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モネたちが見た色の世界


 Science News And Research 経由、Stanford News より、絵画と医学に関する研究。

 クロード・モネ(Claude Monet)といえば、誰でも名前を聞いたことがある有名なフランスの印象派画家の一人です。彼は1800年代後半から1900年代初めにかけて、多くの作品を残しました。たとえば「日傘を差す女」はあまりに有名です。

 さて、彼はまた、後年に白内障を患っていたことでも知られています。白内障といえば視界が変化する病気です。実際、彼の作品をいくつか見てみると、初期の「日傘を差す女」などの作品とくらべて、後年の「睡蓮」などの作品は、暗めの色で、抽象的なものが多くなっています。はたして視界の変化がモネの制作活動にどのような変化をもたらしたのか(あるいはもたらさなかったのか)という点は、いまなお議論が続いています。

 そこで今回、眼科医によるシミュレーションによって、モネが実際に見ていたとされる映像が再現されました。その画像はここには引用しませんので、興味をもった方はぜひリンク先を参照してください。

Eye diseases changed great painters' vision of their work later in their lives
(偉大な画家たちの後年の作品のビジョンを眼病が変えた)

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 医師 Michael Marmor は、芸術家の目を通して見ることがどういうものなのか知りたいと思っていた。目といっても文字通りの意味である。

 眼科医である彼は、芸術家と眼病に関する2冊の書籍を執筆したあとで、さらに一歩踏み出して、眼病をもった芸術家たちが、実際にどのように世界やキャンバスを見ていたかを示す描像をえがこうとした。Marmor は、コンピュータシミュレーションと彼自身の医学的知識とを結びつけ、フランスの印象派の画家 Claude Monet と Edgar Degas の傑作のいくつかの描像を再構築した。いずれも白内障と網膜疾患に苦しんだのちに活動を継続した画家たちである。

 結果は驚くべきものである。

 画家たちが自分の作品をどのように見ていたのかを示す Marmor のシミュレーションによると、Degas の後年の湯浴みする裸婦の絵は、かなりぼやけたものとなり、画家の筆跡を見出すのがきわめて困難になる。Monet の後年のジヴェルニー(訳注:彼が制作を行っていた土地の名前)の蓮池と日本の橋の絵を、白内障の典型的症状を反映するように調整すると、暗く不明瞭なものになる。画家のすぐれた色づかいは茶と黄で置きかわっており、色の力強さが弱まっている。

 「これらのシミュレーションから導かれる疑問は、画家たちがこれらの後年の作品において、はたして見えるとおりに描くことを意図したのだろうかということです」と Marmor は語る。彼は、視覚のしくみと、画家の視力の両方について長く関心をもっている。「事実、この画家たちは、まったくの芸術的な理由からこのやり方で描いていたのではなかったのです。」

 Degas と Monet はいずれも印象派時代の設立者であり、眼病が視力に影響を及ぼす前は、彼らの芸術スタイルは良く形作られたものだった。しかし、目の問題が増すにつれ、時を同じくして彼らの絵はめだって抽象的になっていった。

 「彼らの後年の作品は妙に粗くけばけばしくなり、何年ものあいだ生み出してきた優れた作品からすっかり変わったようだ、と両画家の同時期の人々は記していた」と、Marmor は Archives of Ophthalmology 誌の12月号の「眼科学と芸術:モネの白内障とドガの網膜疾患のシミュレーション」というタイトルの論文で記した。

 Monet や Degas、Rembrandt、Mary Cassatt、Georgia O'Keefe といった芸術家たちが、みな眼球的な視力の衰えと向き合いながら、芸術的な視覚の高みに達したというのはよく知られたことである。Marmor がシミュレーションで Degas と Monet を選んで着目したのは、いずれの芸術家も、患っていた眼病が、歴史的記録や日記、病歴において良く文書化されたからである。Degas は、長いキャリアの終わり50年のあいだ、網膜疾患にかかり苦しんでいた。Monet は、色を見る能力に影響を及ぼす白内障にかかり、最終的に外科手術をうけて除去するまでの10年のあいだ、不平を述べていた。

 「これらのシミュレーションから、Degas と Monet が、視力が落ちるにつれ何に苦労していたかが良く分かります。」(Marmor)

 ハーバード大卒の物理学者でもある彼は、過去32年のあいだ、目の病気の科学に関する科学論文を200以上出してきており、その一方で同時に、有名な芸術家と眼病がどのように彼らの芸術作品に影響を及ぼしたかについて執筆を行っている。彼は、目からみたドガという書籍を記し、 James G. Ravin との共著で、芸術家の目という書籍を記した。

 「私は眼科医として、芸術の視覚的要素に関心をもっています」と Mormar は言う。彼の Stanford にある家は、錯覚を強調した現代芸術の作品で装飾されている。彼の家族はスタンフォード大学キャンター・アート・センターに作品を寄贈した。「私はまた、目の病気の兆候について患者たちと数年のあいだ会話をしてきました。これが私の科学と芸術の関心を自然に大きくしたのです。」

 ある美術館館長である Richard Kendall は、Marmor の Degas と Monet に関する書籍を「芸術の歴史的コミュニティに大きな価値があるもの」と呼んだ。

 「彼は19世紀フランスの芸術家の視覚の疑問に関する科学コミュニティからの、もっとも考え深い解説者の一人であると思います」と Kendall は言う。彼はマサチューセッツ州ウィリアムズタウンのスターリング・アンド・フランシーヌ・クラーク・アート・インスティテュートの総館長でもある。

 画家自身の目を通して見た絵画の描像をつくりだすために、Marmor は Adobe Photoshop ソフトウェアを用いた。医学の専門知識と歴史的な研究とにもとづいて、Degas と Monet の眼病がどの段階であるかを決定し、そこにブラー(ぼかし)とフィルタの設定を調整した。

 Degas は1860~1910年の間に視力の衰えを患った。目の病気が進行するにつれ、彼の絵はますますラフになっていった。Degas と似た網膜疾患をもつ数百人の患者を診たことから分かったのは、画像の陰影とコントラストが弱く定まるようになり、そして悪化が進むにつれブラーの度合いが増すということである。

 「Degas の友人は彼に『まだ絵を描いているのかい?』と尋ねたのかもしれません」と Marmor は12月の論文で記した。「1870年代の彼の作品は、細かな表情や入念な陰影、バレエ衣装やタオルの折りたたみの注意深さなど、きわめて精密に描かれていました。」1880年代と1890年代までに、同一の対象の陰影のラインと、顔、髪、服の細かさが次第に正確でなくなってきた。

 「1900年以降は、こうした影響がきわめて極端になり、多くの絵で、彼の慣習的なスタイルは見る影もなくなったのです。」

 Monet は視力の衰えにより増していくフラストレーションについて記しており、パレットのどこに色を置いたかをいかに覚えなければならなかったか述べている。1914年には彼は文通の中で、色がもはやかつてと同じ強さを持っていない、と記した。「赤が濁って見え始めたのです」と彼は記した。「私の絵がしだいに暗くなっていきました。」彼は自身の視力の代わりに、絵の具に貼ったラベルに頼らざるを得なくなった。

 「網膜疾患と同様、白内障も視力を不鮮明にします」と Marmor は語る。「しかし、光と色の使用をベースにしたスタイルをもつ Monet のような画家にとって、もっと重要なことは、色を見る能力にこうした病気が影響を及ぼしえることです。」

 「Monet は、暗い黄茶色の庭園を見て、キャンバスにどんな微妙な印象を作り上げるか苦心惨憺したに違いありません」と Marmor は12月の論文で述べた。「加齢にともないゆっくりと進行する白内障は、目のレンズの黄暗色化として現れてきます。これが色の認識や視覚の鋭敏さへの影響を主にもたらすのです。」

 1923年にしぶしぶ受けた白内障手術の後は、Monet はもともとの表現スタイルを取り戻した。白内障を患っていた10年間に描いた作品の大半を投げ捨てさえもした。

 「彼はただ色を見ることができなかったのです」と Marmor は語る。「これらのシミュレーションは、彼の色の感覚がどのように壊されていたかを示しています。『スタイルの変化だよ』と言う人もいます。いえ、私はそう思いません。」

 この画家たちが眼病のために直面した課題について理解することが、障害にもかかわらず彼らが成し遂げた業績を解明する助けとなると Marmor は語る。

 「芸術の世界の中には、優れた芸術家への歴史的・心理的影響を見るということに抵抗を示す人々がいます」と Marmor は述べる。「こうした視覚的変化が手法的・美的に何を意味するのか、私はオープンに議論をしています。オープンでないのは、画家たちが何を見ていたのかということです。これを無視することは、事実を無視することになるのです。」

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 リンク先記事の画像はおもしろいです。眼病のときの絵は、僕たちの目から見ると、やけに暗い色づかいで、筋の多い描き方のように見えるわけですが、実際の画家の目にはこれよりもずっと明るく、ぼやけた視界でキャンバスを見ていたというのですね。

 こんな状態でどんなふうに絵を描いていたんでしょう。やっぱり、ぼやけた視界を嫌に思いながらも、何とかしっかり見ようと苦心しながら描いていたのかな。そう思いながら見ていると、たとえばドガの女性の絵で、あえて表情が見えない後ろ向きのポーズを選択したのも、視界の変化を強く意識していたからかもしれないなと気付くことができます。

 モネの場合も、白内障が影響して、本来の色よりも暗い色づかいになっていたのかもしれないのですね。

 でも、ちょっと考えてみてください。もしモネの視界が通常よりも明るくなっていたのなら、彼の作品は暗くはならず、むしろ逆に明るくなるはずじゃないでしょうか? もし自分がモネだったらと想像してみてください。たとえば、健常者にすれば茶色にみえる物体も、モネにしてみればそれは薄茶色に見えるわけです。ですから、この色はこの絵の具の組み合わせだ、と考えて色を作ったところで、その結果は実際よりも明るくなるはずなのです。

 もちろん、作ったあとの色をよく見てみれば、あれ、どうも実物の見え方と違うぞ、とすぐに自分のまちがいに気が付くはずです。僕がモネだったら、もっと実物に近い、暗い茶色になるように色を作り直していることでしょう。でも、たとえそうやって調整をしたところで、実物以上にキャンバスの色が暗くなるなんてことは、決して起こるはずがないのです。白内障がモネの作風に影響を及ぼしたというのは、本当にそうなのでしょうか?

 これに対する僕の考えはこうです。つまり、モネにとっては、キャンバスの中に描かれた世界こそが全てであって、実際の対象がどんな色かなんてことは関心の外だったのでは。つまり、風景が目にどう映っているかよりも、自身の目とキャンバスとの間のコミュニケーションから湧き上がったイメージを最も重要視していたのだと思うのです。別の言い方をすれば、実物の色とキャンバスの色とを一致させる気持ちなんて、これぽっちも持っていなかった。これが彼の色づかいに対する説明だと僕は思います。

 モネの目は、キャンバスから何を感じ取っていたのでしょうか。

【参考リンク】
・(元論文)Ophthalmology and Art: Simulation of Monet's Cataracts and Degas' Retinal Disease

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