確率に関連して、未だに僕がさっぱり理解してなくて、非常にもやもやしている問題があるのです。
ひとまずは前振りとして次の問題を考えてみて下さい。
【問題】
あるゲームをやりましょう。
あなたは、このゲームに参加するために、参加料を支払わなければなりません。
あなたはゲームに参加すると、サイコロを1回振ることができます。
そして、サイコロを振って出た目の金額を、賞金として手に入れることができます。
例えば、1の目が出れば、1円の賞金をもらえるというルールです。
さて、あなたはこのゲームに対して、どの位の参加料だったら挑戦しようと思いますか?
おそらく、高校の数学で確率について習ったことがある人は、たいていの場合、
「3円以下だったら参加する。」
と答えるのではないでしょうか。
なぜそう答えるかと言えば、頭の中で期待値を計算したからでしょう。
期待値とは、賞金の平均値にあたる数のことで、これだけの金額はもらえるだろう、と期待できる数を表します。
期待値の導出のしかたは簡単で、このゲームで起こり得る結果の全てに対して、
(もらえる賞金)×(その結果の起こる確率)
の積を計算します。そして、その数字を全て足し算したものが、期待値となります。
この場合だと、各結果についての(賞金)×(確率)の積は、
--------------------------------
賞金 | 1 2 3 4 5 6
確率 | 1/6 1/6 1/6 1/6 1/6 1/6
積 | 1/6 2/6 3/6 4/6 5/6 6/6
--------------------------------
そしてその数字を足し算したものは、
1/6 + 2/6 + 3/6 + 4/6 + 5/6 + 6/6 = 3.5 円
となります。
ですから、これよりも参加費が少なければ、結果として儲けが期待できるというわけです。
さて、以上を踏まえて、次の問題。
【問題】
今度は、別のゲームをやります。
先ほどと同様、あなたはこのゲームに参加するために、参加料を支払わないといけません。
あなたはゲームに参加すると、コインを1回投げることができます。
もし裏が出たなら、そこでゲームオーバーです。
もし表が出たなら、あなたはもう1回、コインを投げることができます。
もう一度投げて、裏が出ればゲームオーバーですが、表が出れば、またもう1回、コインを投げることができます。
以後、コインの表が続ける限り、何回でもコインを投げることができます。
裏が出たら、その場でゲームオーバーとなります。
ゲームオーバーになったら、それまでにコインを投げた回数に応じて、賞金がもらえます。
コインを投げた回数が1回のとき、つまり、いきなり裏が出てゲームオーバーになった場合は、賞金は1円です。
コインを投げた回数が2回、つまり、1回目に表が出たものの2回目で裏が出てゲームオーバーになった場合は、賞金は2円です。
コインを投げた回数が3回なら、賞金は4円。
コインを投げた回数が4回なら、賞金は8円。
以後、賞金は2倍で増えていきます。
つまり、コインを投げた回数をN回とすると、2のN-1乗の金額をもらえるというわけです。
さて、あなたはこのゲームに対して、どの位の参加料だったら挑戦しますか?
この問題、さっきと同じようにして期待値を求めれば、答が得られると思うのです。
そう思って、賞金と確率の積の表を作ってみるのですが。
--------------------------------------------
賞金 | 1 2 4 8 16 32 ...
確率 | 1/2 1/4 1/8 1/16 1/32 1/64 ...
積 | 1/2 1/2 1/2 1/2 1/2 1/2 ...
--------------------------------------------
どの縦の列を見ても、賞金と確率の積が 1/2 になっているのです。
このゲームのルールでは、表が出る限り、何回でもコインを投げて構わないことになっています。
ですからこの表は、右に果てしなく続いていくと言えます。
ずっと 1/2 が続くことになるのです。
したがって、期待値は、
1/2 + 1/2 + 1/2 + 1/2 + 1/2 + 1/2 + ... = 無限大!
・・・ということは。
このゲームは、いくら参加料を支払ってでも、挑戦する価値があると言えてしまうのです。
仮に参加料が1万円や1億円だったとしても、それよりもずっと大きな賞金がもらえることが期待できるのです。
ですが、これは明らかに、僕たちの直観と全く相容れない結果です。
実際にコインを何回か投げてみても分かるのですが、表が連続して出るのは、せいぜい1回か2回といったところ。
下手をすると、いきなり裏が出てゲームオーバーです。
1万円を支払ってこのゲームに参加しようとは、とても思えません。
さて、この逆説を、どう説明するか?
◆
これは、大学のときに、講義の中でちらりと出てきた話題です。
一般には、「ペテルスブルグのパラドックス」として知られているそうです。
この話題を扱った本を以前に読んだのですが、その本では、賞金の対数を満足度と定義する、という説明だったと思うのですが(忘れてしまいました)、納得の範疇をすっかりと超えてしまう内容でした。
現在もなお、頭の中がもやもやしている問題です。


コメント (9)
■アルキメデスの矢もそうですが…
僕にとって「無限」という概念、感覚的に理解するのは非常に難しいです…。
(-_-;)
無限、時間、自己、存在。
身近にあるものなのにどうしてもわからないです、もっと考える時間が欲しい…。
ペテルスブルグのパラドックスですが、僕の考えはこうです。
期待値とはあくまで客観的・数学的な理論値(理想概念とでも呼べばいいのでしょうか)。
現実に或る個人が行動するときには、その他の様々な要因が影響する。
たとえば今回の事例の場合、個人が何かギャンブルをするときは、その人の財産状況、今後の収入、過去の経験など様々な要因が絡んできます。
ということは期待値が無限大、
つまりいくら払ってでも参加する価値があると思えるためには、その個人の財産もまた無限である、という前提がなければ成り立たないのではないでしょうか?
全然数学的な答えじゃないですね…。
でも僕は文型なものですから…。
m(_ _)m
投稿者: 六法亭 | 2005年01月29日 15:51
日時: 2005年01月29日 15:51
■のるか?そるか?
どうも、コメント感謝です^^。
すごい洞察力を持った方だなあ・・・と度肝を抜かされております。
その人の財産状況etc.によって、ゲームに参加する・しないも異なってくるだろう、というご指摘、大変ツボをついていると思います。
例えば、前振りとして紹介したサイコロのゲームの問題に立ち返ると。
主観的な考えですが、もしこれが、参加料が2万円で、賞金が1万~6万円という賭けだったならば、このゲームに参加するか否かの判断も、おそらくは違ってくると思えるのです。
そして、いくら払ってでも参加する価値があると思えるためには、財産が無限であると仮定しなければならない、というのも真実である気がします。
だとすると、財産が100万円の人は、参加料がいくらだったら参加すべき?
財産が1億円の人は? 100円の人は?
というような、定量的な判断基準があるのかどうか、という疑問も、大変気になるところです。
投稿者: riverplus | 2005年01月30日 14:26
日時: 2005年01月30日 14:26
■うーん、難しいですね (-_-;)
客観面を考察するとしたら、「参加料がいくらなら儲かるのか?」ってことですよね。
でも結果が確率でしかわからないのなら、儲かるか儲からないかもまた確率でしか言えません。当たるなら儲かるし、当たらないなら儲からないわけですからね。
そして儲かるのなら参加すべきだし、儲からないのなら参加すべきじゃありません。でも儲かるか儲からないかが確率でしかわからないのなら、参加すべきかどうかは現時点ではわからないのではないでしょうか?
参加すべきだったかどうかが分かるのは、結果が確定した未来においてだけ。現在と未来との間にある壁は、「現在」にいる僕たちには越えられないように思います。
主観面から考察するなら「個人がギャンブルで賭ける値段」というのは、個人の性格や過去の経験が大きく影響すると思います。
例えば過去にギャンブルで大儲けした人や、ギャンブルが好きで好きでたまらないという人にとっては、確立が1/5くらいでも財産の30%までなら気にしないということもありえます。
また、その逆の性格の人にとっては例え確立が1/2でも財産の1%すら賭けるのは嫌だということもあるでしょう。
性格や経験というのは十人十色、人間の運命が公式によって導けるのでない限り、ある個人が「参加すべき」と考えるかどうかはその人に聞いてみないとわからないと思います。
そしてたった一人の価値判断でさえ公式化できないのであれば、「一般人がどう思うのか」なんてわかりっこありません。
僕たちにできるのは、より多くの人から意識調査というか、判断基準のデータを取ってきて、そこから平均値を導く出すしかないのかもしれません。
よって、客観面・主観面ともに答えは
「わからない」
というのが僕の答えです(^-^)
ちょっと長くなりすぎちゃいましたね…。
m(_ _)mすいません
投稿者: 六法亭 | 2005年01月31日 09:12
日時: 2005年01月31日 09:12
■深い問題ですねえ。。
賭けの結果がランダムさに依存する以上、儲かる?儲からない?については何も言えない、というのは間違いないのですよね。
やはりそこはギャンブルと名がつく限り、「当るも八卦当らぬも八卦」の世界なのでしょう。
(サイコロのどんな目が出ても参加費以上の賞金が出ますよ、というのはもはやギャンブルとは言えないでしょうから。。)
したがって、参加すべきか否かを、儲かるか否かと同じだと見なすならば、客観的な評価というのはまず諦めないとダメなのでしょう。
ですが、僕はこうも感じるのです。
「このギャンブルはこれこれの割合で儲かりやすい」というような、ある程度のランダムさを含んだ上での、「儲かりやすさ」の客観的評価はできるのかもしれない。
だったらそれはどんな数字なのか、と言われると、まだまだ「?」なところなのですが。
少なくとも期待値では、客観的評価の基準の役目として不完全なのでしょうね。(ペテルスブルグのパラドックスがそれを物語っています。)
そもそも、それがある1つの数字なのかどうかも怪しいところです。
その議論のためには、きっちりと土台の定義から考え詰めていかないときっと無理なのでしょう。
「儲かる」って何? 「~しやすい」ってどういうこと?
というような。
そしてもし、何かしらの客観的な「儲かりやすさ」の評価ができたとして。
そこから後に来るのが、じゃあそれで参加する?しない?というような、主観的判断の世界ということになるのでしょうか。
微妙に前回から言ってることが変化して来ている気も^^;、申し訳ないことです。
投稿者: riverplus | 2005年02月01日 00:25
日時: 2005年02月01日 00:25
■なるほど!
僕もriverplusさんの意見に賛成です。良い話を聞くと、僕の意見はコロコロ変わるのです。
確かに「期待値」という概念はあまりにも漠然としすぎていますね。シンプルで簡単というメリットもあるのですが…。
そしてまた、僕もこれからはもっと個々の事情に適した、具体的な客観的基準が必要に思います。
(僕が知らないだけでもうあるのかもしれませんが(・・;))
でもこういう基準を組み立てるには、当然僕の頭の許容量を超えてます…。
というわけでriverplusさん、もしそういう基準をつくれたら、ぜひここで紹介してください!
僕のあなたに対する「期待値」はかなり高いんですぞ。
( ̄ー ̄)ふふふ。
投稿者: 六法亭 | 2005年02月01日 10:19
日時: 2005年02月01日 10:19
■なんとも・・^^;
いやなんとも、おそれ多いことです。^^;
有名なパラドックス問題だそうなので、これまでの人がどんなアプローチを試みてみたかを改めて調べてみたいなあと感じます。
ギャンブルに限らず確率の話題は、身の回りの出来事にかなり近い内容だと思いますしね・・・^^。
投稿者: riverplus | 2005年02月03日 00:31
日時: 2005年02月03日 00:31
■このサイト
グーグルで適当に調べてみたところでは・・
http://plato.stanford.edu/entries/paradox-stpetersburg/
いちばん詳しそうなのはこのページですかね。
うわボリュームたっぷり^^;
投稿者: riverplus | 2005年02月06日 03:36
日時: 2005年02月06日 03:36
■久しぶりに経済学をやりたくなってきた
経済学では、このような場合、効用関数というものを導入し、効用の期待値で判定します。つまり、
(n万円儲かった時の嬉しさ) = n×(1万円儲かった時の嬉しさ)
とは限らないし、
(1万円儲かった時の嬉しさ) = (1万円損した時の辛さ)
とも限らないから、単純に期待値を出すとおかしな事になる、と解釈します。
普通の人にとっては、低い確率で大きな儲けを得るよりも、高い確率で損をする事の方が影響が大きいですから、この問題の結論がおかしく見えるのだと思います。1%の確率で1億円手に入るが、99%の確率で1万円損するというゲームをするかどうかという事ですね。
他にも、60%の確率で1億円儲かるが、40%の確率で1億円損する話と、確実に2000万円儲かる話、どちらに乗るべきか、という問題も有りますね。
投稿者: fef | 2005年02月15日 01:28
日時: 2005年02月15日 01:28
■思わぬ世界につながってました
どうもコメント感謝です^^
(1万円儲かった時の嬉しさ)≠(1万円損した時の辛さ)
ですが、おそらくは、損したときのほうがショックが大きいのでしょうね。
ということはつまり、金額の絶対値が同じでも、プラスのときの効用の増加分と、マイナスのときの効用の減少分とを比べれば、後者のほうが大きい、となるように思えます。
ちなみに、現在、無謀にも上記の解説ページの翻訳に挑戦をしながら、これってたいへん広い世界につながっている問題だったんだなあ、と痛感しているところです。
さらに最近は、このパラドックスのもやもや感を解決するには、行動ファイナンス理論という理論がどうやら有効であるらしい、ということを突き止め、こちらもゆっくりと学習していってます。
(効用って何?という根本的なところを未だ理解できてないのが困りごとなのですが・・・^^;)
投稿者: riverplus | 2005年02月15日 23:56
日時: 2005年02月15日 23:56