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古代ローマ人はファストフードが好きだった


 ABC News in Science より。

 イタリアのポンペイ遺跡といえば、火山の噴火のために灰に飲まれ、当時の生活していた人々の様子がそのまま残された場所です。

 さて、今回出版された書籍によると、この遺跡から見つかった食器の配置から、当時の民衆の食事のスタイルが分かってきたそうです。それによると当時の人々は、現代の私たちのように、テーブルを皆で囲んで食事していたというよりも、むしろファストフード店のように、テイクアウトした食べ物を家や道で食べていたかもしれないのだそうです。

Ancient Romans preferred fast food
(古代ローマ人はファストフードが好きだった)

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 英国の考古学者によると、平均的な古代ローマ人は、退廃的かつ儀式的にワインと食事をとっていたエリートらと異なり、あわただしくものを食べていたという。

 レスター大学の Penelope Allison 博士は、ポンペイ近隣の地域全体の発掘現場を詳細に述べた新著において、発見したことを記している。

 ポンペイは、西暦79年のヴェスヴィオ火山の噴火後の時の流れが止まった都市である。ローマ帝国の中心に近いことから、歴史家たちはしばしば、ポンペイからの知見を、特にローマなどのイタリアの他地域に拡張している。

 「今日の西洋の世界の多くでは、家族のメンバーは座って共に食事をするべきという一般的な考えが存在します。そうしなければ、それは家族組織の破綻を意味するかもしれません。しかしこうした考えは古代ローマに発祥するものではなかったのです」と Allison は語る。

 彼女の主張は、発掘現場で彼女が見付けたこと、見付けなかったことに基づいている。

 Allison は、ポンペイの住居において、食卓用食器類や、フォーマルな食事室や台所が異様に少ないことに気付いた。そのかわりに寝室などのあちこちで、皿がぽつんとあるのが見つかった。

 「今日の子供たちが、テレビを見たりコンピュータで遊んだりする前に、食べ物の皿を自分の部屋に持っていくのと同じように、ローマの若者は、おそらくは他の活動のための特定のエリアに、食べ物を持ち運んでいたのでしょう。」子供たちもまた、子守や世話の役の奴隷と一緒に食事をとっていたのかもしれない、と彼女は語る。

 彼女が住居で発見したのは、複数の小さなバーベキュー型の火室だった。「バーベキューまたはフォンデュ形式の食事」がしばしばなされていたことを示唆している。

 Allison の書籍は「The Insula of the Menander at Pompeii Volume III(ポンペイのメナンダーの島 第3巻)」という題でオックスフォード大学出版から発行される。

■ 「慎重に調べられている」

 米国バッファロー大学の教授 Stephen Dyson は、古代ローマの世界的権威の一人であり、米国考古学協会(訳注:Archaeological Institute of America を直訳)の前会長である。

 Dyson はこの新著を、「慎重に調べられて」おり、ポンペイとローマについての彼自身の研究は、Allison の結論を支持していると述べている。

 「私たちも、ポンペイや古代ローマの他地域に、多くのファストフードレストランを発見しました」と彼は言う。

 Dyson はこれらの場所を、「バーガーキングとブリティッシュパブ、またはスパニッシュタパスバー」の間にある交差点に例えている。

 通りに開けている各店舗は、容器がある大きなカウンターが真ん中にあり、ここから食べ物や飲み物が出されていた。

 「大半のローマ人は、集合住宅や、いくぶん制限のある空間で生活しており、そこにはコンロなどの調理装置の痕跡はあまりなかったのです」と彼は語る。

 「ファストフード」レストランは、手ごろな選択誌がそろっているために現代の都市住人がしばしば外食するのと同じように、量があるため一般的なものになっていったと Dyson は考えている。

 さらに、ポンペイやローマの住民の多くは、職人や店員、織工などとして働いており、これらの店舗を支えるのに十分なお金を稼いでいた。

 家でも通りでも、食べ物を手に持って歩くというのは、イタリア人の考え方のエネルギーや柔軟性にマッチしているようでもある。

 「今日のイタリアの活気ある通りやバーの場面や、角にベッドの骨組みが積まれた住居の多機能デザイン、驚くべき場所にある台所は、素晴らしくもちょっと混沌とした初期ローマ人の生活の一面を映し出しているのです」と彼は言う。

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 当時の住居のつくりをあまり知らないので推測ですが、今のように、リビングやダイニングのように用途ごとに部屋が存在してたのではなく、もっと単純に、共用部とプライベートな部分、と大雑把な区別しかしてなかったのかもしれませんね。共用部にあるオーブンで食事を作って、それを個人の部屋まで運んで食べると。一つの部屋で着替えて食べて寝て、という生活だったのかなあ。

 考古学の研究の記事を読んでいて楽しいと感じるのは、当時のあまりに人間臭い生活感が感じ取れたときじゃないかなと思います。そういう意味で、今回の記事は僕たちにいろいろな想像をさせてくれて面白いです。

【参考リンク】
・(書籍)Insula of the Menander at Pompeii
 た、高い・・・

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コメント (2)

Sekizuka:

まー、そりゃそーだ。寿司だって江戸のファストフードだしね。
そもそも生活にこんなに「ゆとり」がもてるってのが、歴史的に
考えれば異様(少数派という意味で)な事態だからね。

Sekizukaさんコメントありがとうです。
記事のような生活が、歴史的には一番の大多数なんでしょうね。

こういう記事に面白みを感じるのって、テーブルを囲んだ食事が当たり前で、ファストフードはわりと新しいスタイル、という今どきの考えにすっかり馴染んでいるからなんでしょうね

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