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大学生の精神に入り込むID論

  「ネイチャーダイジェスト」を見ていたら、「インテリジェント・デザイン(ID)」の記事がありました。その中で、なるほど、と思った箇所があったので紹介。
 
 ID論とは、先日もここで紹介したのですが、大まかにいうと、進化の過程は(神のような)特別な存在の手によって決まったのだという考え方のことです。とはいうもののID論では「神」という単語は明示せず、あくまでも知的な存在という、ぼかした表現にとどめています。
 
 記事自体の内容は、現在、米国の大学生の間で、規模は小さいもののID論が流行してきており、それを受けた、指導者へのインタビュー、あるいは、様々な立場からの賛成・反論を紹介しています。
 
 以下で引用するのは、米国科学アカデミー会長 Bruce Alberts の主張に関する部分。
 
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 研究上のメリットを考慮したとしても、ほとんどの科学者は、ID論の基盤は不安定だと考えている。その1つの理由は、Alberts の指摘しているように、ID論の考え方の多くが現在の科学知識の欠落部分を根拠としている点だ。「このような欠落部分を必ず埋めてきたのが科学の歴史なのだ」と Alberts は話す。たとえば、一部の最近が動き回る際に利用する細菌性鞭毛というくるくると回る尾の部分は複雑すぎて、進化論だけでは説明がつかないというのがID論者の典型的な主張だ。だがそれも Alberts によれば、「あと10~20年もすればより多くの最近ゲノムが解読されるようになり、細菌性鞭毛の由来が明らかになるのは間違いない。今、その研究を諦めろというのは全くもってばかげている」という。
 
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 そう考えると、この世に科学がある限り、ID論の入り込む隙間はいつまでたっても決してなくならないんじゃないでしょうか。細菌性鞭毛の由来がわかったところで、典型的ID論者は、たんに居場所をぴょんぴょんと移って生き永らえるのでしょう。そういえば僕が大学生のときによく言われたのは、「1つのことが分かると、それだけ分からないことが増える」ということでした。進化論だってきっと事情は同じ。今のIDブームとは、それだけ、進化の研究が進み、分からないことが多くなり過ぎたことの裏返しなのでは、ともいえるかもしれません。
 
 上記の引用部分にも触れられてますが、典型的ID論者は、主張の根拠として、一部の生物系があまりに複雑なこと、生物種の間の差異が極めて大きいことを挙げています。そして、こうした特徴は自然選択だけでは説明できない、と主張しています。ですが、どうも僕には、こういった主張が、自然の可能性を過小評価しているという気がしてなりません。自然の法則がシンプルだとしても、そこから生まれる(進化の)選択肢は、十分バラエティ豊かなものになり得ると思うのです(いわゆるライフゲームの例を持ち出すまでもなく)。ID論の「従来の進化論では説明しきれない(したがって知的なデザイナーが存在する)」という主張は、人間の自然を理解する力への、いわば過信なんじゃないか。
 
 じゃあ、はたしてID論は、科学として受け入れられることができるのか? この問題を考えるときのめやすとして、僕は、「その主張は証明なり反証なりが可能なものか?」を考えてみればよいと思います。とは言ったものの、じゃあ証明する・反証するってどういうこと? という疑問が浮かんできたので、この続きは、また、そのうちに。

 

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