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米で新たな進化論争 「神」ではなく「知的計画」?

 アサヒコムの記事より。

http://www.asahi.com/science/news/TKY200506070244.html

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 「生命の誕生や進化の背景には知的な計画があった」という「Intelligent Design(知的計画=ID)」説を学校で教えようという主張が、米国で頭をもたげている。米国では、旧約聖書の創世記に基づき、天地と人類は神がつくったとするキリスト教右派が勢力を保つ。そうした宗教右派の「進化論を学校で教えるな」という主張とは表向き一線を画しているのがID推進派の特徴だ。

 米東部ペンシルベニア州ドーバーで5月17日、日本の教育委員会にあたる学校区の公選委員の予備選挙があり、争点はIDの扱いをどうするかになった。なぜ生命は誕生したのか、生物がいかにしていまの形を得たかは、進化論だけでは説明しきれず、そこに知的な計画が働いているというのがIDの主張だ。「神がつくった」とは言わない。

 

(略)

 

 IDネットのジョン・カルバート共同代表は「進化は事実だとしても、推し進める何らかの仕組みがあるはず。それがIDだ。特に地球誕生や生命誕生は、進化論では説明できず、現在の自然界を見ても、知的な計画の存在を多くの科学者が認めている」と言う。進化論を教えるな、とは主張しない。

 

 これに対し、進化論教育の維持を訴える非営利組織「全米科学教育センター」のユージニー・スコット代表は「憲法の政教分離原則によって公立学校で天地創造説を教えられないため、宗教色を薄めたIDを持ち出しただけ。科学で説明できない『穴』があると、それを『神』で説明しようとする、天地創造説を唱える人たちの手段だ」と話す。

 

(略)

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 記事中の全米科学教育センター代表の方のコメントが、すごく説得力があるように感じます。ID推進派がやっていることって、けっきょく、現行のルールの抜け道つくりに過ぎないんじゃないか。

 僕は、ID推進派の考えとは、意識的にあいまいな部分を含んだものだと思うのです。それこそが、神の存在、つまり政教分離の原則が書くことを禁じている部分なわけですが。このようなあいまいさを、教育内容のガイドラインに含ませてはならんと思います。

 

 もし仮に、教育ガイドラインにIDの考え方が載ることになったらと想像してみましょう。生徒たちは、学校で先生から、ガイドラインに沿って、「進化論で説明しきれない場所に、知的計画が働いていると考えられている」というふうなことを教えられるのでしょう。ですがとうぜんそのときに、「知的って、誰の知性?」という疑問が生徒の頭に浮かぶはずです。しかし、教科書を開いたところで、答えはどこにも書いてない。意識して書いてないのですから。最終的に、その質問の矛先は、学校の先生だったり、自分の両親に向かうのでしょう。そして、結果、答えは彼らの個人的な考え(つまり、神がつくったという考え)に置き替えられてしまう可能性が高いと思うのです。

 ・・・と、上のようなシナリオを、暗黙に意識しているのでは、と勘繰ってしまいます。ルールが禁じてないからと言って、あらゆる手を尽くして、特定の主張に誘導しようとするやり方に見えるのです。もしそうなら、ちょっと好ましくないなあ。どうなんでしょう。

 ところで、いくつかの宗教の指導的立場と呼ばれる人たちがとる姿勢は、これと対照的だと思います。科学に対し、歩み寄り、柔軟に対処しようという姿勢というのでしょうか。科学と宗教との共存の可能性を、謙虚な態度で見出そうとしていると思います。

 2つの例を紹介。

 たとえば、ヨハネ・パウロ2世。以下は、日経サイエンス05年6月号の「塩谷喜雄 いまどき科学世評」より一部引用。

 


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 ガリレオ復権の4年後、1996年10月に、ヨハネ・パウロ2世はダーウィンの提唱した生物進化論を「単なる仮説以上の根拠のあるもの」として容認する姿勢を示した。ダーウィンの進化論発表から130年余、イタリアの新聞は「人間の祖先は猿と、法王認める」と報じた。

(略)

 旧約聖書の創世記第1章から第11章まで、神によって万物は創られたとする記述と、真っ向から矛盾するような生物進化論に容易に与するわけにはいくまいという予想を裏切って、前法王は「進化論と聖書の記述は矛盾しない」「人間の精神は進化とは別」と、割り切った。

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 もうひとつは、ダライ・ラマ14世。

 以下は、カール・セーガン著「人はなぜエセ科学に騙されるのか」より一部引用。

 

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 私はこれまで宗教指導者たちと神学的な議論をしてきたが、そのなかでしばしば尋ねたことがある。それは、もしも中核となる教義が科学によって反証されたらどうするか、ということだ。この質問を現在の第十四世ダライ・ラマに投げかけたとき、彼はためらうことなく、保守的な宗派や根本主義の指導者が誰も言わなかったようなことを言った。ダライ・ラマは、「そうなれば、チベット仏教は変わらなければならないでしょう」と言ったのだ。「生まれ変わりのような(どの例にしようかと迷ったが)、真に中核となる教義でもですか?」と私は尋ねた。

「そうです」と、ダライ・ラマ。

「しかし」と、彼は目をキラリとさせながらつけ加えた。「生まれ変わりを反証するのはむずかしいでしょうね

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コメント (4)

綺麗山:

■インテリジェント・デザイン
僕は進化論を信じているけれど、インテリジェント・デザイン(ID)の案は面白いと思う。現時点ではIDは神が創造した世界と言う考え方を「神」と言う言葉を使わないで説明している案に留まっている。なので原生生物が生まれた瞬間から人間が生まれることまでが設計されていた、となってしまう。

でも部分的には似たことが起こるかもしれない。遺伝子に世代をまたがる変化の戦略があっても良いと思う。
例えば翼は一世代で突然現れたものではない。何世代もの適者生存が続いて獲得したものだとされている。ここにIDを当てはめてみる。一世代目で翼を獲得する戦略が遺伝子変化で起こる。そして何世代にも渡り、翼を獲得していく。

今後の議論を楽しみに見守っていくよ。


http://psychnote.blog11.fc2.com/
riverplus:

■進化と、知性
 コメントどうもありがとうございます。
 たまたま生まれた優位な形質が受け継がれていくってのは、あたかも生物が、意思を持って理想のデザインへと向かっていると見なせるかもしれないですね。そう考えれば、そこに知性を見出すことも可能だなと感じました。
 じゃあどこに違和感を感じるかっていうと、そこに人格というか、統治者のようなイメージが持たれやすくなることに対してかなと思います。神という言葉を使わないってだけでは、どうも不安定な感じがするんですね。

 実際の議論ではどんな意見がくり広げられてるんでしょう。興味あるところです。


http://riverplus.ameblo.jp
D.I.:

■新たな展開
Hotwiredで新しい記事があったよ。

米国で、進化論教育をめぐる攻防が激化
<a href="http://hotwired.goo.ne.jp/news/culture/story/20050616203.html">http://hotwired.goo.ne.jp/news/culture/story/20050616203.html</a>

教育関連も大変だ。

riverplus:

■ありがとうです
情報どうもありがとうです。
今回のタイトルでグーグルにかけてみると、本当に多くのブログや個人サイトがこの問題にふれていて、世間の関心がすごく高い話題なんだなあと感じています。
今後どのように話が進んでいくんでしょうね。


http://riverplus.ameblo.jp

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