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ローマ軍の戦いの軌跡に新発見


 Science NOW より。

■ 古代の戦場がローマ軍の残留をほのめかす
 Ancient Battlefield Hints at Roman Persistence

 世界史の常識がまたひとつ塗り替えられたようです。領土拡大をねらうローマ軍の当時の行動をうかがい知る新たな遺物が発見されました。

 その遺物は、ドイツのニーダーザクセン州の南部にあるカーレフェルト(Kalefeld)という街の郊外にて発見されました。もともとはこの地で初めて遺物が発見されたのは2000年のことで、それはあるアマチュア考古学者の手によってでした。しかしながらその人物はもともと中世の要塞を探索していたそうで、それは公式な研究者らの目に触れられることなく、そのまま月日が流れていました。

 しかし2008年、このアマチュア考古学者は、公式な考古学者である Petra Loenne に自分の発見を見せました。彼女はこの遺物の重要性を見抜きました。すぐさまこの地での重点的な発掘がおこなわれることとなりました。

 それは一体どんな遺物だったのでしょうか。リンク先の記事に実物の写真があります。それは初期の馬蹄だったのです。明らかに中世のものではありませんでした。もっとずっと古い、ローマ帝国時代のものでした。さらにこの地の調査の結果、矢尻や槍先など、600個以上におよぶ遺物が発見されました。

 さらに木の部分に含まれる放射性炭素から年代が特定されました。また、残された硬貨などの情報から総合すると、西暦200~250年の間に、この地でローマ軍による大規模な戦いが行われていたことが明らかになりました。

 一体なぜ、この事実がそれほど重要だと言うのでしょうか? それを理解するためには、歴史を西暦9年までさかのぼる必要があります。

 当時、ローマ帝国は領土を地中海周辺からさらに広げるべく、ゲルマン諸部族の住む北東への侵攻を試みていました。しかしながら、西暦9年、「トイトブルクの森の戦い」と呼ばれる戦いにおいて、ローマ軍はゲルマン諸部族に大敗を喫します。当時の皇帝アウグストゥスの当初の計画では、ドイツ東部を流れるエルベ川に沿って長城を建築する予定だったのですが、2万人もの兵士を失ったダメージにより計画は頓挫し、これよりずっと西、ドイツの西端を流れるライン川沿いを長城とせざるを得なくなりました。それ以東の領土拡大はあきらめざるを得なくなったのでした。

 これまで考古学者たちの間では、このとき以降、ローマ軍がドイツに足を踏み入れることはなかったと考えられてきました。しかしながら今回の発見により定説がくつがえされ、トイトブルクの森の戦いの数百年の後にも、この地域にてローマ軍による軍事作戦が行われていたことが示されたことになります。

 現在もカーレフェルトでは発掘作業が行われています。この謎についての新たな知見は来年にも改めて発表されるだろうとのことです。

 わずかな馬蹄の遺物の発見からはじまって、歴史の定説が別のものになる。まさに考古学のおもしろいところだなあと感じます。ちなみにこの戦いはドイツ史にとって重要な位置づけであるらしく(民族の勝利の象徴らしいですが詳しくは分かりません)、ドイツでのこのニュースのインパクトはかなり大きいようです。追加の情報に期待します。

【参考リンク】
・元論文:不明

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