« 米国人と中国人で違う、ものの見方 | メイン | 日能研の広告をアラ探し »

ブログは自力で考える助けとなる

 ABC Science Online
より。

 今回は、ちょっと傾向が変わってブログのネタ。

 大学の講義にブログを取り入れている講師の紹介記事です。

 

Blogs help students think for themselves

(ブログは学生たちが自力で考える助けとなる)

http://abc.net.au/science/news/stories/s1450106.htm

 

-----------------------------------------------

 

 ブログは、学生たちに自分の団体の外の人たちと討論させる。

 ブログは、学生たちがより批判的に考えて書く手助けとなっており、ブログがなかったら討論に参加しなかったであろう人々を討論へと引き出す助けとなり得る、とオーストラリアの研究者たちは述べている。

 シドニーの工科大学の講師である Anne Bartlett-Bragg の博士研究で、この予備的な発見がなされた。彼女は2001年から、講義にウェブログ(ブログ)を使っている。

 「(学生たちは)物事をより批評的に考えるようになります」と彼女は言う。「責任を持つということを学び、楽しみながら、教室や団体といった境界の外とコミュニケーションをしているのです。」

 Bartlett-Bragg はこう述べる。慣習的な講義では、学生たちは研究に対するアイデアや批判の源を、主に講師にたよってしまいがちになる。

 「私は、クラスで私が言ったことへの反応をエッセー内で書いている学生(の記事?)を聞いています。」と彼女は言う。「私は、自分の力で考え、異なった物の考え方を得てほしいのです。」

 ブログを有益なものにしているのはそのインタラクティブな性質だろう、と彼女は述べている。

 このような、ウェブをベースにした、アイデアや経験や意見について議論するフォーラムによって、学生たちは自分が学んでいることについて、大学外の他の学生や専門家たちと公に議論することができる。

 「情報にもとづき、証拠に裏付けされているのであれば、ブログには個人的な意見を書くようにしなさい、と学生たちにはうながしています。」

 Bartlett-Bragg が言うには、e(電子的)ラーニングの分野では、いまや多くの学者が自分自身のブログを持っているので、学生たちはそこに直接に参加することができる。

 

■ ピンをうとう

 

 ウェブログのもっとも強力な機能はピン(Ping)であると彼女は述べている。ピンによって、誰か他の人の記事について、自分のブログ上でコメント記事を書いた人を関連づけることができる。

 コメント記事を投稿するときに「トラックバック」ツールを使うと、そのことが執筆者に通知される。これによって、一般的には、議論のおさそいをかけたことになる。

 「それによって原文の執筆者に、誰かがそのことについて記事を書いているということが伝えられるのです。これは強力です。」

 記事へのコメントにだれもが反応を示すというわけではありませんが、多くの人はそうします。そしてこれは学生にとってはまさに贈り物のようなものです、と Bartlett-Bragg は述べている。

 「団体の境界の外にいるほかの人に対してコメント記事を書いて、その人が反応したり、あるいはより深い見解を戻してくれたりすると、そのような通知がなされます。」

 「普通の講義では与えることができないような新しい物の見方を得ることができるのです。」

 eメールリストや学内ネットのような大学のオンラインネットワークとは異なり、ブログは公のものでパスワード制限されていないのが独特な点だと彼女は言う。

 

■ 個人発信の責任

 

 学生は公共の領域でものを書くため、盗作・著作権・プライバシー・倫理・中傷についても学ばないといけない、と Bartlett-Bragg は語る。

 「なので彼らは、私に対して 『ああもう、書く前に考えないとダメですね』 というコメントを送ってくるという責任については完全に心得ています。」

 「私はこう言います。お気の毒に、自分で考えてみて下さいね。私たちはそのためにここにいるんじゃないかしら?」

 Bartlett-Bragg はこうも言う。彼女は、読んだブロガーの信ぴょう性や真実性の確かめ方を学生たちに教えている。

 ブログは幅ひろい参加者を討論にうながしていると Bartlett-Bragg は言う。

 「クラスでグループディスカッションをやったなら、何かを話している人と2人きりになろうとするだけです。」

 これはつまり、他の学生が何を考えているかは分からないということになる。

 「ですが、ウェブログに書けば誰でも読めます。学生は意見を持ち、他の学生はそれを読んで、等しく重んじるのです。」

 ブログはまた、講義のノートや、学生自身のアイデアや他人のアイデアへのコメントなど、たくさんの考えの集まりをカテゴリー化したり管理したりするのにもきわめて役立つと言う。

 

-----------------------------------------------

 

 学術的な目的のためにブログがうまく機能する、という1つのケースをこの記事は挙げていますが、たぶん、こういった利用がうまく機能するためには、いくつかの条件があるんだろうと思います。

 

閲覧者の流動性

 この記事では、「公共の領域にあり誰でも読めてコメントできる」ということが挙げられてるけど、たぶんそれは本質の一部分でしかないと思います。それだったら、従来からのウェブページのスタイル(自分で html を書いて公開)と変わらないです。「書いた記事が多くの人の目にふれやすい」ことが大事なんじゃないかなと感じてます。せっかく記事を書いても、それが多くの人に読まれなければディスカッションが起こるはずもないです。実際、巷にあるブログサービスを見てみると、トップページの「現在の新着記事一覧」というスペースから、自分の記事が不特定の人の目にふれるようなしくみになってます。見知らぬ人からの訪問が多い、つまり閲覧者に流動性があることが欠かせないんじゃないでしょうか。

 

ある程度のクローズさ

 これは、巷のブログサービスについて、僕が個人的に思うことです。クローズとはいっても、排他的な意味ではないです。ものすごく会員数の大きくなったブログサイトなんかを見ていると、あまりに膨大な数のブログがありすぎて、自分の興味のあるテーマのブログに遭遇するチャンスがきわめて小さくなっているように感じるのです。検索機能をつかって絞り込む、というのも有効だけどけっこう大変だし、できればもっとスムーズに、似たもの同士が集まれたほうが良いです。

 

 おそらく、今回の記事の講師の方は、一般のブログサービスを利用しつつ、受講者のブログのリンク一覧なんてのを作って、受講者に配布したんでしょうね。そういう意味では、上の2つの条件がうまく満たされてたんじゃないかなと思います。

 

 僕が利用してるアメーバブログは、現在40個のジャンルごとに分かれてて、それぞれで新着記事の紹介やランキングをやってます。「学び・教育」というジャンル名だけど、学問や教育関係に限らず、資格試験、受験生・大学生の日記など、まだまだ範囲が広すぎるようにも感じています。サブジャンルみたいなのを導入して、もうちょっとクローズになってくれてもいいかなあ、と思うこのごろです。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.riverplus.net/cgi/mt/mt-tb.cgi/438

コメント (4)

orino:

■証拠の裏付
織野です。

誤って途中で送信してしまいました。
お手数ですが、先行する私のコメントを削除していただけませんでしょうか?

再度、コメントです。
「情報にもとづき、証拠に裏付けされているのであれば・・・」とありますが、私も記事を投稿するとき、文献による裏づけに注意します。

サイエンスネタを扱っているので、特に気を使います。
最近ちょっと疎かですが。


http://ameblo.jp/orino/
riverplus:

■消しましたー
織野さん、こんにちは。
ちゃんとした文献で裏付けがとれるとよいのですが、検索エンジンでたまたまヒットしたページとなると、ときに悩ましく感じますね。


http://ameblo.jp/riverplus/
orino:

■お手数おかけしました。
個人サイトの情報はちょっと怪しいです。
自分でも運用していてなんですが。


http://ameblo.jp/orino/
riverplus:

■blog
織野さんの記事は、下調べにすごく気をつかっていらっしゃる感じですね。
勉強させてもらっています。


http://ameblo.jp/riverplus/

コメントを投稿