、日刊工業新聞8月3日付の記事より。

 

 最近はほとんど見かけなくなりましたが、僕が小さいころは、氷屋さんというものが街にありました。そこで氷を注文すると、大きな氷のかたまりをトラックの荷台に乗せて、注文先まで持ってきてくれます。たしか地蔵盆のときに、缶ジュースを冷やす用に持ってきてくれたのを見た記憶があります。

 

 氷屋さんは冷えた氷をトラックで運んでくれるのですが、今回ご紹介する記事は、工場からの廃熱をトラックで回収し流通させる新しいビジネスです。

 

 熱を蓄えるための特殊なコンテナをつんだトラックに、工場から出た廃熱を取り込みます。この熱をもとにして、冬の暖房用に利用するほか、吸収式冷凍機というものに利用して、夏でも冷房用に活用できるようです。

 

 さらに廃熱は、CO2の排出量が計上済みの付加価値が高い熱源だということもあって、事業家に向けた動きが活発になっているそうです。

 

 記事によると、三機工業という会社が、ドイツの技術を利用して事業化に取り組んでいます。(他にも神鋼環境など。)廃熱の温度は58度。現在のところは冷房用途には使えないようです。この方式では、酢酸ナトリウムを蓄熱材に使い、30トンのコンテナ車1台で、100戸のマンション1棟の一日分の光熱費がまかなえ、価格のほうは1コンテナ分の廃熱で、1万5千円程度を想定。

 

 これまで、廃熱を再利用するという考えを耳にしたことは何回かありましたが、トラックに熱を乗せて運ぶという方法自体知らなかったし、すでに実用段階まで進んできているというのは驚き。

 

 これ、技術が進めば、そのうち氷屋さんのように廃熱を配達するトラックが登場することになるのかなあ、と想像してみると面白いです。

 

2005年11月14日

日本語と著作権と知財とプリオン病

 僕の主な読書タイムは朝夜の通勤電車ですが、先月に引越しをして以来、朝の電車が超ラッシュとなってしまい、読むだけの余裕スペースがありません。

 ピークの7時半~8時半の時間は避けているのですがそれでもぎゅうぎゅう。

 そんな環境の中、最近の読んでみた書籍のご紹介です。

 

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日本語の作文技術
」(著:本多勝一、出版:朝日文庫)

 この人の作文解説の本は以前にも紹介しましたが、やっぱりこの本はすごいなあとつくづく感じます。僕の勝手な思い込みかもしれませんが、いわゆる理系と呼ばれる人には、作文に対して苦手意識のある人がわりと多いと思います。たぶんその理由は、なんとなく作文とは感覚的なものだという認識があるからだと思うのです(僕がそうです)。本書を読むと、いくつかのシンプルな規則にもとづいて、きわめて論理的に文章を組み立てていけます。さあっと流し読みするだけでも作文のレベルが一段階上がるはず。本書の後半で登場する「文体とリズム」の章の境地には、僕はまだまだ届いていません。

 

著作権とは何か ―文化と創造のゆくえ
」(著:福井健策、出版:集英社新書)

 僕の勝手ごとを言えば、この本に出会うタイミングを誤ったなあという気持ち。著作権を学ぶ1冊目としてすごく適していると思います。著作権に関する書籍としては、他に「著作権の考え方
」(著:岡本薫、出版:岩波新書)という良い本があります。そちらは権利の分類の説明からはじまる比較的かための印象のものですが、本書では、世間で話題となった事件を実例として数多くあげて、これを題材に説明を加えていきます。「どこまでも行こう」「ライオン・キング」「チーズはどこへ消えた?」「脱ゴーマニズム宣言」などなど、こんな事件があったんだと感じつつも、肝心の著作権とは一体どういうもの? の部分もかなり分かりやすく書かれてます。本書の次に「著作権の考え方」という順で読んでみると面白いかも。

 

知財戦争
」(著:三宅伸吾、出版:新潮新書)

 知的財産に関わるさまざまなトピックを広くさらって解説した本です。始めの方は、遺伝子スパイ事件や青色ダイオード裁判など、まあよく聞く話題。個人的には、5章で紹介される、日本の特許審査の仕組みとその実態がすごく面白い。出願から審査までの待ち時間が非常に長い(平均2年半)というのはよく聞く話ですが、さらに、特許庁と一部大手企業との間で、審査終了の時期を企業側に都合よく調整する運用がなされているというのは知らなかったです。その上で、著者の提案する、修正実体審査(他国で特許が成立していれば自動的に自国でも特許が成立する制度。シンガポールで導入されている)はよさげな制度です。ほか、知財を処理する人材についての話も、なかなか触れられることの少ない話題だけに、面白く読むことができます。

 

プリオン病とは何か
」(著:ピエール=マリ・ジェンド、訳:桃木暁子、出版:文庫クセジュ)

 とにかく翻訳が分かりにくい・・。途中で読むのギブアップしてしまいました。ごめんなさい。

 

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2005年12月02日

心臓の鼓動で侵入者を検知せよ

 経営予測エイジ 11月号経由、日刊工業新聞10月24日付の記事より。

 

 人間を検知するための装置として、なんともユニークな方法を使った製品が発売されたそうです。米国のDKLインターナショナルという会社が開発した、「DKLライフガード」という名前の製品。どうやら、人間の心臓の鼓動をキャッチして、侵入者などの検知を可能にしているようです。

 

 DKL社のページに該当の製品の写真が載ってますね。見た目はサブマシンガンにそっくり。先端部に金属製のアンテナがついていて、この部分が水平になるようにして持ち、自分の周囲を旋回させて使うようです。もし周囲に人がいた場合、可動式になっている先端のアンテナが、常に人のいる方向を指し示し、これで人間のいる方向が判別できるようになります。

 

 いったいどういう仕組みでこんなことが可能になっているのか。その秘密は、人間の心臓の鼓動で発生する、微弱な電場にあるのだそう。記事によると、「探索者と他の人間の2つの電場が融合し、電場が楕円状に伸びた形になる」という現象を利用すれば、検出が可能なのだそうです。

 

 その性能は、原っぱや森では約500メートル先、水上では約3キロメートル先まで検知可能。よく住宅の玄関などで見かける赤外線センサーの範囲がせいぜい10メートル前後だということと比べると、かなり広範囲まで使えますね。

 

 気になるお値段は1台300万円。

 民間のセキュリティ用途のほか、災害時の人命救助や、湾岸ターミナルでの密航者のチェックなどのにも使われているそうです。

 

 記事を読んだ直後、これってなんだかダウジングみたいだなあ・・という感想を持ったわけですが、ひょっとすると、実際のダウジングの原理もこれと同じなのかもしれないですね。リンク先をちゃんと読んでないので、当てずっぽうで言ってますが;

 


【参考リンク】

 DKL International, Inc : http://www.dklabs.com/

2005年12月17日

飛行機でハリケーンに飛び込む

 Nature Digest
12月号より。

 

 今年は、大西洋を襲ったハリケーンは、これまでの中で最も活発な年でした。これを受けて、ハリケーンの進路や強さを予測することへの注目が急激に高くなっています。

 

 ここ数十年の間で、ハリケーンのたどる進路の予測については大幅に進歩してきたのですが、一方で、ハリケーンの強さがどのように変動するのか、といった予測については、比較的遅れた状態だったようです。

 

 そんな中、ハリケーンの全体的な挙動を理解しようと、大規模な研究計画が打ち出されています。

 

 その計画の名前は「ハリケーン降雨帯強度変化実験(RAINEX)」。これが利用するのは、航空機をつかった観測データとコンピュータモデルです。つまり、観測装置をのせた航空機をハリケーンの中心部にむけて飛ばし、観測データを集めるのだそうです。

 

 そういう意味では、今年は研究者たちにとっては「理想的」な年だったようです。今年の9月にやって来た「リタ」は、最大でカテゴリー5にまで達しました。リタがカテゴリー2にまで弱まったとき、3機の調査用の航空機がハリケーンの中央に向けて飛行しました。これまでの調査によると、ハリケーンの成長は、目と降雨帯とのあいだの相互作用が大事だと分かっているようです。飛び立った飛行機のうち、1機は目を横切るように飛び、1機は降雨帯の内側に沿って飛び、もう1機は降雨帯の外側に沿って飛びました。

 

 ハリケーンのなかに飛行機でつっこんでいくなんて調査法は初めて聞きました。

 ちなみに、カテゴリー2というと大したことのない規模のように思えますが、風速でいうと43~49m/秒、日本の分類にそのまま当てはめると、「強い」とか「非常に強い」に分類される規模だそうです。(厳密ではないですが。)そんな中でそもそも飛行ができるってこと自体がまず驚きですね。

 

 ただ、この調査ではハリケーンの立体的な構造をとらえるにはまだまだ不十分なようです。無線のついた投下ゾンデという装置を飛行機から適当なタイミングで落とすことで、垂直方向のデータを集めたりもしているようです。

 

 こうした調査でどのような成果が得られるのか、面白そうなところですね。

 

【参考】

・ウィキペディア:台風
ハリケーン

2006年01月06日

視覚世界の謎に迫る

視覚世界の謎に迫る
 たまたま本屋さんで手に取り、かなりおもしろいなと思った書籍のご紹介です。
 実はまだ思いっきり読みかけですが。。
 
視覚世界の謎に迫る ―脳と視覚の実験心理学
(著:山口真美、出版:講談社ブルーバックス)
 
 著者は、赤ちゃんの視覚の発達過程を研究している方です。人間は視覚をもとにどのように主観的な世界をつくりあげているのか? というたいへん難しい問題に対して、著者たちは、乳児をターゲットにして、実験心理学の手法をもちいた研究を行っています。
 
 かつて研究者たちの間で信じられていたことは、「新生児は眼も見えず耳も聞こえない」ということだったのですが、乳児を対象とした実験心理学が確立されたことにより、新生児でも、たいへん優れた視覚能力を示すことがわかりました。本書では、赤ちゃんは「動き」「空間」「形」「顔」などをいったいどのように認識しているか、といったことに関連したさまざまな実験と、そこから得られた成果を紹介しています。
 
 その中の一つ、「動き」を見ることに関するお話。
 ふつう、僕たちがものを見るときは、ゆっくりと、見る対象を眼の中心にあわせて見ます。一方で、たとえば突然目の前にボールが飛んできたときは、とっさに顔を動かすなどして避ける行動をとります。こうした2つのものの見方は、いずれも同じ眼からの情報ですが、実はこれらの情報は脳の別の場所で処理されています。
 
 ゆっくりと見る情報は「大脳皮質」という部分で処理されます。ここ部分は、高度な認識や判断をつかさどります。一方で、緊急な情報は「大脳皮質下」という部分で処理されます。ここには、反射に近い、意識にのぼる前の行動をとりまとめる役割があります。
 
 進化的に見れば、大脳皮質下の機能(動きに対する処理)のほうがより古く、発達の早い段階で現れる能力であると言われています。迫ってくる障害物を避けるのは、生きるうえで特に欠かせない行動だからです。実際、新生児期の赤ちゃんを対象にした実験によると、視力そのものは大人と比べてきわめて低いにもかかわらず、近づいてくる物体のアニメーションを見せられると、それに対し眼を閉じるなどの防御反応を示したそうです。
 
 このように、赤ちゃんのものの見え方には、大脳皮質下が大きく関わっています。一方で、大人のほうは、大脳皮質大脳皮質下の両方が連合したものの見方をしています。動きのほかに、大脳皮質のはたらきが関わる、形や奥行きなどの認識を行っているのです。
 
 
 さて、このような話を読んでいて、綺麗山さんのブログで知った「チェンジ・ブラインドネス」の話を思い出しました。(しんりの手 fc2変化には気付くけれども何が変わったかは指摘できない
 
 チェンジ・ブラインドネスは僕がすごくおもしろいと思っているネタのひとつです。簡単に説明すると、チェンジ・ブラインドネスとは、間違い探しのような2枚の画像を、一瞬の空白の時間をおいて交互に繰り返し見せられると、間違いの箇所を指摘するのにえらく時間がかかってしまうという現象のことです。ここで試せます。むちゃくちゃ簡単な間違いなのに、なかなか発見できないというのが笑えます。
 
 そして、この現象に関してとくに面白いのは、「何か違うぞ」と気付いてから、それが具体的にどこかを指摘するまでに、いくらかの時間差があるということです。僕も試してみたわけですが、複数あるうちの何枚かの画像で、実際にこの時間差を自覚することができました。(僕はdinnerの画像が顕著でした。)
 
 そこで本書の内容から連想して、このようなギャップこそが「大脳皮質下だけが違いを認識できている瞬間」なんじゃないかと思うわけです。つまり、画像が切り替わった瞬間に、2枚の違いを、「動き」として認識したんじゃないか。実際、画像の切り替えの際に挿入される空白の時間(gap)を短くすると、間違いに気付きやすくなりますね。動きとしての認識のしやすさにギャップ時間が関わってるのかもしれません。

2006年01月07日

プリオン説はほんとうか?

プリオン説はほんとうか?
 ブルーバックスの書籍のご紹介をもう一冊。

プリオン説はほんとうか? ―タンパク質病原体説をめぐるミステリー
(著:福岡伸一、出版:講談社ブルーバックス)

 プリオンといえば、スクレイピー病、狂牛病、クロイツフェルト・ヤコブ病といった病気(伝達性スポンジ状脳症)の病原体として広く知れわたっている物質です。プリオンという概念が登場するまで、生物学には、「病原体とはすべて遺伝子をもつ物質である」という考えがその大原則にありました。しかし、プリオンにはこの原則に真っ向から逆らうような特徴があり、「遺伝子を持たない、タンパク質だけからなる」ということが明らかになりました。

 プリオンが病気の犯人だとする「プリオン説」は、当初は、まったくの奇説のように聞こえました。ですが、やがてこの説を支持するような実験データが続々と登場し、この説に賛成する研究者が多くなりました。そして、1997年、このプリオン説を提唱したスタンリー・プルシナーは、ノーベル生理学・医学賞を単独受賞しました。

 ですが、プリオン説には、不明な点や、おかしな現象があるという点が指摘されています。そこで本書では、そもそもプリオン説とは何か? そしてプリオン説にはどのような弱点があるか? どのような代替案が考えられるか? といった点を考察していきます。

 かつてプリオン説が世界中の話題をさらった背景には、プルシナーの大胆な営業努力があったようです。この人物は、タンパク質からなる病原体の存在が確定しないうちに、これに「プリオン」という名をつけ、メディアをうまく使って自説をアピールしました。このときには、プルシナー独自のアイデアというものはほとんど含まれていなかったにもかかわらず、「プリオン」という何とも得体の知れない響きの言葉の力を得て、この説は一斉に各メディアで報じられました。その勢いは強く、一時は「ノーベル賞ほしさの売名行為」とゴシップ記事が書かれるほどだったようです。

 もちろん本書では、プルシナーの手口や人間性うんぬんの話と、プリオン説の正当性の部分とは切り分けて考察を進めます。プルシナーの提示したデータやその他の実験結果をもとに検証をしてみると、プリオンタンパク質が病原体そのものであると断定するには、まだまだ不確かな点が多いということに気付かされます。もちろん、プリオンタンパク質が病気の進行に大きくかかわっているということ自体は間違いないと思われるのですが、可能性としてみれば、プリオンタンパク質が病気の原因というよりも、むしろ感染の結果生じた現象(病原体の足跡)というシナリオだって考えられるのです。

 さて、本書は上記のような検証のほかにも、前半部分で述べられている、この病気の存在が認知されだんだんと明らかになっていく経緯に関しての記述が、たいへん簡潔にまとめられていて面白い内容だと思います。

 本書は、タイトルにもあるように、まるでミステリー小説のような雰囲気が漂う一冊になっています。おそらく、理科系の文書にしてはやけに表情を感じさせる著者の文体のためかもしれません。ひょっとすると人によって好みが分かれるところかも; それにしても、専門性の高い内容が次々と登場してくるにもかかわらず、この分野のビギナーでも理解できるような言葉をうまく選んで文章を書けるというのは見習いたい点です。

2006年01月11日

種子に細菌をとじこめる

 経営予測エイジ12月号経由、日刊工業新聞11月22日付の記事より。

 植物については僕はちっとも予備知識はないのだけど、なんだかおもしろい発想だなあと感じ入った記事なので、ご紹介。

 種子に関するあたらしい技術について。

 

 近年、レタス農家の頭を悩ませている問題に、「ビッグベイン病」というウィルス性の病気があります。ビッグベイン(Vein=葉脈)という名から想像つくように、この病気に感染したレタスは、葉脈に沿った部分の緑色が薄くなり、葉脈が太く見えるようになります。この病気に感染したレタスは葉が巻かなくなってしまうため、商品としての価値が大きく下がってしまうそうです。

 

 この病気の対策としては、抵抗性のある品種を導入したり、農薬・土壌消毒を行ったりする方法のほか、「内生細菌」と呼ばれる微生物をつかう方法が考案されています。内生細菌とは、「植物に病気は起こさないが、感染・増殖することができ、植物の表面を殺菌したうえで分離できる細菌」のことです。いわば善玉菌の役割をもつ細菌。適切な内生細菌にレタスを感染させてやると、ビッグベイン病感染の媒介となるオルピディウム菌という細菌が内生細菌により殺菌され、感染を防御することができるそうです。

 

 ですが、この方法には「手間がかかる」というデメリットがあります。農場一帯に散布する方法や、根元に散布する方法が考えられるのですが、どれも手間がかかってしまいます。

 

 さて今回、近畿中国四国農業研究センター、兵庫県立農林水産技術総合センター、サカタのタネが公表した内容によると、こうした内生細菌を、生きたまま種子の中にコーティングする、「ライブコート」という技術が可能になったとのことです。ふつう、コーティングという技術は、そのままでは小さすぎて蒔くのが面倒な植物の種子の形をととのえたり、あるいは薬剤をコーティング材料に混ぜて発芽を促進させるといった目的のために使います。この技術を応用して、微生物をそのままコーティング材料に閉じ込めたのです。

 

 でも、普通に考えたら、「水分がないと死んでしまう細菌」と「水分があると発芽してしまう種子」を一緒にするなんてどう見たって矛盾しています。そこで、この技術では、減圧環境で細菌を種子に入れて、さらに低温・除湿の環境でゆっくりと乾燥させてやるそうです。こうすると、細菌の乾燥に対するストレスを減らし、生きたままコーティングすることが可能になるのだそうです。

 

 こうしてコーティングされた種子は、現状で約3ヶ月間の貯蔵が可能です。そして、この技術は、レタス以外にもさまざまな植物に対して応用できる可能性があり、かなり大規模な効果がのぞめるということです。

 

【参考リンク】

サカタのタネ ニュースリリース:

http://www.sakataseed.co.jp/hotnews/2005/051121.html

2006年01月25日

産みの親ザルか、育ての親ザルか?

ニホンザル
 以前にも取り上げた、ブルーバックスの「視覚世界の謎に迫る ―脳と視覚の実験心理学」より、なんとも面白げな箇所があったので、クイズの形式にしてご紹介です。

 人間は、顔を区別するということにものすごく高い能力を持っています。以前に一度だけ見たことがある人物や、長らく会っていないような人物であっても、顔の細かな配置の違いを見出し、識別することが可能です。このような能力は、成長を追ってゆっくりと発達していくことが知られています。

 さて、こうした顔認識の能力にとって、「経験」とはどのぐらい重要なものなのでしょうか。もし、生まれてすぐに別の種に育てられたとしたら、子どもの顔認識はすり替わってしまうのでしょうか。

 もちろん人間の子どもを使ってこのような実験をすることは許されません。そこで、サルを対象にして、産みの親と育ての親とを人為的に交換する実験が行われたそうです。

 ニホンザルの赤ちゃんをアカゲザルの母親に育てさせ、アカゲザルの赤ちゃんをニホンザルの母親に育てさせるという実験を行ったのです。ニホンザルとアカゲザルは、交配も可能な非常に近い種です。

 そうして育てられたサルに、産みの親と育ての親、どちらの種のサルの顔を好むかを調べました。もし正しい種の親のもとに育っていれば、自分や自分の親と同じ種の顔を好みます。はたして、別の種の親が育てた場合、好みは入れ替わるのでしょうか?

 ・・・さて、結果はどうだったでしょう? ちょっと想像してみてから、以下をどうぞ。


 ニホンザルは、育ての親であるアカゲザルの顔を好み、アカゲザルは、産みの親であるアカゲザルの顔を好むという結果が出たのだそうです。つまり、両方の種で結果が正反対だったということです。

 なぜこんな現象が起こったのか? この実験を行った研究者たちの推測によると、両方の種類のもともとの生育環境に違いがあるのが原因なのだそうです。

 島国の日本で育つニホンザルは、他種と接触する機会が少ないため、同じ種を認識する能力が多少あいまいであっても他種と交配する恐れはありません。そのため、他種である育て親の影響をそのまま受け入れたということができます。

 インドや東南アジアに分布するアカゲザルは、もともと他種に接触しやすい環境に育ちます。このため、他種との交配の危険を避けるために、同じ種を正しく見分ける能力が必要とされ、育て親の影響は拒絶されることになったと言えるのです。

 産みの親と育ての親から受ける影響は種によって異なるという、何とも面白い実験結果です。

2006年02月10日

自殺の多い都道府県

 AERA 2月13日号より、かなり興味のわいた記事です。
 
 唐突ですが、問題です。日本の都道府県で、2004年までの10年間、自殺率第1位を続けている都道府県があります。2004年度の人口10万人あたりの自殺者数は39.1人で、全国平均の24.0人を大きく上回っています。それは一体どこでしょうか。
 
 東京都? 大阪府? ・・・正解は、秋田県(←ドラッグ反転)。
 
 はたして、この現象に、何か原因があるというのでしょうか。何となく考え付くのは、曇りや雪の多い気候が何か影響しているかもしれないという説明。ですが、特に冬の季節に自殺が多いわけではなく、風土が原因だという断定はできそうにありません。
 
 本記事では、この原因を示唆する、とある論文を紹介しています。American Journal of Industrial Medicine 誌に掲載された、Leslie London らによる論文。題名は「Suicide and exposure to organophosphate insecticides: Cause or effect? (自殺と有機リン殺虫剤への曝露:原因か結果か)」(Abstract
 
 この論文は、殺虫剤に曝された人々の自殺の死亡率、あるいは、人間・動物の中枢神経系の毒性試験についての研究をレビューした論文です。これによると、有機リン殺虫剤が普及しているアフリカやアジア、中南米などの農業地域で、有機リン慢性中毒による鬱(うつ)や衝動性行動、そして自殺が多発しているとのことです。有機リンは、人間の脳内のセロトニンのレベルに異常を及ぼします。そして、セロトニンレベルに異常が発生した人は鬱の症状や衝動性を示すようになる、ということがこの論文では指摘されています。
 
 上記に関連したニュースは、以前にこのブログでも取り上げました。「汚染物質と自殺率に関連あり?」の記事で紹介した調査では、アメリカ・ノースカロライナ州ヘーウッド郡のアスファルト施設や石油浄化施設からの排出された硫化水素と、近辺の住民の自殺率の増加(10年間で約3倍)とのあいだに関連がある可能性が指摘されています。有機リンと同様、硫化水素によっても、脳内のセロトニンのレベルに異常が生じ、緊張感・躁などの状態を引き起こすことが分かっています。
 
 さて、秋田県でのこうした殺虫剤の使用の度合いはどのぐらいなのでしょうか? 成分ごとの比較は困難です。単純に、ヘリコプターによる農薬空中散布の延べ面積をくらべた場合、秋田県の散布面積は年間十万余り~十数万ヘクタール、他の有力な米作県の数万ヘクタールと比べてたいへん多いです。
 
 ところで、本記事の著者は、実際に秋田を訪れ、具体的なケースについての聞き取りを行ったそうです。すると、たしかに、自殺者が経済上の問題をかかえていたというケースも存在するのですが、一方で、周りのだれにも思い当たるふしがない自殺、いきなりの自殺、発作的な自殺が、多く見受けられたとのことです(聞き取り数が7件なので、これが一般的な傾向だとは決して言い切れませんが)。
 
 僕の認識では、自殺者には何らかの(少なくとも本人にとっては)大きな理由を抱えているはずで、周りの誰にも理由がまったく思い当たらないケースなんてのはほとんどないものだと思っていました。(もちろん、人の真の考えなんて誰にも分からない、というのは正しいとは思いますが。)ですので今回の聞き取りの結果はほんとうに意外に感じるところです。
 
 より大規模な調査が行われてほしいものです。

2006年02月26日

人の気分は些細なことで簡単に左右される

Mind Hacks
 書籍紹介。

 オライリージャパンという出版社の HACKS シリーズといえば、IT系の職種の方なら誰もがご存知のはずのシリーズです。「Google Hacks」「XML Hacks」「BSD Hacks」など、いろんなソフトウェアを使いこなすためのテクニックが詰まったシリーズです。で、今回のご紹介するのは、このシリーズの異色とも言えるこれ。

「Mind Hacks―実験で知る脳と心のシステム」
(著:Tom Stafford、Matt Webb、訳:夏目大、出版:オライリージャパン)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4873112710/249-8927361-7780333

 本書では、簡単にできる心理の実験を通じて、僕たちが普段いかに自分の脳に騙されているか、といったことを紹介していきます。そしてこのときの脳にいったいどんなことが起こっているのかを解説します。

 なんだか「マインド(精神)のハッキング」というと、「催眠術やマインドコントロールの方法が載ってるの?」とつい思ってしまうわけですが、むしろこの本の趣旨はそれとは逆で、いかに自分の脳が自分の考えの通りにならないものか、ということを僕たちに教えてくれます。

 たとえば視覚に関して一般的にもよく知られているのは目の錯覚ですね。本書では、視覚の他にも、聴覚・運動・推論・記憶などなど、およそありとあらゆる分野にわたって話題が繰り広げられます。当ブログで以前に紹介したトピックについてもいくつか扱われていて、ついついニヤリとしてしまいました。

 手ごろに楽しめる実験が本当に数多く載せられているので、つい周りの人に試してみたくなることと思います。僕としては、お昼ご飯の時間の雑談のネタ帳という感じかも。

 最後に、特に面白かったトピックを選んで紹介しようと思ったのですが、どこの部分にしようかかなり迷ってしまいました。悩んだ末、最後の章の「他者との関係」からご紹介。ここの章の話題は、比較的すみやかに僕たちの行動に応用できやすい内容かもしれません。そういう意味では、世間で思われる「ハック」のイメージに最も近いかも。

■ 人の気分は些細なことで簡単に左右される

 John Bargh、Mark Chen、Lara Burrows が行ったこんな実験。心理学専攻の学生30人に、次のようなパズルをやってもらった。いくつかの英単語を提示した上で、これらを並び替えて正しい文をできるだけ早く作ってもらうというパズルだ。被験者の半分には、ひそかに、"careful"、"ancient"、"retired" といった、高齢者と結びつきやすい単語を多く提示した。残りの半分には、特定のイメージと結びつかない中立的な単語を示した。パズルを終えた被験者はその後、廊下をわたってエレベータに向かって歩いてもらう。このとき、被験者には知らせずに所要時間を計測した。高齢者と結びつきやすい単語を多く見た被験者は平均で8.3秒かかった。中立的な単語を多く見た被験者は7.3秒だった。一般に高齢者の特徴である「動くのが遅い」という特徴を、被験者は実践したというのである。

 また別の実験では、被験者の一部に、"aggressively"、"intrude"、"brazen" といった、行儀の悪い態度と結びつきやすい単語を混ぜた。パズルを終えた被験者は、部屋を出て担当者に終了したことを報告するよう指示されていたが、担当者は別の人とおしゃべりさせておく。このとき、行儀の悪い態度と結びつきやすい単語を多く見た被験者は、その60%が10分以内に、報告のためおしゃべりに割り込んだ。一方でそうでない被験者は、10分以内に割り混んだ者は15%のみだった。

 ついつい自分のような年齢になってくると、「自分の心の動きぐらい、自分でちゃんと観察してるし、コントロールもできるよ」なんてことを考えるようになってしまうわけですが、それは単なる希望的な観測に過ぎないのかなあ、なんてことを感じてしまう実験です。

2006年03月05日

考える脳 考えるコンピューター

考える脳 考えるコンピューター  書籍紹介。ここしばらくでいちばん感銘を受けた本だと思います。
 
 「考える脳 考えるコンピューター
(著:ジェフ・ホーキンス、サンドラ・ブレイクスリー、訳:伊藤文英、出版:ランダムハウス講談社)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4270000600/249-0042221-1557163

 本書は、人間の脳の中で、知能とははたしてどのようにして実現されているのか、という疑問を解き明かす内容です。さまざまな部分が脳にはありますが、その中で本書がおもに注目するのは、脳のいちばん外側にある大脳新皮質という領域です。一般に、大脳新皮質は高等な哺乳類でその比重が大きく、理性や知性といった機能をもつ領域であると言われています。たとえば、言葉をあやつったり、計算をしたり、音楽を演奏したり、複雑な物事について思考をめぐらせたり、さまざまな動物の中で、人間だけが行うような動作をするときに活発に活動する領域です。

 さて、こうしたことから僕たちがなんとなく想像するのは、「複雑な思考を可能にする領域なのだから、大脳新皮質というのはさぞかし複雑な、込み入った構造をもつ組織なのだろう」といったことです。実際、たくさんの研究者たちが、脳を解明すべくさまざまなデータを集めているのですが、その道のりは決して容易ものじゃありません。本書中の次のたとえはあまりにお見事だと思いました。

 「脳の解明」というジグソーパズルは、とりわけやっかいだ。(略)どのぐらい難しいかを実感してもらうために、数千ピースのジグソーパズルを思い浮かべてほしい。しかも、ほとんどのピースが二通り以上に解釈できる。(略)どのピースもカッティングがまずく、二つがかみ合うのかどうかさえ判断できない。(略)毎月、パズルのメーカーから新しいピースが送られてくる。新しいピースのいくつかは、古いピースの改良品だ。「お知らせ」も同封されている。「古いピースで何年もパズルに取り組んでこられたことと思います。ところが、このたび、それらは不良品であることがわかりました。申しわけありませんが、今回の新しいピースに交換してください。さらに不良が見つかった場合には、また連絡します」と書いてある。

 本書で著者がこころみているのは、このような状況において、いわばジグソーパズルの全体像を構築するための仮説を与えるということです。彼が「記憶による予測」と呼ぶモデルをもとに、大脳新皮質のふるまいを説明していきます。

 ちょっと紹介。著者が引用する、神経科学者マウントキャッスルの論文によると、そこでは次のようなアイデアが述べられているそうです。それは、新皮質が実行するあらゆる処理において、じつはみな同一の計算手段が用いられているということです。色彩・模様・形状・奥行きといった視覚も、高低・リズム・音色といった聴覚も、そのほかに触覚なども、みな、新皮質において同じ処理のされかたに従うというのです。

新皮質の階層の新たな解釈  そのような考えにもとづく新皮質の新しい解釈というのが図。

 図のひとつの四角が実際の脳のある領域に対応しているのだけど、これらの基本的なふるまいはみな同じというのがこの考えです。それぞれの脳領域は、ある特定の概念に反応することで活発に活動します。たとえば、ラの音程や、30度傾きの線といった細かな部分に反応して活発になるも領域もあれば、あるいは、好きな曲のサビ、知人の顔など、より広い概念に反応する領域もあります。そして、それらの領域は互いにつながりを持っています。図でいうと、下位のほうにより詳細な概念、上位のほうにより広い概念がくるように、それぞれがつながり、組織を作っています。

 そしてこれは、僕たちの現実世界のものの見かたと非常によく対応している構造だと言えるのです。

 人間が認識するあらゆる物体は、部分にわけることができる。そして、つねに一緒にあらわれる部分によって、その物体が認識される。(略)顔が顔であるのは、二つの目、一つの鼻と口が、いつも一緒にあらわれることによる。目が目であるのは、瞳孔、虹彩、まぶたなどが、つねに同時に存在するからにほかならない。同じことは、椅子にも、車にも、公園にも、国家にも当てはまる。そして歌も、一連の音程がかならず時間のシーケンスとして順番にあらわれるからこそ、歌といえる。

 僕は本書にはいろいろなところで感じ入ったのだけど、個人的にはこのあたりが一番のところでした。新皮質は、現実世界の「全体・部分」の階層の関係を、そのまま領域どうしのつながりとして保持している。だけど、そのそれぞれの細胞は、その概念が上位なのか下位なのかといったことには関わらず、自分の下位にいる細胞・上位にいる細胞とそれぞれ影響をおよぼしあうという点で、みなふるまいは共通している。

 これを読んでなんとなく湧いたのは、僕たちにとって「ものを理解する」というのは、まさにこうした概念のピラミッド構造を組み上げていくという行為なんだなあ、というイメージ。そして、ふだん僕たちが「思考する」とき、いったい何を考えているのか? をより明確に意識できるガイドになるかなと思いました。

 この記事中では紹介できなかったけど、本書では、「記憶による予測」のモデルとはいったいどういうものか、について、きわめてシンプルなこのモデルについての説明が述べられます。何回かかけて読み返したいなあと思いつつ、会社の同期からずっと借りっぱなしなのでいい加減に返却しないといけません。;

2006年04月01日

学びのための書籍2冊

 最近読んだ書籍2冊のご紹介。
 なんとなく似たような雰囲気のタイトルですねえ。

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99・9%は仮説 思いこみで判断しないための考え方99・9%は仮説 思いこみで判断しないための考え方」(著:竹内薫、出版:光文社新書)

 科学的思考の重要さを説く入門的な本。語り口調の文体と巨大なサイズの文字でお気軽に読むことができます(文字を小さくしてそのぶん安くしてよ、と感じますが;)。本書でくりかえし主張される要点はいたってシンプルです。簡単にいうと、僕たちの常識や世界観とは仮説の積み重ねにすぎず、180度ひっくり返される可能性をつねにもっている。そして、僕たちはこの存在を自覚して、必要なときには前提の仮説をはずしてものを考えないといけない、ということ。人によっては、こういう話を聞くと「そんなの当たり前やん」と感じることもあると思うけど、自分の頭の中の仮説をはずす、という行為がいかに難しいことであるかは、本書で挙げられる科学の世界の歴史をみればすぐに理解できるでしょう。

 本書では、いろんな読者がスムーズに理解できるよう配慮してか、科学の舞台での実際のケースをとにかくたくさん挙げています。これらの豊富な話題だけを切り出してみてもかなり面白いです。冒頭にある飛行機の話(飛行機が飛ぶ原理はじつはまだちゃんと理解されていない)や冥王星の話(冥王星はじつは惑星とはいえない)など、自分のネタ帳にストックしておきたくなるトピックが多くあっておもしろいです。

畑村式「わかる」技術畑村式「わかる」技術」(著:畑村洋太郎、出版:講談社現代新書)

 「失敗学」や「直観で分かる数学」なんかでよく知られている著者が書いた、「わかる」ということのしくみや活用方法を解説した本。とても平易な文体なのですぐに一読できるはずです。本書でもっとも肝となる概念が「テンプレート」、すなわち知識や過去の経験をとりこんで作った、要素と構造についてのモデルです。ふだん僕たちは、目の前の事象と頭の中のテンプレートとのあいだで一致を無意識に見出そうとしていて、一致してることが見つかったときの感覚が「わかる」なんじゃないか、と本書では述べられています。

 僕たちはみな頭の中に膨大な数のテンプレートを持っているのだけれど、ここでいちばん大事なのは、これらの中に共通して含まれる普遍的なことがらを「上位概念」として抽出するという行為にあるということ。こうした概念を持っているからこそ、初めて目にするよく分からない対象も、思考をショートカットさせて「直観的理解」をすることが可能になります。一方で、こうした理解を試みずに歳をかさねた人は、たんに経験の回数が多いだけで、「知っている」「やったことがある」レベルのノウハウしか頭にない、いわば「偽ベテラン」の状態といえるのです。

 本書は、ふだんから「わかるってどういうことだろう」を何となくでも考えていた人にとっては、漠然としていたイメージを明快な文章で指摘してもらえた気分になるでしょうし、一方でまったく意識していなかった人にとっては、新鮮な視点を得ることになると思います。

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2006年04月28日

アルキメデスのらせんに先人あり?

 Nature Digest 4月号より、不思議な幾何学的な模様が壁画に発見されたという記事です。

 その壁画は、エーゲ海にあるサントリーニ(ティラ)島にあるアクロティリ遺跡にて、現在も発掘が行われています。この地では、かつておよそ紀元前1650年頃にミノア人が生活しており、当時に起きた火山の大爆発のため、多くの建物が火山灰の中に閉じ込められたといいます。

 さて、今回その壁画で見つかった模様とはいったい何なのか? ・・・その答えは「らせん模様」です。

 ふつう、らせんというのは、一般に次の式を用いて表現できます。

 x = R(θ) × cos(α(θ)),
 y = R(θ) × sin(α(θ)).

ここで R(θ)はθについての単調増加関数、α(θ)は任意の関数です。当然らせんには様々なものが考えられるわけですが、その中でも特に有名なのは次の3つです。(a,b,φは定数。)

(1) アルキメデスのらせん
 R(θ)=a×θ, α(θ)=θ-φ.
(2) 伸開線
 R(θ)=a×√(1+θ), α(θ)=θ-arctan(θ)-φ.
(3) 対数らせん
 R(θ)=a×eb×θ, α(θ)=θ-φ.

 このうち、(2)伸開線は、円筒に巻いた糸をたるまないように引っ張りながらほどいていったときにできる線に相当することが知られており、また(3)対数らせんは、よくある貝殻の模様で目にすることができます。いずれも、僕たちが自然界で見ることができる図形です。

アクロティリ遺跡壁画
 今回、アクロティリ遺跡で見つかったらせんとは、(1)のアルキメデスらせんだったのです。右の図は原論文(Papaodysseus C., et al. Archaeometry, 48. 97-114:下記リンク参照)より引用しました。伸開線や対数らせんと異なり、アルキメデスらせんは、自然界のどこにも見ることができません。すなわち、この図形は、当時のミノア人が、きわめて進歩的で実用的な幾何学の知識を持っていたことを示唆しているのです。これまでの認識では、アルキメデスがこの図形を考案したとされるのが紀元前300年だったのが、それよりもはるかに以前の紀元前1650年に既に考えられていたことになり、従来の考古学者たちの認識と大きく異なる発見なのだそうです。

 さらにコンピュータによる解析によると、この壁画の図形は、厳密な数学的図形と比べても、3分の1ミリもずれていないとのこと。はたして古代ミノア人はいかにしてこのような優れた作図方法を開発したのか? 議論が盛んになるところです。

【参考サイト】
DISTINCT, LATE BRONZE AGE (c. 1650 bc) WALL-PAINTINGS FROM AKROTIRI, THERA, COMPRISING ADVANCED GEOMETRICAL PATTERNS
(原論文)

2006年05月13日

考えすぎは判断ミスのもと(1)

 日経サイエンス
6月号経由、Science 2月17日号より。「考え過ぎはかえって良くない」という経験則は本当か? を確かめる実験が行われたそうです。

考える人
 オランダ・アムステルダム大学の Ap Dijksterhuis らは、次のような実験を行いました。彼らは80名の参加者を集め、仮想の4種類の車についての性能一覧を見せました。そしてその後で、その中からもっともよいと思うものを選んでもらいました。

 性能一覧というのは、たとえば燃費が良いか悪いか・トランクが大きいか小さいか・新しいか古いかといった、各項目ごとの良し悪しを記した情報のことです。下記の参考リンクに実験に用いた性能一覧へのリンクを記しておきますので、よければどうぞおためしを。4種類の車のうちの1つは、性能項目のうち75%を肯定的な評価に設定しました(残り25%は否定的)。2つは50%の項目が肯定的で、1つは25%の項目だけが肯定的でした。つまり、妥当に判断をするなら、1番目の車をもっとも良いと回答するのが正しい選択だとみなすことができます。

 被験者は2つのグループに分けられ、被験者の半分は、4分間かけて考えてから答えを選ぶように指示されました。もう半分は、4分間、文字の並べ替えパズルをやらせた後で、すぐさま答えを選んでもらいました。

 さて結果はどうだったか。性能一覧の項目数が少なかった場合(4項目)は、じっくり熟考したグループの方が正しい答えを選ぶ割合が高かったのに比べて、項目数が多かった場合(12項目)は、パズルの後でぱっと選んだグループの方が正答率が高いという結果が出ました。

 熟考することがときに良くない判断をしてしまうということをこの実験は示していると言えます。こうした現象には、過去の研究からもいくつか理由付けがなされていて、一つに、私たちが人間が意識に上らせることのできるものの数(キャパシテイ)が多くないため、複雑な決定をするときにはどうしても情報の一部分だけを対象に判断してしまうということが考えられています。あるいは、考え込んでいるうちに、各項目に不完全な重み付けをしてしまい、特定の項目を大きく評価してしまうという点についても指摘されています。


 なるほど。これは僕自身もよく経験することです。一部分の項目のことだけが気にかかって、全体的な視点での判断に失敗してしまうという経験とよくマッチしているなと感じます。あるいは、著名な研究者のインタビュー記事なんかを読んでいると、「分からない問題に出会ったとき、一晩置いて、翌日ぱっとした瞬間に解決が思いつくことがある」というようなことを言ってるのを目にすることがありますが、いったん自分の頭の中の情報に対する重み付けをクリアしてから考えることで良好な結果が得られる、ということになるのでしょうか。

 元記事をよく見てみると、項目数が多いケース(12項目)で、4分間かけて回答したグループの正答率があまりに低いという点が少し気になります。正確な数字は書かれてないですが、グラフを見る限り、正答率25%を切ってます。ランダムに答えるよりも悪い正答率ってどうなの。

 この記事はパート2に続きます。

【参考リンク】
元記事(On Making the Right Choice: The Deliberation-Without-Attention Effect )
 http://www.sciencemag.org/cgi/content/abstract/311/5763/1005
実験に用いた車の性能一覧
 http://www.sciencemag.org/cgi/content/full/311/5763/1005/DC1

2006年05月14日

考えすぎは判断ミスのもと(2)

 前回 からの続きです。

 

 さらに、著者たちは、上記とは異なる別の調査を行っており、その結果を本記事で紹介しています。その調査は、買い物をする人々を対象に、どれを買うか決定するときの熟考の深さと、買い物の後でその品物に対してどのぐらい満足したか?という度合いとを比較しています。

 

 著者たちは2つのお店を選びました。1つは、IKEAという家具を売るお店(日本にもありますね)、もう1つは、Bijenkorfという日用品を売るお店です。このそれぞれの店頭で、買い物を済ませたお客にアンケートをとりました。このアンケートには、何を買ったか? 来店以前からそれ(買った物)を知っていたか? 決定の際にどのぐらい考えたか? といった項目が含まれていました。そしてさらにその数週間後には、同じお客に電話をかけて、買った物にどのぐらい満足しているか? の聞き取り調査を行いました。

 

 アンケートの結果をもとにして、集団を「熟考して決定したグループ」と「しなかったグループ」の2種類に分けてみると、面白い結果が得られたそうです。

 

 予期していた通り、Bijenkorfで買い物をしたお客について見ると、熟考して決定したグループは、そうでなかったグループよりも、決定後に満足している割合が高かったことが確かめられました。

 

 一方で、IKEAのお客については、それと正反対の現象、すなわち、あまり考えずに選択したグループの方が、購入後の満足の割合は高かったというのです。

 

 Bijenkorfで売っているのは、台所用品などの割と単純な品物で、一方でIKEAではかなり複雑な構成の品物を売っています。

 

 著者たちは、この調査でもやはり、対象が複雑なときは、意識的でない決定がより良い選択をもたらすということが示されたとしています。

 

 ということですが、ちょっとこの解釈ははたして本当に正しいのかな? と僕には疑問に思えてきます。この調査はあくまでも熟考と満足との間の相関を調べたのであって、その結果から、「熟考の深さが満足の高さ(低さ)をもたらすのだ」という因果関係を引き出すことはできないと思うのです。

 

 たとえばそれは、先の家具(IKEA)について言えば、アンケートで「熟考した」と回答したお客たちは、普段から多くのことに気をかけるという、どちらかというと神経質な性格である可能性が高いといえるわけです。そういった人なら、購入した後で、「やっぱりこの部分のデザインが微妙に気になる」というように、製品のあちこちの非常に細かな点について不満を感じやすいというのは、かなりあり得ることだと思うのです。そしてもちろんのこと、構造が複雑なものであればあるほど、そういった不満が起こる頻度は高いのでしょう。(チェックすべきポイントが多いのですから。)

 

 つまり、この調査は「熟考⇒不満」という因果関係を示しているのではなくて、「神経質⇒熟考、不満」という可能性だって十分にあり得るんじゃないかな、というのがこの記事で言いたかったことです。

 

 元記事の読み間違いだったらすみません。

2006年06月26日

プレゼン役立ちネタ

Life Hacks
 以前に本屋さんで買った本。刺激になる内容が多かったのでご紹介。

Life Hacks PRESS ~デジタル世代の「カイゼン」術~(出版:技術評論社)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4774127280/250-9511662-2722657

「ライフハック」という言葉があるそうです。
 一言でいうと、効率良く仕事をこなし、高い生産性を上げ、人生のクオリティを高めるための工夫やテクニックのことを総じてこう呼んでいます。

 多くの仕事に追いたてられている中、たくさんの情報の管理だけで多くの時間を費やしてしまったり、あるいは常に何かに追われている気分になったり、あるいはコミュニケーションの不足に悩んだり、そういう経験がある人は多いと思います。(あるいは慢性的にそう感じてるとか。)本書はこうした問題への具体的なアプローチを示します。

 本書では、いくつかのトピックが章に分けられて紹介されています。その中の1つ、PowerPoint を使ったプレゼンテーション・テクニックについての章から、「けっこう使えるかも」というネタがいくつかあったので、ここでご紹介。

【ネタ1】:言いたいことを3回言おう 

 日本人はプレゼンが下手だ、と言われることがあります。日本人の典型的なプレゼンテーションというのは、起・承・転・結のパターンに沿って、時系列的なストーリーをそのままの順で並べてしまうというパターンがそれに当たります。したがって、肝心の「結」の部分が、最後の最後まで示されないままにスライドが進行してしまい、結局なにが言いたかったのか、印象にあまり残らないまま終わってしまう、ということに陥ってしまいがちです。

 そういえば、僕が修論を書いたときに言われたことですが、できるだけ最初のほうに言いたい結論を持っていき、補足となる経緯などはそのあとで続けるかたちで書くのだ、ということを言われました。今までの自分の文章の書き方とは異なっていて違和感を感じましたし、その後でも、ともするとついつい前記のような「時系列的ストーリー」を書いてしまいがちになります。

 本書が勧めるプレゼンの方法は、言いたいことを「3度」話す。すなわち、「これから何を話すか」を伝えるために話し、次に伝えたい内容を話す。そして、最後にもう一度、話した内容のまとめとして話す。あらかじめ話すダイジェストにより、聞き手には「これからこういうことを話すんだな」という心構えができるから、多少の聞き漏らしや、難しい説明でも、落ちこぼれることなくついていくことができる、というわけです。

【ネタ2】:「B」キーを活用する方法

 プレゼンテーションモードでプレゼンを行っている最中に、キーボードの「B」キーを押すと、表示が真っ黒になります。おそらくこの機能をご存知の方はけっこう多いと思うのですが、一方で、いったいどんなシーンでこの機能を使うの? と感じるところがありました。僕のなんとなくの想像では、ホワイトボードにスライドを投影して使う際に、一時的にボードに説明の図や式を書きたいときに使うのかなあ・・ぐらいに思ってました。

 この機能の有効な利用法というのは、そうではなく、発表者が、スライドに書かれていない内容を話すとき、なかでも特に、自分自身を相手に強く印象付けたいときに、この機能を使うのです。

 聴衆に発表者を印象付けるべく強調して話しているとき、話してる内容と別の内容を示しているスライドというのは、聴衆にとって「余計なもの」でしかないわけです。余計なものを聴衆の目から隠すことで、聴衆に注目して欲しいモノ(つまり、発表者のせりふや表情)をコントロールすることができるのです。

 これはとても新鮮に感じたアイデアでした。そういえば、僕が大学院のときに研究内容のプレゼンをする際には、かかわりのある情報はできるだけスライドに書いておいて提示しておけ、ということをよく言われました。たしかに、これはこれで一つの方法であり、(特に大学教授のような、多くの情報から瞬時に本質を見切れる人々のグループにとっては)ひとつの有効な方法でしょう。あるいは、プレゼンのジャンルにもよるかもしれない。その一方で、全ての情報を並べきるのではなく、「重要度が低ければあえて提示しないことを選ぶ」というアプローチを考えてみることはなかなか面白いんじゃないかなあと思うのでした。

【ネタ3】:手のひらをひらひらと

ビルゲイツ
 これも、聴衆の視線をコントロールさせるためのテクニック。360°の視野の中から、どうすれば相手の注目を自分の表情に向けることができるか? という方法です。

 人間の視線は動きのあるモノに対してひきつけられやすいという性質を利用したテクニックです。プレゼンの際に、自分の手のひらの位置を、普段よりも上のほう、ちょうど両胸や両肩の前あたりに持っていって、説明をするというスタイルです。このあたりで手のひらがひらひらと動いていると、聴衆の視線は本能的にその位置に引き寄せられ、近くにある顔への注目も高まるというのです。

 右の写真は、ビルゲイツのプレゼンのシーン。こうしてみると、ごく自然に手の位置が胸の位置にいっていることが分かりますね。あと、写真を見ていて気がつきましたが、「暗めの色の服を着る」というのも、手と顔の存在をくっきりと目立たせるためにとてもよい手段なのかもしれませんね。

2006年08月23日

ゴッホは乱流の構造を知っていた

乱流
 Nature Digest 2006年8月号より、絵画と物理を結びつけたおもしろい研究です。

 ゴッホといえば、世界でもっとも有名な画家の一人です。「ひまわり」や「種まく人」の作品はあまりに有名です。彼は1853年にオランダに生まれ、37歳の1890年に、拳銃自殺により亡くなりました。

 さて、今回紹介する研究によると、ゴッホのいくつかの作品を数理的に解析した結果、絵画のいくつかに見られる渦巻きの表現が、現実の乱流にみられる統計学的特徴に正確に従っていることが明らかになりました。

 たとえばそれは、1889年の「星月夜」、1890年の「糸杉と星の見える道」、「カラスのいる麦畑」です。下記をクリックで見ることができます。

星月夜 http://www.moma.org/collection/printable_view.php?object_id=79802
糸杉と星の見える道 http://www.vggallery.com/painting/p_0683.htm
カラスのいる麦畑 http://www.vggallery.com/painting/p_0779.htm

 メキシコ国立自治大学の Jose Luis Aragon のチームは、これらの絵画のデジタル画像を使って、画像中のある間隔の2地点のピクセルが同じ輝度になる確率を計算しました。すると、この関係は、コルモゴロフ・スケーリングと呼ばれる確率分布にしたがうことが分かったのです。

 コルモゴロフ・スケーリングというのは、現代の乱流理論の基礎にもなっている関係で、乱流状態にある2地点の速度差のしたがう確率が、ある数式で記述できるというものです。(詳細は元論文をご覧下さい。)

 すなわち、上記の絵画において、ゴッホは乱流流体の形状について、きわめて正確な直観を得て描写をしていたと言えるのです。

 特に興味深いのは、上記の作品はいずれも、ゴッホが死にいたる直前の時期に描かれたものであること。この時期に、彼は精神障害におそわれ、幻覚や発作といった症状に見舞われていました。一方で、精神的に落ち着いていたとされるかつての作品には、こうした乱流の傾向は見られません。ひょっとしたら彼の精神の乱れが、流体の乱れの挙動への洞察を与えたのでは、と考えられるかもしれません。

 すぐれた芸術作品がもつ魅力の秘密を数理的なアプローチで探ろうというのはとても面白く感じられますね。もちろん、その秘密が単純な数式で表されたからといって、作者への評価や作品の価値が下がってしまうことには決してならないし、あるいは反対に、法則に当てはまらない他の作品が劣ったものと評価されてしまうのかというと、それもまた違うのだと思います。

 何よりも驚くべきなのは、数理的モデルの研究がなされる何十年も前に、画家たちは自然の挙動について鋭い洞察を得ていて、それを絵画の表現に取り入れつつ、観る人の心にインパクトを与える助けとしていたという点なのでしょう。

 本記事の最後でちらっと触れられているのですが、他にも絵画と物理との間の関連性をしらべた興味深い研究があります。1912から1956年の間に活躍した画家に、ジャクソン・ポロックという人物がいます。彼の作品はいわゆる抽象画と呼ばれる作品で、一見したところ、まるで子供がペンキをキャンバスの上で散らかしたような、混沌とした絵です。ですが、オレゴン大学の物理学教授 Richard Taylor が調査したところによると、この図にフラクタル構造があることが明らかになりました。フラクタルについての研究が始まるかなりの以前に画家がこうした構造を直観していたという点が、今回のゴッホとの共通点といえるでしょう。ポロックの詳細は下記リンクをどうぞ。

【参考リンク】
元論文(Kolmogorov scaling in impassioned van Gogh paintings)
 http://www.arxiv.org/abs/physics/0606246
日経サイエンス2003年3月号:ポロックの抽象画にひそむフラクタル
 http://www.nikkei-bookdirect.com/science/page/magazine/0303/pollock.html

2006年08月27日

サイモン・シン「ビッグバン宇宙論」

ビッグバン宇宙論
 最近なかなか本が読めていませんが、その中でやっと読み終わった書籍のご紹介。
 
ビッグバン宇宙論」(著:サイモン・シン、訳:青木薫、出版:新潮社)
上巻http://www.amazon.co.jp/gp/product/4105393030/
下巻http://www.amazon.co.jp/gp/product/4105393049/
 
 一般向け科学書の中でもっとも有名と思われる著者サイモン・シンと、訳者青木薫とのタッグによる、「フェルマーの最終定理」「暗号解読」に続く3作目の書籍です。個人的には、この著者の本なら、本屋で中身を見ずにそのままぱっと買ってしまってもまず後悔はしないと思っています。
 
 さて、宇宙論についての書籍といえば、訳者のあとがきにも記されていますが、巷にはほんとうに数多くの書籍が存在しています。その中で、本書で著者がとった切り口とはまさに直球ど真ん中といえるもの。そこに著者のあいかわらず明快な解説が加わり、たいへんスムーズに昔の人々の歩いてきた議論をたどることができます。
 
 本書は、前二作とはまた異なるおもしろさを持っています。「フェルマーの最終定理」では、数学者たちによって壮大なパズルのピースが一つ一つ埋められていくプロセスが描かれ、最後の一ピースが埋まった瞬間の喜びを感じることができました。また「暗号解読」では、暗号作成者と解読者との間の、一息つく暇さえないスリリングな戦いの様子を味わうことができました。
 
 本書「ビッグバン宇宙論」では、一応は、ある一つのテーマに沿ってストーリーが進んでいきます。それはつまり、「宇宙は過去のある時点で創造されたのか? それとも永遠の過去から存在していたのか?」という問い。この問いを念頭に置きつつ、紀元前6世紀のギリシャから始まり、天動説・地動説、エーテル、相対性理論といったトピックを通じた後で、やがて「ビッグバン宇宙」対「永遠で静的な宇宙」という対決の図式にいたります。はじめは少数の科学者のみが信じていたビッグバン説が、いかにして有力な証拠をあつめ、やがて宇宙論での大きなパラダイムを作り上げていったか、という点は本書でいちばん楽しめるポイントです。
 
 ですが、多くの方がご存知の通り、宇宙論の話題は、ビッグバンVS静的宇宙の対決がすべてなのではありません。この他にも魅力的なトピックがたっぷり秘められているのがこの分野です。その個々の例は本書のエピソードでも挙げられている通りです。そういうわけで本書では、パズルのピースが埋まっていく感じと形容するよりも、むしろ巨大な建築物が大勢の手によって組み上げられていく様子を目にしているような、より大きな世界が頭にイメージさせられます。

2006年09月16日

ヒョウ柄模様の方程式

 Nature Digest 9月号より。

 動物の世界にみられる模様は本当に複雑です。

 たとえばシマウマの縞模様だったり、キリンの網目模様だったり、バリーション豊かな模様を見ることが出来ます。(参考:Wikipedia:キリンシマウマ
 
 さて、これほど複雑な模様なのだから、その仕組みは到底理解できないほどに込み入ったものに違いないと思うかもしれません。1952年、Alan Turing が提案する「反応拡散方程式」というモデルによって、こうした模様をうまく再現できることが明らかになれました。Turing は、「モルフォゲン」という2つの物質の互いの作用によって模様が生まれると考えました。驚くべきことに、彼の考えた方程式とは、2つの物質の量に関する1組の偏微分方程式に単純化されるものでした。
 
 この方程式は、反応と拡散という2つのプロセスが組み合わさったものです。活性的な反応と抑制的な反応からなる一連の化学反応に、物質の移動(拡散)というプロセスが組み合わさり、さらに物質ごとに拡散の速度が異なるという条件が満たされることで、こうした模様が生じるようになるのだそうです。詳細については「自己組織化&自己集合」がたいへん読みやすく詳しいです。

ジャガー(幼獣)  ですが、いくらかの動物では、Turing の反応拡散方程式のパラメータを調整するだけでは再現がどうやら困難だということが分かってきました。たとえばヒョウやジャガーの成獣の模様がそれです。いずれも幼獣の模様は単純なまだら模様なのですが、成獣になると、ヒョウの場合はあたかも花飾りのような模様、ジャガーの場合は小さな点を多角形が取り囲んだ模様を示すようになります。右の図は元論文(Liu R., et al. Phys. Rev. E., 74. 011914)から引用しました。上図はジャガーの生後2ヶ月の模様、下図は大人のジャガーの模様です。はたしてどのようにすればこの模様を再現することが出来るのか、という問題は研究者たちにとって謎だったようです。
 
ジャガー(成獣) 台湾・台中の国立中興大学の Sy-Sang Liaw らは、この方程式のパラメータを調節するだけではこの模様を再現することはできないだろうと考えました。そこで彼らは、幼獣にまだら模様ができるフェーズと、成獣の模様ができるフェーズの、2つの異なるフェーズに模様の形成過程を分けることを仮定しました。そしてその結果、最終的に1年間という期間を費やし、模様の再現に成功することができたのです。
 
 実際にどのような物質が上記のモルフォゲンに相当するのかは今回の研究でもまだ分かっていません。とはいえ、もし今回の過程が実際の動物で起こっているとすれば、動物の年齢と関係して、モルフォゲンの反応の関係が切り替わるしくみが働いているのは違いないだろうと言えます。
 
 こういう研究ってとても面白いなあと思います。1つのシンプルな規則だけでも複雑な模様ができあがるのに、さらにそこから2つめの規則に切り替わることによって、ますますバラエティ豊かな模様の世界が生まれるというのは、なんだか美しささえ感じますね。

【参考リンク】

元記事How a leopard changes his spots
 http://dx.doi.org/10.1038/news060731-15

元論文Two-stage Turing model for generating pigment patterns on the leopard and the jaguar
 http://dx.doi.org/10.1103/PhysRevE.74.011914

2006年09月25日

論文捏造とデータの罠

 先週に読んだ書籍2冊のご紹介。なんだか似たテイストの2冊です。


論文捏造」(著:村松秀、出版:中公新書)

総合:■■■■■(難しさ:■□□ 楽しさ:■■■ 満足度:■■■)

 論文捏造、と聞くと思い浮かべるのは何でしょうか。日本では、自殺者まで出した阪大・杉野教授のDNA複製にまつわる事件、韓国では、国の最高科学者第1号にも選ばれ、国民の大きな期待を背負った黄元教授のヒトクローン胚ES細胞にまつわる事件などがあると思います。

 本書は、アメリカ・ベル研究所で起きた、史上最大の科学論文捏造事件をめぐるドキュメンタリーです。本事件の中心人物であるヤン・ヘンドリック・シェーンは、超伝導に関するきわめて画期的な研究結果を発表します。名高いベル研究所から出た結果だということ、そして彼の指導的立場にあった人物がきわめて高い地位にいたということもあって、そのニュースは世界中を駆け巡り、彼は一躍スターに登り立つことになりました。その後3年のうちに、彼は Nature 誌に7本、Science 誌に9本という、信じられないほど素晴らしい成果を次から次へと発表するのですが、とあることが原因で、これらすべての実験結果が捏造であることが明らかになりました。

 NHKのBSドキュメンタリーで放送された番組の書籍版である本書は、本当にものすごく膨大な量の取材から構成されています。そして、シェーンが脚光を浴び始めてから、最終的に捏造を認定され研究所から解雇されるまでの一連の流れをみると、今回の事件の背景には、現在、僕たちが科学論文の捏造問題を考えるうえで欠かすことのできない要素のすべてが織り込まれていることに気づかされます。専門の分化のため、ある研究の正当性を厳しくチェックができる人が少ないという現状、捏造を告発することをはばかる研究者の風潮、掲載論文の正当性の保証を放棄していた当時のジャーナル誌、スター研究者を手放したくない研究所、そして成果主義のプレッシャーなどなど、今後の課題となる点が網羅されていると言えるでしょう。

 本屋で目にしたとしてもなかなかぱっと手に取りにくいと思われるタイトルですが、非常におもしろく読める良書だと思います。




データの罠」(著:田村秀、出版:集英社新書)

総合:■■□□□(難しさ:■□□ 楽しさ:■■□ 満足度:■□□)

 データにひそむ誤りを見抜く技術に関する書籍。巷には多くのデータがありますが、意図的であるか否かは別として、かなり客観性に欠いたデータというのも中にはあります。本書は、具体的な例を挙げ、それらにひそむ罠を解き明かしていきます。

 個人的におもしろかったのがTOEFLの日本人のスコアの平均点がかなり低い(世界169か国中155位)というデータを受けて、はたして日本人の英語力は本当に世界最低レベルなのか? という疑問に関する検証。やはり実際に検証してみると、TOEFLの平均点でもってそれぞれの国の人々の平均的な英語力を示していることはあり得ず、たとえばアジアの発展途上国では受験費そのものが物価とかけ離れて高いため、きわめて限られた人々しか受けることができない一方で、日本では学校によってはすべての学生に受けさせるところもあるぐらい、受験者のレベルにばらつきがあるというのです。単なる平均値では分からない事情が触れられないまま、結論のみが一人歩きし始めるというのは、英語力に限らずにあり得ることです。

 本書の後半では、今の世の中にあるいろんな問題を、データという観点から検証するというアプローチをとります。たとえばそれは、公務員、在日米軍、高速道路、公認会計士や建築士などなど、ありとあらゆる方面におよびます。たしかに、個々の話題について著者の指摘は正しくて、データの誤解釈やデータの悪利用が潜んでいることがよく分かるのですが、ちょっと話題が次から次へとぽんぽん移りすぎる感があり、全体として落ち着きがなくなっている感じがします。ただ個々の話題自体には興味深い指摘が含まれており、知人どうしの会話のネタにはなるかなあと感じました。

 あと、個々の話題に話が終始しているため、「結局どういうポイントに着目してデータを眺めれば、今後だまされることはなくなるか?」という、だましの網羅的なパターンが挙げられていないというのはとても勿体ない気がします。

 データを読み解く力に関連した書籍としては、「『社会調査』のウソ リサーチ・リテラシーのすすめ」が超おすすめなので、ぜひご参照ください。

2007年02月10日

照明とおもてなしとスケッチと

 このごろ読んだ新書3冊のご紹介。なんか急に、文化的なものが読みたい!と強く感じたので。。


頭がよくなる照明術」(著:結城未来、出版:PHP研究所)

総合:■■■■□(難しさ:■□□ 楽しさ:■■□ 満足度:■■■)

 akiyan.com で紹介されていたのがむっちゃ気になって、そのまま本屋に買いに行きました。タイトルだけ見たときは「なんだまた”頭がよくなる”か」と一瞬うんざり感が走ったわけですが、上記の紹介でとても興味がかきたてられました。

 さて本書いわく、僕たちのふだんの気持ちは光によって大きくコントロールされているとのこと。たとえば、青白い蛍光灯の光が頭上で輝く「直接照明」と、オレンジ色の光が壁や天井を照らす「間接照明」とを比べると、直接照明は僕たちの無意識に緊張させ活動的なモードにするのに対して、間接照明は人の脳をリラックスさせる働きがあります。日本のオフィスの多くでは、照明に青白い昼光色を使い、照らす人に、働け働けとサインを送っていますが、やる仕事のタイプによってはこれはあまり適切でないかもしれないのだそう。企画を考えるなどのクリエイティブな仕事には、余計な緊張をしないリラックスな環境のほうが向いているのです。

 本書を読むと、オフィスだけでなく、自分の生活のいろんな部分の照明を見直したくなる欲求にかられますね。本書では、主張の根拠としていくつかの実験や調査が紹介されていますが、どこからの出典なのかがいまいち把握できない箇所がいくつか感じられます。とはいえ、いまの自分に合うと思ったポイントをうまく抜き出して生活に適用してみると面白いんじゃないかなあと思います。



接待の一流 おもてなしは技術です」(著:田崎真也、出版:光文社新書)

総合:■■■□□(難しさ:■□□ 楽しさ:■■□ 満足度:■■□)

 世界的なソムリエである著者による、顧客や女性をおもてなしするときのアドバイスを記した本です。

 本書の一番最初で著者はこう言い切ります。「接待でもデートでも、スマートにふるまえる日本の男性は、欧米の男性に比べてとても少ないのが実情です。」この根本的な原因といえるのが、多くの人が「ホスト」「ゲスト」「サービススタッフ」の3つのトライアングルの関係を理解していない点にある、と説明します。つまり、自分が誰か大事な人をもてなす場合、本来なら、自分自身が自宅でテーブルを整えたり料理を作ったり飲み物を選ぶ必要があるわけです。ですがそれは非常に大変なので、自分でやる代わりに、レストランなどにサービスを委託します。ここで大事なのは、レストランはあくまでもサービスを提供する執事のような存在なのであって、当のもてなす側というのは、レストランではなく自分であるということです。基本は、自分(ホスト)と相手(ゲスト)、そしてホストのサポート役であるサービススタッフという三角の関係にあるのだけど、多くの人がそこをカン違いしていて、店に入った瞬間に、ホストの立場を放棄してゲストの立場になってしまうという誤解があるというのです。思い当たるフシがある人(僕のことです)は、ぜひ本書を読んで、もてなすということの意味を振り返るのがよいかもしれません。

 日本人には、おいしいレストランをたくさん知っているということが一種のステータスのように見なされているけど、それよりもっと大事なのは、そういう優れたサービスをうまく利用して最終的に相手を気分よくさせてあげられることなんだなと感じました。それって、仕事で例えるなら、知識だけはあるけど実際に有益な成果を作り出せないようじゃダメ、ということでしょうか。



スケッチは3分」(著:山田雅夫、出版:光文社新書)

総合:■■■□□(難しさ:■□□ 楽しさ:■■□ 満足度:■■□)

 そのへんにあるペンや鉛筆を使って、時間をかけずにさらさらと描くスケッチ表現を提案した本です。かける時間は3~5分程度なので、影のグラデーションをつけるというような手間のかかることはせず、おもに線描写を使って、余計な書き込みをせずに対象の本質的な部分だけを写し取ります。下書きもしません。本書は、こうした簡単なスケッチをうまく描くためのアドバイス集、という感じになってます。

 僕はスケッチというと苦手意識を持っている方です。何というか、いま自分の見ているモノを、どのように捉えていいのか分からない、どのように線の集まりに置き換えたらいいのか分からない、どこから手を付けたらいいのか分からない、そんな困難があるからだと思うのです。本書では、こういう疑問に対して回答を示しています。つまり、線でなく、面の集合体として対象をとらえるのがよい。そして描くときは、最も手前の部分、つまり最も目に入りやすい部分から描きはじめるのがよい、と述べています。これは僕の意識をがらっと変えた、かなり効果的なアドバイスでした。とはいえ、この描き順についての説明は本書のかなり後半になってから初めて登場するので、それまで読んでいる間は、なかなかピンと来ない状態でしたが・・・。

 この他、即効性のあるアドバイスが多くあり、有益だと思います。「模様などの繰り返しは、一部だけを描いて残りは省略する」「描く対象は右上がりの構図になるように描く」など。いずれも、感性的なものでなく、論理的・工学的な立場からの説明になっているのがとても分かりやすいと思います。

2007年04月08日

RNAと文章術

 このごろ読んだ新書のご紹介。


生命のセントラルドグマ」(著:武村政春、出版:講談社ブルーバックス)

総合:■■■■□(難しさ:■■□ 楽しさ:■■■ 満足度:■■■)

 おそらく本屋さんでこの本をぱっと開いた多くの人は、「何これむちゃくちゃ難しそう」と感じ(そして場合によってはそのまま棚に戻し)てしまうかもしれません。ですが思い切って頭から読み出してみると、これが意外と分かりやすい。抽象的でつい読み疲れがちな分子生物学のトピックを、導入部で僕たちの身の回りのものを挙げつつ丁寧に説明してくれています。既出の単語が再登場したときも、読者が「これ何だっけ?」と置いてけぼりを食わないように適宜フォローが入るなど、相当な神経を費やして書かれているなあと好感を持ちつつ読みました。

 さて内容はというと、DNAに記された遺伝情報がいかにしてタンパク質に翻訳されるのかを解説しています。核内でDNAの情報がRNAに写し取られ、リボソームへ運ばれ、そこでタンパク質が生み出される、というRNAの旅の足取りを追います。遺伝子、DNAといった単語は大体知ってるけど、RNAと言われるとよく知らない、という人には丁度よい内容でしょう。

 だいぶん以前にもこのブログで触れたのですが(これ)、生命科学の世界の現象ってコンピュータの世界のそれを連想させることがあるなあと感じます。例えば、RNAの先頭部分に種類の区別のための目印をつけるというキャッピングという処理、要らない情報を除去するスプライシング、そして末端部分にA(アデニン)の繰り返しを付加する処理。これってネットワークの世界でいう、データベースからデータを取ってきて必要な部分をピックアップ、それをパディングしてヘッダを付けパケットにする、という一連の処理によく似てるなあ・・・などと、にやにやしながら読んでいました。



自己プレゼンの文章術」(著:森村稔、出版:ちくま新書)

総合:■■■□□(難しさ:■□□ 楽しさ:■□□ 満足度:■■□)

 リクルートの出版部長、制作本部長、専務取締役といった役職を務め、退職後の現在は大学で作文指導を行っているという著者の書いた、自分をアピールするためのテクニックを記した本です。

 本書はいちおう実用文を書くためのガイドと銘打っているけれど、内容的にはむしろ就職活動のエントリーシート書き方と言った方が適切かな。

 たとえばよくエントリーシートで出てくる、「『環境』というテーマについてあなたの意見を書け」といった抽象的な課題に対して、どんな文を書けばよいのか。これは僕も同じような事態に遭遇した記憶があります。本書はこういう問題に対し、抽象的な題に抽象論で返すのは愚である、と言い、論より自分自身の体験を中心に書け、と述べています。こうして書いた方が、読み手の関心をひき、書きやすく、自己表現に結びつくというのです。こういうポイントって、エントリーシートに限らず、多くの注目を集めたいブロガーにとっても有効なアドバイスかもしれません。

 結局、こういう課題作文の背景には、この学生はどんな面白いことをやってきた人間なのか、を知りたい出題者の意図があるわけです。したがって、回答者は、課題のテーマそのものと向かい合うというよりも、むしろその背後にいる出題者と何を話そうとするか。ここで問われるコミュニケーション能力というのはそういうことなのだろうと思います。

 一見は就職活動用の本ですが、根を流れる本書の考えは、今から読んでも十分役に立つ内容だと思います。

2007年06月17日

格差と渋滞

 このごろ読んだ書籍紹介。紹介したい本はたくさんあるのですが、なにぶん記事を書くスピードが異常に遅いので、紹介本キューが溜まっていってる状態です・・・。


格差社会―何が問題なのか」(著:橘木俊詔、出版:岩波書店)

総合:■■■■□(難しさ:■□□ 楽しさ:■■□ 満足度:■■□)

 格差社会という言葉もこの頃は一種の流行り言葉になっています。本書は、この言葉から連想するさまざまな疑問への回答が述べられています。「格差は本当に起こっているのか?」「格差は本当に問題なのか?」といった疑問へ答えるべく、現状を示すデータを挙げながら議論を進めていきます。不況、富裕層、ニート、地域格差などなど、格差とは一体何なのかを考える上で必要となる論点が網羅されています。ともすれば一過性の流行り文句に陥りかねないこの言葉をざっと広く理解するのに本書は有効だと言えるでしょう。
 ですが一方で、定量的な議論のためのデータや定義が不十分だなあと感じる箇所がところどころ気になります。たとえば本書を通じて何回か登場する指標に、ジニ係数というのがあります。これは格差や不平等さを計測する数値で、人々が完全平等なら0、完全不平等なら1を表す、ということが冒頭で述べられているものの、具体的な定義については記述はなし。これだけの情報で、いくら増えた減ったの話をされても今いち掴み切れないなあ・・と感じました。雰囲気はつかめるのですが。
 あと、本書では格差の議論を支える資料をおおく紹介しています。これらの一つ一つはたいへん面白くて重要なものですが、著者の主張を裏付ける役割をもつにしては、あともう一押しというところで定量的なデータを欠いているように感じます。主張ありきで資料を解釈しているというか。別の見方をすれば、それだけ、完璧な議論のためのデータ集めが難しいのだと言えるかもしれません。



渋滞学」(著:西成活裕、出版:新潮選書)

総合:■■■■□(難しさ:■□□ 楽しさ:■■■ 満足度:■■□)

 渋滞という言葉は日常的によく使われる言葉ですが、渋滞学という言葉はなかなか耳にしないかもしれません。ふつうは渋滞といわれれば、車でごった返す高速道路のイメージが真っ先に湧くかもしれません。本書では、車に限らず、人の動きから、アリの動き、はたまたタンパク質、ネットワークパケットの動きにいたるまで、ふだんの生活で遭遇するさまざまな渋滞現象がターゲットになります。
 対象が僕たちの身の回りにあるものが中心なだけに、単に学問的に興味深いというだけでなく、日常生活にひそかな楽しみを感じさせるものが多いです。たとえば、駅構内で2つの人の流れが直角にクロスするとき(東に向かう人の群れと、南に向かう人の群れが、ぶつかるところをイメージして下さい)、交差点では、各方向の人がストライプ状に整列するという現象が見られるのだそうです。本書を読んでから、僕自身も駅で似たような状況に遭遇しましたが、本当に同じ現象が起きてるのが自分で分かるんです。うんざりしがちな混雑も少しは楽しくなるかもしれません。
 著者は、これらの問題に対して、いずれもセルオートマトン法と呼ばれるシンプルなモデルによるシミュレーションによって取り組んでいます。ベースとなるモデルだけでは、現実で見られる複雑な現象を再現するのはできません。そこでこのモデルにいろいろと要素を付け足していって、一体どのようにすれば現実の現象をコンピュータ上で再現できるかを追求する。その結果、現象の再現のために最低限必要となる根本的原因が明らかになっていくわけです。こんなふうに、ああでもないこうでもない、とモデルを改良していく様子は本書の各章の終わりに補足扱いで記されています。こういう試行錯誤の様子から著者の奮闘ぐあいが見えてきて面白く読むことができます。

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