聖ペテルスブルグのパラドックスの解説記事(ここ)の翻訳作業中。
とりあえず、第4章の半分を翻訳。
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4.有限個の結果
Gustason は、聖ペテルスブルグの問題を避けるために、次の2つのいずれかの制約を期待値の概念に課すことを提案している。
(a) それぞれの行為は有限個の結果しか持たない。
(b) 値は「有界」でなければならない。つまり、ある数nとmが存在し、結果に割り当てられたどんな値もnを超えたりmを下回ったりしない。
彼は、いずれかの制約を課せば、聖ペテルスブルグの結果を排除するのに十分だろうと指摘する。この場合、結果の値に上界を定める制約(b)を課さないならば、おそらく制約(a)でうまくいきそうだと分かるだろう。
制約(a)を課す一つの方法は、単純に聖ペテルスブルグのゲームがこの制約にそぐわないと言い切ることであり、それゆえ、その値や適正な参加料は標準的な期待値理論を用いて計算できない。もし仮にできるとするなら、それはどうやって計算するのか? 25ドルは高すぎるという直観はどこから(もしあるなら)来るのか? それは(可能なら)どのように正当化されるのか?
もう一つの方法は、ゲームのやり方は前記のように厳密ではなく、可能性はあれども決して発生しないような長い列が存在すると仮定する方法である。つまり、ゲームの期待値を計算するとき、考えられる賞金は有限個しかないということである。推定されるように、これを適用するには、考えられるコインを投げる回数に上限Lを設ける。もし表が続けてL回出たならば、裏がまだ出ていなくてもゲームは終了し、これまでの試行に対して支払いがなされる。Lを25に定めるならば、ゲームの期待値は25ドルになる。これは、理性的な参加者が支払おうとする参加量の最大値である(Hacking の直観)。25回連続の表を切り捨てて清算するという考えを、私たちはおそらく無意識に仮定しているのだろうか?
多くの著者はこう指摘する。実際的に言えば、連続した表(裏が一度も出ない)が切り捨てられる点が存在するに違いない。一例を挙げると、ゲームの参加者の忍耐がどこかで終わる。もし限界Lが狭すぎると思うなら、参加者の一生や人類の存続期間にもとづいて、かなり高い目の限界を定めたと考えよう。あるいは、太陽が爆発し地球が蒸発する将来の時によって課される限界だ。これらの限界のいずれもゲームの期待値を有限にするが、これらによって定められるLは25よりも大きい。では、Hacking の25ドルの直観はどうやって説明するのか?
Lに限界を定めるもう一つの事実は、ゲームの基金に必要な財源が有限であるいうことだ。このゲームを提供するカジノは、どこまでも表が連続するのを切り捨てる用意をしないといけない。もし表が何回も続けば、カジノが賞金にできる基金の合計を上回るコストがかかるからだ。25回連続しても、33,554,432ドルの賞金しか必要にならない。大き目のカジノなら届く範囲だろう。40回連続すれば、約1.1兆ドルの賞金が必要になる。

