« 簡単なダイエット法――皿を小さくしよう | メイン | サイモン・シン「ビッグバン宇宙論」 »

ゴッホは乱流の構造を知っていた

乱流
 Nature Digest 2006年8月号より、絵画と物理を結びつけたおもしろい研究です。

 ゴッホといえば、世界でもっとも有名な画家の一人です。「ひまわり」や「種まく人」の作品はあまりに有名です。彼は1853年にオランダに生まれ、37歳の1890年に、拳銃自殺により亡くなりました。

 さて、今回紹介する研究によると、ゴッホのいくつかの作品を数理的に解析した結果、絵画のいくつかに見られる渦巻きの表現が、現実の乱流にみられる統計学的特徴に正確に従っていることが明らかになりました。

 たとえばそれは、1889年の「星月夜」、1890年の「糸杉と星の見える道」、「カラスのいる麦畑」です。下記をクリックで見ることができます。

星月夜 http://www.moma.org/collection/printable_view.php?object_id=79802
糸杉と星の見える道 http://www.vggallery.com/painting/p_0683.htm
カラスのいる麦畑 http://www.vggallery.com/painting/p_0779.htm

 メキシコ国立自治大学の Jose Luis Aragon のチームは、これらの絵画のデジタル画像を使って、画像中のある間隔の2地点のピクセルが同じ輝度になる確率を計算しました。すると、この関係は、コルモゴロフ・スケーリングと呼ばれる確率分布にしたがうことが分かったのです。

 コルモゴロフ・スケーリングというのは、現代の乱流理論の基礎にもなっている関係で、乱流状態にある2地点の速度差のしたがう確率が、ある数式で記述できるというものです。(詳細は元論文をご覧下さい。)

 すなわち、上記の絵画において、ゴッホは乱流流体の形状について、きわめて正確な直観を得て描写をしていたと言えるのです。

 特に興味深いのは、上記の作品はいずれも、ゴッホが死にいたる直前の時期に描かれたものであること。この時期に、彼は精神障害におそわれ、幻覚や発作といった症状に見舞われていました。一方で、精神的に落ち着いていたとされるかつての作品には、こうした乱流の傾向は見られません。ひょっとしたら彼の精神の乱れが、流体の乱れの挙動への洞察を与えたのでは、と考えられるかもしれません。

 すぐれた芸術作品がもつ魅力の秘密を数理的なアプローチで探ろうというのはとても面白く感じられますね。もちろん、その秘密が単純な数式で表されたからといって、作者への評価や作品の価値が下がってしまうことには決してならないし、あるいは反対に、法則に当てはまらない他の作品が劣ったものと評価されてしまうのかというと、それもまた違うのだと思います。

 何よりも驚くべきなのは、数理的モデルの研究がなされる何十年も前に、画家たちは自然の挙動について鋭い洞察を得ていて、それを絵画の表現に取り入れつつ、観る人の心にインパクトを与える助けとしていたという点なのでしょう。

 本記事の最後でちらっと触れられているのですが、他にも絵画と物理との間の関連性をしらべた興味深い研究があります。1912から1956年の間に活躍した画家に、ジャクソン・ポロックという人物がいます。彼の作品はいわゆる抽象画と呼ばれる作品で、一見したところ、まるで子供がペンキをキャンバスの上で散らかしたような、混沌とした絵です。ですが、オレゴン大学の物理学教授 Richard Taylor が調査したところによると、この図にフラクタル構造があることが明らかになりました。フラクタルについての研究が始まるかなりの以前に画家がこうした構造を直観していたという点が、今回のゴッホとの共通点といえるでしょう。ポロックの詳細は下記リンクをどうぞ。

【参考リンク】
元論文(Kolmogorov scaling in impassioned van Gogh paintings)
 http://www.arxiv.org/abs/physics/0606246
日経サイエンス2003年3月号:ポロックの抽象画にひそむフラクタル
 http://www.nikkei-bookdirect.com/science/page/magazine/0303/pollock.html

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.riverplus.net/cgi/mt/mt-tb.cgi/582